27.誰の為の努力(ベンジャミン)
「試験合格おめでとう」
「ありがとうございます!」
やっと一つ、目に見える成果が得られて心が浮き立った。
飛び級の試験に合格したことを班長に報告しながら、一瞬、シェリーに手紙を書こうかと思った。だが、よく考えれば彼女も飛び級した人なのだ。なんの自慢にもならないことに気付いた。
「そういえば、お前の元婚約者も頑張ってるな」
「え、あの」
「知らないのか?」
「……はい」
だって、知れば会いたくなるし、ブライアンさんとの話題だったら知りたくはなかった。だから、勉強と訓練以外は興味を持たないようにしていた。
「お前はその視野の狭さがよくないぞ」
せっかく初めて班長に褒められたと思ったのに、結局はお説教されるのか。
「ベンジャミン。今、お前が大変な立場だということは知っている。反省して必死に頑張っていることもな。
最初は直ぐに逃げ出すと思ったのに、よく頑張っている。偉いぞ」
「っ、ありがとうございます」
班長はいつも厳しくて、認められてるとは思わなかった。
「ただな。そろそろ周りのこともちゃんと見るようにしろ」
「……はい」
「いや、絶対に分かっていないだろう。本当に手の掛かるやつだな、お前は。
よし! ここじゃあ何だ。今日は飲みに行こう」
「え⁉」
「合格祝いだ」
「ありがとうございます?」
え。この人と二人で? 嬉しいような、少しだけ嫌な気も。
「そういうところだ。今まではそのお綺麗な顔でチヤホヤされてきたんだろうが、大人になれば通用しないぞ。そんな上辺だけの付き合いではなく、真に自分のためになる付き合いってものができるようにならないとな!」
バンッ! と力強く背中を叩かれた。本気で痛いから止めてほしい。
……でも、自分を思って言ってくれているのは伝わった。
「分かりました。ありがとうございます」
◇◇◇
「ここは……」
「俺の家だ。ちょっと他に聞かれるとよくない内容もあるからな」
驚いた。まさか自宅に招かれるなんて。
班長は確か二十四歳。子爵家の三男だと聞いている。こじんまりとした屋敷は、温かみのあって彼に似ていた。
「おかえりなさい!」
「ただいま。ベンジャミン、妻のジンジャーだ。これは部下のベンジャミン。こいつの飯も用意できるか?」
「はじめまして。主人がお世話になってます!
食事は大丈夫よ。丁度ダレルさんからお野菜を沢山頂いたの。作り置きしておこうと思って仕込んでいたから。
先に飲んで待ってて? すぐに支度するわね」
「あの、突然お邪魔して申し訳ありません!」
「平気よ。この人はす~ぐに誰かを連れてくるの。人気者を夫に持つ妻は準備万端なの!」
その笑顔に嘘は感じられず、本当に慣れているのだろうと思った。
自分は本当に周りのことを知らないのだな、と少し落ち込んでしまった。
「じゃあ、乾杯!」
グビグビと豪快に飲む姿を眺めながら、自分はそこまでお酒は強くないので少しだけ口にした。
「さて。あいつが来る前に話をしてしまおうか」
「はい。お願いします」
お店では話せないということは、公爵家に関する話題なのだろう。まさか婚約が内定したとか?
「まずはお前の元婚約者だ。彼女は今、キングスコート公爵の嫡男、ブライアン殿のビジネスパートナーとして新しく事業を始めようとしている」
「ビジネスパートナー……婚約者ではなく?」
あの時の二人の雰囲気は、もう少し親密な感じがしたのに。
「それはお前のせいだろう」
「……俺、ですか?」
「お前は本当に分からないのか? 彼女は伯爵令嬢だ。公爵家に嫁ぐにはぎりぎりの家格だ。ただそれは、お前の家に嫁ぐために学んだ侯爵家での知識が救ってくれるだろう」
そうか。シェリーは伯爵令嬢だけど、侯爵家レベルの教育を受けてきた。それならば公爵家に嫁ぐプラスになる。
「だがな。それ以上にマイナス面が強い。まずは婚約破棄。婚約とは家同士の契約だ。それを破棄するということは、契約を簡単に破る恐れのある人間だという見方をされてしまうんだ。そして、なによりもお前の発言だ。彼女が不特定多数の男と付き合っていたと、世間に思わせてしまった」
「なっ! 違います!」
「違うかどうか、わざわざ調べると思うか? そんな面倒な醜聞がある令嬢なら、近付くだけ厄介なだけだ。他にも魅力のある令嬢はたくさんいるからな。
だから現時点で彼女が公爵家に嫁ぐなんて、もしもブライアン殿が望んだとしても難しいだろう」
そんな……確かにシェリーも言っていた。でも、本当にそこまでの被害が?
