任務 その2
翌日、皇帝宮殿の外廷にある宮内伯ヴァル・マーティダ・ディーイエの詰め所を訪ねた。ちょうどマーティダは在席していた。51歳と高齢ながら、中肉中背で動きもかくしゃくとしている。短めに切った頭髪も、控えめに生えている顎髭も既に白い。
彼は宮内伯としては珍しくウィンに好意的な人物で、それだけに頭が上がらない。
「セレイス卿か。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「また適当な馬をお貸しいただけないかと思いまして」
「スソンリエト伯領に行くのだろう。厩舎には伝えておくが、そろそろ自分用の馬を買った方がよいのではないか? それくらいのカネはあるだろう」
「これは耳が痛い。しかし、馬を買うとなるといろいろ物入りでして」
それくらいのカネはあるだろうと、眉間に皺を寄せながらマーティダは繰り返した。
「まぁ、要は面倒くさい、ということで……」
「この横着者め」
マーティダは苦笑した。ウィンのこういう面は、好意的な者から見れば愛敬だが、そうでない者にとっては不快でしかない。そして、宮廷にはウィンに好意的でない者がたくさんいる。
「ところで、例の件はいかがなりましたか」
「去年の夏に帝都を離れていた宮内伯、か」
「はい」
「病気療養や公務での下向なども含めると数人いた。だが彼らがナルファスト方面に行ったかどうかを確かめるすべがない。宮内伯の被官ともなるとお手上げだな」
「やはり参内記録では限界がありますか」
「そもそもあれは下級官吏が記録するからな。参内していなくても『参内した』と書かせるのは難しくない。100年も200年も行われてきたことだ。8月に参内したという記録がある者が、実はナルファストに行っていたという可能性すらある」
「まさか宮内伯一人一人を問い詰める訳にもいかないしなぁ」
「セレイス卿。この件に深入りするな」
マーティダは怖い顔でウィンを睨んだ。
もちろん、ナルファストに介入した宮内伯を追及したところでウィンに得はないし、むしろ不利益の方が多いことは分かっている。だが気持ちが悪かった。
「とにかく、宮廷では『大人』の顔をしていろ。これ以上、いたずらに敵を作るのは得策ではないぞ」と、同じことを言ったのは何度目かと思いながら、マーティダはウィンをたしなめて送り出した。




