16.懐かしい思い出(カーティス)
雲一つなく青空が広がり、爽やかな風が頬を撫でる。自分の気持ちとは正反対の清々しさに、思わずため息が溢れた。
柔らかで明るい色の花々で作ってもらった花束を彼女に供える。
「最近来れなくてごめんね、アーシェラ」
前言撤回。やはり今日の青空は彼女に良く似合う。
せっかくならば、彼女が気分よく過ごせる日に会えるほうが嬉しい。
「……ベンジャミンが婚約破棄となった。私と同じでひとりぼっちになってしまったよ」
墓の前に座り込み、ポツポツと話し掛ける。
大切なことはいつでもアーシェラと話し合って決めていた。
彼女を失った今も、語りかけるのを止められない。
「いつかは大人になるだろうと、これ以上嫌われるのが怖くてシェリーに丸投げしていた罰だね。本当に馬鹿だ」
でも、アーシェラにそっくりなベンジャミンに憎々しげに睨まれるのは本当に辛かった。話し掛けても正しく言葉は届かず、曲解して嫌味が返ってくる。
もう、どうしたらいいのか本当に分からなかった。
「私には君がいて本当に幸せだったから、そんな大切な人が出来れば変わるんじゃないかと期待してしまったんだ」
期待通りにベンジャミンはシェリーに惹かれていった。でも、中々素直になれないでいるのがもどかしかったが、それでも少しずつ変わって来ていると、そう思ったのに。
「……ごめんね。君の残してくれた大切なベンジャミンを歪めてしまったよ」
あの日、家に戻ってから、今後の話をした。
ベンジャミンは、ただ静かに分かったと頷いた。
「ベンジャミンを愛してるよ。だけど、このままあの子を跡継ぎには出来ない。爺様にも叱られたよ。家を潰す気なのかと。
ごめんね……新しく妻を娶り、子供を作ることを約束した。
婆様が一番怒っていたな。そんな愚か者は修道院に入れてしまえ!とね。まあ、騎士団でなんとか許してくれたけど。
君だけじゃなく、ベンジャミンまで神様に連れて行かれたら堪らない」
でも、これが正しいのか。コンプレックスの塊である私から離したほうがいいとは思う。だが、距離は置いても、気持ちまで離れたくはない。でも、拒絶されている私はどうやったら……
「……アーシェ、寂しい……」
いまさら涙も出ないけど、弱音くらいは吐かせてくれよ。
「カーティス?ちょっと、いつから座り込んでるの?もう夕方よ?」
「……シンディー」
あれ、いつの間にこんなにも時間が経っていたのだろう。ここに付いたのは昼過ぎ。4時間以上も座り込んでいたようだ。
「ああ、アーシェラに会いに来てくれてありがとう。邪魔してごめん」
「いえ、後から来たのは私の方でしょう。ねえ、大丈夫?顔色が悪いわ」
そうだろうか。わざわざ鏡など見ないし、最近色々なことが有り過ぎて……少し、疲れた。
「……、あれ?」
なんだろう上手く立てない。足が痺れたのか?
「カーティス!?ちょっと、しっかりして!」
「……ごめ」
ごめん、ただ、足が痺れただけだよ。そう伝えたいのに、何故か舌が上手く動かない。
「え、やだっ!」
……ごめん、本当にごめん、いま、おきるから……あれ、へんだ、なんだろ、きゅう…に、……
◇◇◇
「……あれ?」
気が付くと、自分のベッドに寝ていた。アーシェに会いに行ったはずなのに?
「気が付いたの!?」
「……シンディー、どうして」
───私の部屋に?
「貴方はアーシェラ様のお墓の前で倒れたのよ。覚えていない?」
ああ、あそこでシンディーに会ったのは夢ではなかったのか。
「……すまない、迷惑を掛けて」
「睡眠不足に過労、貴族のくせに栄養も足りてないってどうなってるの?」
……しまった。最近どうも食欲が無くて。ついつい食事を抜きがちだった。
「うん。駄目だね、気を付けるよ」
だから何となく体がだるかったのか。
「年のせいかと思ってた、ハハッ」
「……全然笑えないわよ……」
「シンディー?」
「無理してへらへら笑わないでよっ!貴方まで!アーシェラ様に連れて行かれるのかと思ったじゃないっ!!」
何故君が泣くんだ。アーシェラが連れて行ってくれたら……それは幸せなんじゃないかな。
「今馬鹿なことを考えたでしょう!」
……言い出したのは君なのに。
「ごめんね?」
でも、不快にさせたなら謝らないと。
そう思って素直に謝罪をしたのに。
「クッソ腹立つ……何でそんなに顔がいいの!」
叱られた……何故。理不尽だ。
「とりあえずベンジャミンはビンタしておいたわ」
「え」
「だって馬鹿なんだもの。何あの子。どうして許しておくの?あんなに生意気なことを言うなら、お尻をぶん殴って食事抜きで床磨きでもさせなさいよ!」
……すごい。私もシェリーでさえも手を焼いてきたのに。
「……格好良いな、君は」
「貴方が格好悪いのよ」
そうだね。否定できないや。
「ベンジャミンのやらかしは聞いたわよ。あれからだいぶ経つのにまだ解決していないの?」
はは、もうシンディーにまで噂は回っているのか。
「うん。婚約破棄した」
「それは知ってる」
「ベンジャミンは廃嫡された」
「は?」
「新しく妻を娶るように言われた」
「あ゛んっ!?」
「爺様達が激怒した。あの子は騎士団に預けるよ」
「……更に拗れるわよ」
「そうしないと家から追い出されそうなんだ」
思った以上に叱られた。だからあの時再婚する様に言っただろう!と、責め立てられた。
再婚して次こそは相応しい後継者を作れと………思い出しただけで気分が悪くなる。
そこまで話してベッドに倒れ込む。胃がキリキリと痛くて。
「少し待ってて」
私が答える前に、シンディーはさっさと出ていってしまった。
彼女がこの屋敷にいると、アーシェが生きていた頃を思い出す。
家出娘を拾ってしまったとこの家に住まわせ、才能ある子なのよ、とシンディーの生家と話を付け、仕事の援助をした。
初めの頃は俯きがちだったのに、どんどん実力をつけ、今では中々に有名な若手デザイナーへと成長した。
「……懐かしい。8…9年くらい経ったのか」
あの頃は本当に幸せだったのに。アーシェがいて、ベンジャミンもまだ素直で可愛らしくて。
……こんなことになるなんて、考えたこともなかった。
「はーい!お世話係を連れてきたわ!」
物思いに耽っていると、突然ドアが開けられた。
「ちょっとっ、痛いよシンディー!」
「……ベン?」
「そうよ。私が貴方のお世話をする訳にはいかないじゃない?だからほら、まずはスープを飲ませて、それからお薬よ。それが終わったらメイドに声を掛けて。お湯を持って行かせるから、ちゃんと体を拭いてあげなさい」
「「えっ」」
何だそれは!
「いや、老人じゃないんだから、自分で」
「フラフラで力が入らないくせに」
「それなら侍従に」
「介護は彼らの仕事じゃないわよ」
「いや、でも」
「そ?なら私がやるわ。大切なパトロン様ですもの」
「は?未婚の君にそんなことは!」
「はい、じゃあベンジャミンしかいないわね。まずは、はい。スプーンをどうぞ?」