ささやかな日常
アルリフィーア、ベルロント、ニレロティスには解決すべき課題がもう一つ残されていた。
カーリルン公領にはびこっていた問題を解消するきっかけを作ったウィンの功績は大きい。ベルロントもニレロティスも、ウィンの作戦指導によるところが大であることは認めざるを得なかった。ウィンが現れなければ、スウェロントらによる専横を抑えられなかったばかりか、スソンリエト伯の陰謀によってアルリフィーアは退位に追い込まれていたかもしれない。
ウィンの功績に報いるにはどうするのがよいのか。「セレイス卿は領地もないとか。カーリルン公が召し抱えて領地を与えてはどうか」というのがベルロントの意見だった。忌々しくもあるが、ウィンにはそれだけの功績があった。
これは、アルリフィーアの意を酌んだ最大限の譲歩でもある。彼女がセレイス卿のことを「ウィン」と呼び、彼に「リフィ」と呼ぶことを許していることは既に皆知っていた。
ウィンはそれでも公的な場では「カーリルン公」と呼んでいるが、アルリフィーアは人目もはばからず「ウィン」と呼んでいた。名無し時代の「ロレル」呼びからの流れであったため誰も気にしていなかったが、考えてみればやはり個人名で呼ぶのはただならぬことなのである。
公爵とヘルル貴族では身分が違い過ぎるためそれ以上はいかんともし難いが、手元に置くくらいのことはしてもよかろう。そうした雰囲気が家臣団の中で醸成されつつあった。
だが当のアルリフィーアは煮え切らなかった。自分はどうしたいのだろうか。何を望んでいるのだろうか。
カーンティーエでの戦後処理もあらかた終わり、首脳部はフロンリオンに戻ってきた。いまだに残っているこまごまとした残務の合間に、アルリフィーアはウィンを午後のお茶に誘った。
いつものようにやる気のない目で中庭にしつらえた席に座るウィンを前に、アルリフィーアは言葉が見つからなかった。デシャネルが茶の用意をしているわずかな音がするだけの、無言の時間が流れた。
居たたまれなくなったアルリフィーアは、急に立ち上がるとせわしなく歩き回った。何から話せばいいのか……。形のいい顎に指をかけ、うつむき気味になって言葉を探す。
「そうじゃ、ウィ……」
うつむいた姿勢で急に振り向いたのが悪かった。柱に額を打ちつけて「うぎゃっ」と叫んだ。
「何やってるんです?」と、ウィンがいぶかしげに見ている。
「いてて……。花畑の向こうで父上と母上が手を振っているのが見えたわい」
「ほうラエウロント公が。お元気でしたか?」
「おう、実に壮健そうであられた。……亡くなられている人ってそもそも元気なのか?」
アルリフィーアは首をかしげながら額を押さえて、痛みのために涙を浮かべながら笑った。器用な姫である。
「それは何より」
「姫様、淑女が『うぎゃっ』とは何です。こういうときは『あれ~』と言うのです」と、デシャネルは眉間に皺を寄せる。
「お主ら、少しはワシのおでこにも思いをはせてみたらどうじゃ」
「なるほど、もっともです。大丈夫ですか?」
「もういいわい!」
馬鹿馬鹿しくなってアルリフィーアは笑った。そう、このどうでもいい会話がしたかったのだということを思い出した。
そんな時間を過ごしていると、侍従が遠慮がちに近づいてきた。彼は意外な名を告げた。




