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婚約者様は大変お素敵でございます  作者: ましろ


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25.それは新しいはじまり

ゆるりと瞼が持ち上がる。

よかった、今日もあまり変わらない時間に目覚めて下さった。

でも、夫人の微睡みはだんだんと長くなっている。


「今日はとても良いお天気ですよ」


おはようございますとは言わない。夫人は眠ってはいなかっただろうから。


「シェリーさん、先程のお話の続きをお願いできるかしら」


やっぱり。私の相談ごとを聞いていて下さったですね。


「もちろんです。でも、長くなりそうなのでお茶の準備だけお願いして来ますわ」


だってブライアンのお話だもの。絶対に長くなるわ。





「やっとあの子は気付いてもらえたのね」


やっぱり『やっと』なのですか。 


「……鈍くて申し訳ございません」

「うふふ、あの子はいい『お兄ちゃん』でしょう?『妹』のシェリーさん」

「え」

「だからきっと相性はいいと思うのよ」

「え!?」

「貴方はとてもしっかりとしているけれど、あの子になら甘えられるのではないかしら」


……甘える……私、もしかしてブライアンに甘えてる!?


「あの子は幼い頃から敏い子だったのだけど、弟のカルヴァンが生まれてからは本当にしっかりとしてしまって。

カルヴァンのお手本としてやたらと頑張ってしまったのよね。それも嬉々としてやっているから困りもので」

「お二人は仲良しですよね」

「ブライアンは年齢詐称?っというくらい、良い兄で良い嫡男で貴族として弁えていて我儘なんてまったく言わないし。カルヴァンはカルヴァンで、そんな兄に劣等感を持つ事もなく、兄様凄い!格好いい!と褒め称えるからもう止まらなくてしまったわ」


ああ、もの凄く兄弟としてピッタリと嵌ってしまったのね。カルヴァンはやっぱり天使だった。


「んふふっ」

「夫人?」


笑い方が変ですよ?


「そんな完璧出来過ぎ君のブライアンが、突然紙の束を持って来て、私と主人の前で貴方のプレゼンを始めたの。もう可笑しくって!」


うわっ、それですか!それの思い出し笑い!?


「普通、好きな子が出来たら、結婚したい子が出来ました、お許し下さいと頭を下げる場面じゃない?なのに!貴方が如何に素晴らしいか、優秀なのか。必死に資料を提示しながら説明しているのよ。それにカルヴァンまで混ざって、貴方の会場での毅然とした態度は本当に素敵だったのです!と、これまたキラキラした目で語り出すでしょう?もう、笑いを堪えるのに必死だったわ!」


は、恥ずかしい!資料って!事業計画だけではないの!?


「あんなにも必死なあの子を見たのは初めてだったわ。ありがとうね、シェリーさん」

「そんな、私は何も……」

「贅沢な悩みだと言われるかもしれないけれど、立派に育ち過ぎたあの子が心配だったのよ。愚痴も悩みも何も話さないでいつでもニコニコと自分で解決して。カルヴァンなんか、何かあると私達じゃなくていつでもブライアンに相談するのよ?

でも、貴方のおかげで、ようやく私達を頼ってくれた。ふふ、とってもね、嬉しかったのよ」


そうやって笑う姿は本当に幸せそうで。


「ブライアンは夫人に似ています」

「あら、そうかしら。主人に似ていると思っていたのだけど」

「お顔立ちでは無く、心が。朗らかで、人の役に立つことが好きで、人の喜びを自分の喜びだと思えるそんな姿がよく似ておいでです」

「まあ、そんなに良く言われると照れてしまうわね」

「あと、我慢強い所も似ています。ご自分のことで周りを苦しめたくないから絶対に弱音を吐かないのですもの。

そんな姿がとても素敵ですけれど……少し寂しいです。どうか私達にも守らせて下さいませ」

「……シェリーさん……」


夫人を守りたいだなんて自分なんかが烏滸がましいとは分かっている。それでも伝えずにはいられなかった。


「本当に貴方は良いお嬢さんだわ。そうねえ。じゃあ、聞いてもらおうかしら。私の愚痴を」


イーディス様は本当にお優しい。打ち明ける理由を、私では無く、ご自分の望みの様に言うのだから。  


「私はね、この病にかかったと分かった時に、色々と諦めて心を決めたつもりだったの。皆に無様な姿だけは絶対に見せたくなかったから。

それなのに最近欲が出てしまって。

……いつか……いつか、ブライアンが貴方を口説き落として。結婚式を盛大にやろうとするのを貴方が必死に止めて。式ではあの人とカルヴァンが嬉し泣きしちゃったりして。……そんな幸せな姿を見てみたいと思ってしまったわ。

……神様は意地悪ね。最後の最後にこんな喜びと、未練を下さるのですもの。


ふふっ、とうとう声に出してしまったわ」


静かに、とても静かに夫人の瞳から涙が一筋溢れる。

死よりも、愛する人達の幸せな姿が見れなくなる事が悲しいと泣いている。貴方の幸せはそこにあるのですね。


「夫人にだけ内緒で教えちゃいます。私はブライアンのことが好きです」

「……私が先に聞いてしまって良かったの?」

「だって報告と相談ですもの」

「報告は分かったけれど、相談は何かしら」

「私はどうしてもあと一歩が踏み出せなくて。これが本当に男女としての愛なのかを知るのが怖いのです。……また、傷付くのではないかと、どうしても自分を守ろうとしてしまう」


ブライアンのことは信じている。でも、自分を信じる事が難しい。ベンジャミンの時のように、上手く愛してあげられないのではないかと……

あれは、彼だけでなく、私も悪かったと分かっているから。だから、自分の愚かさでまた無意識に傷付けて壊してしまう事が怖い。


「若いって可愛らしいわね」

「夫人……」

「私のことはイーディスと名前で呼んでくれると嬉しいわ」

「よろしいのですか?」

「本当はお義母様と呼んでほしいところだけど、まだ早いものね?」


こういうところもブライアンと似ているわ。


「……では、イーディス様と」

「ありがとう。では、先程の答えね。貴方はそのままでいいのよ。そのままの気持ちをブライアンに伝えてあげて?」

「でも……」

「始まりなんてその程度で十分なのよ。政略結婚が多い時代に、好意があるだけ素敵な事じゃない」


え……、そう……なのかしら?


「人との繋がりに愛はとても大切だけど、別に程々でいいと思っているの。私はね、一番大切なのは愛よりも信頼だと思っているわ」

「信頼……」

「だって信頼を置けない人を愛することが出来るかしら?」

「……出来ません」

「ね?だから、まずは信頼が出来て、それなりに愛情があるならそこから始めればいいのよ。

そこからは二人で一つ一つ話し合ったり確認し合いながら積み上げて行けばいい。恋人や夫婦という関係は一人で築くのではないの。二人で作り上げるものなのよ」


そうか……私は、一人でずっと空回っていたんだ。自分が年上だから余計に、私が頑張らなきゃって、ずっと一人で。

そんなの、上手くいくはず無かったのだわ。


「夫婦は始まりなのですね」

「そうよ。今まで家族の元で養ってもらっていたのを卒業して、今度はパートナーと共に新しい家族という形を作り上げていくの。その新しいスタートよ。だから完璧じゃなくていいのよ」

「イーディス様、ありがとうございます。ブライアンと話をしてみます」

「あ、もう一つだけ大切なことがあったわ」

「え?」


イーディス様にちょいちょいと手招きされ、顔を寄せると耳元で囁かれた。


「え!?」

「とっても大切よ?頑張って!」

「………がんばります………」


え────っ、どうしよう!






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