18.新生活の始まり
婚約破棄してから三ヶ月。周りの騒がしさも少し落ち着いてきた。……はずだったのに。
「今度は子爵家からの婚約申込みだって?」
なぜあなたが知っているのよ。
「すでにお断りしました」
「早いなぁ」
「口ではなく、手を動かしてくださいな」
「どっちも動かしてるの。見えてるくせに」
そんなあなたは私の不機嫌な顔が見えているでしょう。
私は今、ブライアンのもとで働いている。
いいえ、少し違うな。ブライアンと共に働いている、だ。
始まりは学生時代。私が考えた事業計画を彼が気に入ってくれたこと。
生徒会室で少し話しただけだったから、本気だとは思わなかった。
そのすぐ後に私の婚約が決まり、さらに飛び級して彼より先に卒業してしまった。
そのまま案だけ譲って彼が事業を進めることもできたのに、変に真面目なのか立案者が参加しないならと計画は中断してしまっていたらしい。強引なのか謙虚なのか、よく分からない人だ。
私が考えたのは平民向けの職業訓練校。一般的な学校とは違い、職種に合わせた専門的な知識を学ぶことができるというものだ。そして、その後の就職の斡旋までを考えている。
これにより、安定した技術を持った人材を雇い入れることができるということ。
「やっぱりモデルケースが必要かしら」
「そうだな。出資者を募るためにも、実際にどの程度の教育ができるのかを見せたほうが手っ取り早い」
「男女五人、いえ、偶数の方がいいわね。六人ずつの十二人かな」
「どうして偶数なんだ?」
「二人組、もしくは三人組。そんな感じでチームで協力しながら競わせるのも有りかなって。完全な個人技だけでは協調性が育たないでしょう? でも、ある程度の優劣はヤル気にも繋がるし。組み合わせは都度ランダムで変えるとか」
「そうだな。誰とでも組めるというのは大切だ」
でも、さすがは公爵家。それなりに大金が動くというのに、こんなことを学生の頃から始めようとしていたのね。
「場所はどうするの?」
「うちの領内でもいいか? 丁度いい建物を押さえてあるんだ」
「もちろんよ。あなたの所なら王都からも近いし、授業の見学も取り入れたいからありがたいわ」
「あ、カルヴァンも飛び級させて手伝わせるから」
「えっ⁉」
それは……可哀想に。彼の将来設計は兄が握っているのか。
「ねえ。本当にあなたたちに婚約者はいないの?」
最近の問題はコレ。私への求婚者が増えたのも、彼との共同事業が知られたせいだ。
「言っただろう。一度は婚約したが解消した。その後は特に。カルヴァンは私が決まらないからまだまだ後だな」
ああ、可哀想なカルヴァン。こんな所にも兄の影響があるなんて。
でも、婚約解消したのはずいぶんと前だったはず。公爵家なら、新しい婚約者なんてすぐ見つかりそうなのになぁ。
「……色々噂されるのが嫌なのに」
「仕事に繋がると思えばいい」
だって私は立案だけだし。実際に細かく決めて動いてくださるのは公爵家に連なる方々だ。だから何とも恐れ多いというか何というか。
「今度王宮でのパーティーがあるだろう? 丁度いいからパートナーになってくれよ」
「嫌です」
「お前はどうして昔から私にだけ冷たいんだ」
「あなたに優しくすると後が怖いって学習したからですよ」
そうなのだ。だって彼は学園の王様だった。
家柄に外見、頭まで良くて。そのくせ茶目っ気もあって、周りを引き込む魅力的な男性だった。
そんな彼に同じクラスの気軽さで生徒会の役員をお願いされて、そういう経験も必要かと安易に考えたのがいけなかった。
令嬢達からの集団口撃は恐ろしいのだと初めて知った。
先生が止めに来てくださって事無きを得たけれど、あれに比べたらクアーク伯爵令嬢なんて猫パンチ程度のものだ。
集団心理とは本当に恐ろしい。
「王宮のパーティーだなんて、私と婚約したのだと勘違いされてしまいますよ」
「仕事のパートナーとしてだ。いずれ国にも協力してもらいたいし。良いアピールになるだろう」
「決定事項なの?」
「ハミルトン伯爵には許可を貰ったよ」
聞いてないわ、お父様ったら!
「なんならカルヴァンと私の二人でエスコートするけど?」
「やめて。また阿婆擦れだって噂が復活しちゃうわ」
「私達は?」
「仕事のパートナー」
「そ。何も問題は無い。ドレスはどうする?」
「最近はパラディで買ってたのだけど」
まさかシンディーさんがカーティス様と結婚するとは思わなかったのよね。
「じゃあ、カルヴァンも連れて一緒に行こう」
「どうして」
「二人きりがいいのか?」
もう! 分かってるくせに! なぜあなたと買い物しなければいけないのかを聞いているのに。
「パートナーと合わせるのは基本だろう?」
「仕事仲間でも?」
「もちろん」
結局、私はこの人に口で勝てる日は来ないのだろう。
「分かったわ。ねぇ、クアーク嬢もお誘いしていいかしら」
「……どこまでお人好しなんだ」
「あれから三ヶ月よ。もう許してあげてもいいじゃない?」
あんなものは猫パンチだもの。それなのに、一度の失敗で潰れてしまってはさすがに可哀想というものだ。
「今なら絶対に出資してくれると思うのよ」
「なるほど? まぁ、君が良いなら。でも、クアーク嬢はデビューしていたか?」
「まだでも、一緒に買い物でもしたら和解のアピールができるわ。クアーク伯爵も喜ばれるのではないかしら」
「はいはい。じゃあ、彼女のことは任せるよ」
「ええ。ありがとうね」
そういえば。
「ね、私はそろそろ住まいを移さないといけないのだけど」
兄様のもとに住まわせてもらって三ヶ月も経ってしまった。いい加減お邪魔虫過ぎるだろう。
「うちに来るか?」
「行かないわよ。どこかで家を借りようか検討中なの」
「ご両親は何て?」
「……兄の所に居たらいいって」
私ももう少しで十九歳。身の置きどころに困る年齢のようだ。いえ、仕事さえなければ領地に戻ってもいいのだけど。
「母が別邸で暮らしている。そこでもいいか?」
「いや、だからね?」
「母は病で療養中だ。話し相手になってくれると助かる」
……え?




