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「五分で出る」

 トランが立ち去るや、クロエは厳しい口調で宣言した。

「五分!? でも、さっきは一〇分って……っ!」

「やつら機族がそんな約束を守ると思うか? お前は子供たちを連れて地下室に隠れてろ」

 辺境の村々では、軍隊や大規模な機族の襲撃に備えて各家に避難壕(シェルター)が設けられるのが常で、その場所は他家の者やよそ者には絶対に教えない。勿論、クロエにもまだ教えていない。だが、辺境の常識として「ある」という前提で、クロエは話を進める気のようだった。

「そんなの、二〇〇輌もの機族に攻め込まれたら、すぐに見つかっちゃうわよ!」

「大丈夫だ。半分は俺が潰す。残り半分も、頭目を片づければ引き上げる。そうでなくとも、奴らの意識は俺と(ひつぎ)に集中して包囲が崩れる。そこまでの時間さえ稼げればいい。後は、隙を突いて脱出しろ」

「あんたはどうなるのよ!」

「俺は……死なない」左腕の機銃の留金(ラッチ)を確認しながら、クロエが答える。

「俺にはまだやることがある。たとえ表で待ってる機族を(みなごろし)にしてでも、ここでは死ねない」

 だがそれは、戦いに赴く戦士の決意というより、冥界の屍者が裁き受け入れるための呪文を唱えているようで、聞いていてチャムは胸が苦しくなった。

 そしてチャムは気付いた。

 そうか。そうなのか。

 こいつもあたしと同じなんだ。

 いろんな現実を、つらくて厳しい現実を、「それが現実なんだ」「当たり前のことなんだ」って呑み込もうとして、傷ついて泣きそうになっている自分を圧し殺して誤魔化そうとしている。

 でも、きっとそれじゃダメなんだ。

「待って!」そのまま行こうとするクロエの前に廻って肩を掴む。

「『死なない』とか『死ねない』じゃダメなの。『生きる』の。あんたも、あたしも、みんな、『生き』なくちゃダメなの!」

 一気に言ってのけてから、我に還る。いきなりこんなことを言っても、通じるわけがない。それもこんな非常時に。

 我ながらかなり痛い言動だったかと頬が赤くなるチャムに、クロエはふっと苦笑した。

「……お前、変な女だな」

「う、うるさい!」

「いいさ。約束する。俺は生き延びる。

 だからお前も約束しろ。何があっても生き延びろ」

 こくりと肯くチャムに、クロエは続けた。

「俺からも、ひとついいか?」

「……な、何よ?」

 しばらく言葉を探しているような間を措いてから、切り出した。

「お前は間違っていない」

「え……?」

「お前がこの村を捨てなかったのは、勇気がなかったからじゃない。大切なものを捨てないって、お前が自分の意思で判断して、決めたことだ」

「……違うわ。そんなんじゃない。切り捨てる勇気がなかっただけ。そのくせ、誰かが代わりに決断してくれて、勝手に目の前からいなくなってくれて、それで『しょうがなかった』って受け入れるのを待っているだけよ」

「違う」クロエは力強く否定した。

「お前はここにいることを選んだんだ。いつでもすべてを捨てて逃げ出せるって知っていても、それでもここを選んだんだ。辛くても苦しくても、おまえが大切に思う人たちのために、ここに残ることを選んだのはお前の意思だ。それがお前の勇気だ。

 胸を張れ。お前は間違ってなんかいない。おまえ自身の勇気を信じろ!」

 自分よりずっと小さな背丈の、この機械仕掛けの少年が、普段の仏頂面をかなぐり捨てて、真っ赤な顔で自分を励まそうとしている。これから一番危険な場所へ、二〇〇対一の最悪の戦場に身を投じようとしているのは自分の方なのに。

 それが何か可笑しくて、チャムは思わず吹き出していた。

「……って、お前……笑うところか、ここで……?」

「だって、しょうがないじゃない。あんたにそんなこと言われるなんて、可笑しいんだもの」

 言いながら、しかし同時にぽろぽろと自然に涙が溢れてくる。

「おい、お前……」

「大丈夫……大丈夫よ」

 そうだ。もうあたしは大丈夫だ。二〇〇台の機族に囲まれてたって怖くない。大切なものを全部守りきって、生き抜いてみせる。

 目元の涙をツナギの袖でぐいっと拭い、チャムは不敵な笑みをクロエに向けた。

「行くわよ」

「おう」

 クロエもまた、はじめて見せるような楽しげな面構えで応える。

 そうだ。これが、あたしの勇気なんだ。

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