夕食
ウィンが外廷を出ると、空が夕焼けに染まっていた。
「やや、もうすぐ日没か。食事してから帰ろう」
「この辺りは貴族が出入りする店ばかりですよ」
「実は私も貴族の端くれなのだ。知らなかったのかい?」
普段ウィンが着ている服は平民と大差がないが、今日は外廷に用があったので下級貴族の参内用の装束を着ていた。一応貴族には見える。
店に入ると、店主がやって来た。
「お一人様、ということでよろしいですね?」
「何? 奴隷は人間として数えないつもりか?」
「え、いえしかし……」
「奴隷の従者は入店できないというのか?」
「ウィン様、私は外でお待ちしておりますので」
「アデンは黙ってろ。店主、何か問題でも?」
ウィンの剣幕に、店主は怯え始めた。
「決してそのようなことは……いえ、どうぞこちらに」
ウィンにしては珍しく、意固地になった。別にこの店にどうしても入りたいわけではないが、こうなったら意地でもここで食事してやる、という気分になっていた。
「ではこちらのお席で。お二人様……ですね?」
「そうだよ。適当に、二人分用意してくれ」
店主が下がるのを見届けてから、アデンがウィンをたしなめた。
「ウィン様らしくない。こんなことで意地を張ることはないでしょう」
「アデンを人扱いしない人間が気に入らないだけだ」
「奴隷は家畜と同じですよ。いちいち気にしていたら切りがありません」
帝国では、牛や馬と同様に人間も奴隷として金銭で売り買いされる。まさに人語をしゃべる家畜という扱いである。だがそれは、虐待を意味しない。普通は大切に扱う。
奴隷は決して安いものではないから、働かせて元をとらねばならない。食事を十分に与えなければ作業に支障を来すし、怪我などをさせて労役に使えなくなれば大損である。奴隷に子を産ませて増やすこともあるが、生まれた奴隷が使えるようになるまでには十数年かかる。その間も食事や衣服を与えて、健康に留意しながら育てなければならない。牛や馬を世話するように、奴隷も世話をする必要があるのだ。
もちろん、これは一般論に過ぎない。例外があることもまた事実だった。
店主らがこちらを見ながら何やらひそひそと話しているのが見える。よくあることなので気にしない。
アデンは話を切り替えて、去年来の課題を持ち出した。
「宮内伯の件、まだ追うのですか?」
「まあね」
「探してどうするのです?」
「決めてないけど……不幸せにしてやりたいな」
「ずっと考えていたのですが、宮内伯は複数ですよね」
「え?」
「その可能性を考えていなかったのですか? やり口に齟齬がありますよね」
「え、何。どこに?」
「ティルメイン副伯の扱いです。ルティアセスに探せと命じた宮内伯と、ティルメイン副伯を攫わせた者がいます。ルティアセスは見つけられなかったのに、攫うことはできた。攫わせた者は、ルティアセスなど当てにせず独自に介入したのです」
「それならルティアセスに命じつつ、攫わせる手配もしていたのかもしれない」
「それは否定できません。ただ、単独犯だと思っていると足をすくわれる恐れがあります」
「確かにそうだね。う~ん、どうやって探せばいいのかなぁ」
ウィンはぶどう酒で満たされた杯を指ではじいた。ガラス製の杯がチンと鳴った。