砂漠を越えて吹き渡る風は、肌を灼く熱を孕んでいた。
日差しは生きとし生ける者への憎悪を剥き出しにし、少年の小柄な身体をあぶる。
小柄──と一言で片づけたが、身の丈で言えばむしろ子供並み。そのくせ、肩幅だけは妙にがっしりとしているのは、服の下に防具でも着込んでいるのか。
頭にはその短躯と不似合いなほど大きなつば広の日よけ帽をかぶり、身には長くて白いぼろぼろのコート。それで隠せない肌の露出部分には紫外線除けか、白い細布でぐるぐる捲きにしている。その姿は、南方の大陸に伝わるという屍者の埋葬方を思わせなくもない。
「…………」
もはや言葉すら発する余裕もないのか、少年は無言で身体を前方へと押し込むように一歩づつ歩む。
だが、その背には少年の身の丈より大きな白い棺が背負われ、その身を押しつぶさんとするかのようにのしかかっていた。少年も時折、身体をゆすって背中にかかる荷重を調整しているようだが、だからといって投げ出す気もないようだった。
少年と棺の進む道路は、広い道幅のまっすぐに伸びる道で、車線の多さからするとかつては幹線道路として使用されていたと思われた。だが、もう何年も手入れがされていないのか、道のそこかしこで路面を割って草が生え、道の窪みには砂が吹き溜まっている。
道路わきには時折、真っ黒に焼け焦げた戦車やトラックの残骸が転がっていた。中には高熱でねじ曲がった砲身を、それでも天に向けて突き出して擱座する対空戦闘車輛まであった。
だが、そうした苛烈な戦の痕跡に目をやることもなく、少年は歩き続ける。
しかしその内、その足がもつれ始めた。はじめはわずかに歩幅が乱れるくらいだったのが、明らかにバランスを崩し、背中の棺が大きく揺れ始める。
「くそっ……っ!」
唸るように罵る少年だったが、洩れる息の荒さは隠しようもなかった。
やがて路面の割れ目につまずき、そのまま支えきれずにその場に膝をつく。
「…………っ!」
あえぐように大きく息をつくが、肺に流れ込むのは炎とまがえるほどの熱量を孕んだ大気だけ。
そのまま背中の棺に圧し潰されるように、路上に倒れこむ。
棺の下から小さなうめきが微かに洩れたが、すぐに途絶えた。もが
く様子もなく、ほどなく少年の身体は動きを止める。
そして古戦場でもある打ち捨てられた街道は、吹きすさぶ熱風の奏でる風音だけの支配する世界に戻った。
「……ダタの街は、あれはもうダメだな。ガナシュの親父まで店を畳むとなると、もうまともに品をさばける業者がいなくなっちまう」
荒れた路面状況を睨んで巧みにハンドルをさばきながら唸る叔父の愚痴に、助手席のチャムはため息まじりに肯いた。
「この辺を荒し廻ってる兵隊崩れの機族どもが悪いんでしょ。バムーラの南なんて、危なっかしくて昼間も外を出歩けないっていうじゃない。軍隊がちゃんと仕事してりゃあ、こんなことにはならないのよ。そのくせ、税金だけしっかり持ってきやがって」
チャムの知る限り「窓ガラス」などという高尚なものが入っていた試しのないサイドドアの窓から吹き込む風に目を細め、くすんだ金髪をかきあげる。湿度が低いおかげで、こうして直射日光を避けられる車内から風に当たる分には、それなりに涼しくはあった。まぁ、それも多少の砂埃を我慢すれば、という条件つきではあったが。
そんなチャムに叔父はなだめるように言った。
「<同盟>との国境が近いからな。うかつに機族討伐ってわけにゃいかんのさ。保安官の爺っちゃんも言ってたろ」
「機族ども追い払ってくれるなら、〈同盟〉の軍隊でもいいわよ」
「おいおい」
鼻白む叔父の横で、チャムはつまらなさそうに言い放った。
「どっちにしたって、こっちは商売上がったりじゃない。何にもできないんなら、せめて税金くらい下げろって──っ!?」
そのとき、視界の片隅を掠めた「何か」に引っ掛かったチャムは、車窓から首を突き出して、流れ去る後方へと目をやった。
「おい、チャム!」
「叔父さん、止めて!」
おんぼろトラックが急ブレーキに悲鳴を上げる。それを気に止めるでもなく、蹴飛ばすようにしてドアを開けると、チャムは路上に転がり出た。
「おい、チャム。何だってんだ!?」
訊ねる叔父の声を背中で聞きながら、しかしそれに応えもせずに一目散に走るチャムは、やがて「それ」に辿りついた。
背中に背負った棺に圧し潰されるように、路上に倒れる少年の下へ──
「ちょっと、あんた、大丈夫?」
言いながら少年の腕を揺さぶったチャムは、その手を覆う細布の隙間から垣間見えた「地肌」に気付き、息を呑んだ。
「おい、チャム、何がどうなってるんだ?」
「叔父さん、この子──」荒い息を吐きながら追いついた叔父を振り返り、チャムは金属で出来た少年の手を取って呟いた。
「機族だわ」