「だから彼女は必死に自分の価値を上げるための努力をしているのだろう。その新事業の発案は彼女らしい。それをブライアン殿が援助する形で進めているらしい。まあ、これも噂だがな」
何と言ったらいいのか分からなかった。自分の仕出かしたことが、彼女をそこまでも傷付けているだなんて本当に知らなかったのだ。
「お前は今、確かに頑張っている。だが、それは何のためだ? 入隊の時、変わりたいと言っていったな。それはできているよ。この短期間でずいぶんと変わった。だが……ここからは厳しいことを言うぞ。残念ながら、その努力は誰かを守るためだとは思えない。俺の目には、お前はお前自身のために頑張っているようにしか見えないんだ」
「あ……」
誰かを守るため……でも、まずは自分の足場を固めないと何もできないし。だから試験合格のために頑張ったし、訓練だって……。
「お前は周りを何も見ていないだろう」
「それはっ」
だってそんな余裕はなくて……ブライアンさんみたいに、公爵家の嫡男として簡単に手を貸せるような地位にいたら俺だって!
「一番守りたかった女性の現状すら知ろうとしない。お前を助けてくれる家族や友人の大変さも知らないだろう?」
「家族や、友人?」
「ほらな」
そんな馬鹿にしたように言わなくたって……。
「さっき言っただろう。彼女は相手に見合う自分になれるように努力していると。それは見栄のためではなく、それが正しい道だからだ。
貴族として守るべきもの。身分、契約、処女性。そういったものを無視するということは、周囲から非難されるということだ。結婚とは二人だけのものではなく、親族や、その家に連なる多くの者達との繋がりも生まれる。それらを無視したやり方は必ず敵を作る。
じゃあ、お前の父親の再婚相手は?」
「……まさかシンディーが?」
「当然起こり得るだろう。家格が低く職業婦人、そして年齢的にも若いとは言えない。さらにお前という問題児を守っていることも難点だ。
まあ、侯爵が夫人を守っているし、店の顧客という味方もいる。ただ、それでも大変なのは本当だと思うぞ」
そんな……だって、シンディーも父上もいつも笑顔で、俺には何も……。
「あの、友人というのは?」
「キングスコート公爵夫人はご病気だ。残念だが、もう長くないらしい。王宮でのパーティーで揉めごとがあっただろう? その時に憶測であらぬ噂を流そうとした令嬢がいたらしく、それを否定するために公爵が正式に病名を公表した。すでに二年もの間、闘病生活を送っていたそうだ」
そんなにも前から? だってカルヴァンはいつだって笑っていて、俺の力になってくれる、とても優しい自慢の友で。
「……俺は……本当に何も……」
「お前は周りをしっかりと見ろ。上辺だけでなく、相手の状況、立場、考えを読み取れるようになれ。
そうしなければ、今みたいに守りたいものの危険にすら気付けないぞ」
「……はい」
情けない、何が地位があればだ。彼等は自分自身が大変なのにも関わらず、困っている人に手を差し伸べられる優しさと勇気を持っているんだ。
俺なんかとは比べられるわけもない。
「まだ十六歳のお前には大変だろうが、これがお前の選んだ道だ。
……さて! 真面目な話はここまでにしよう。また明日から頑張ればいいんだから」
頑張る……頑張るよ。でも、先の長さに目眩がしそうだ。どうしたらもっと早くに成長できるんだ。これ以上、どうやったら……。
勢いよく飲んだお酒は、とっても苦かった。




