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居眠り卿と木漏れ日の姫  作者: 中里勇史
カーリルン公領統一戦争

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皇帝の意思

 軍隊が北から接近してくるという情報は、フロンリオンとカーンティーエの間を行き来している商人がもたらしたものであった。

 カーリルン公の家臣たちは激しく動揺した。フロンリオンへの退路を断たれるのは致命的だ。迂回路を使ってカーリルン公領外にアルリフィーアを脱出されることも考えなければならない。ベルロントは、脱出と籠城の準備を開始した。

 ウィンも一瞬動揺したが、すぐに立て直した。顎に指を添えて首をかしげる。北からというのはどういうことか。ベルウェンも同じ疑問を持ったようだった。左眉をくいっと上げて、ウィンの視線に答えた。

 「ベルウェン、一緒に来てくれ」と言うウィンにも左眉で答えて、ベルウェンは立ち上がった。

 「ウィン、どうするのじゃ」

 「ちょっと見てきますよ。公爵は、念のため脱出の準備を続けてください」

 ウィンとベルウェン、ベルウェン麾下の騎兵が5キメルほど北上すると、謎の軍隊が見えてきた。騎兵が約1000……に、歩兵が3000ほどか。装備はさほどいいとは言えない。

 そう、あれは……傭兵だ。遠目が利くベルウェンがヘッと笑った。「こいつぁたまげた」


 先頭を進む騎兵は、ラゲルスだ。

 「ラゲルスだって? 早過ぎるだろう?」

 「だからたまげてるんだよ」

 そして両者は合流した。

 「お2人さん、兵隊は要らんかね?」と言って、ラゲルスはニヤッと笑った。

 ベルウェンはラゲルスの頭を小突くと、「早速だが騎兵はもらっていく。てめぇは歩兵を連れて追ってこい」と言って、騎兵をまとめると南に走り出した。

 「相変わらずだなベルウェンは。旦那、あっしらも行きましょう。互いの事情は歩きながらってことで」

 ラゲルスはニヤッと笑って、カーンティーエに向かって馬を進めた。

 「こっちから話しましょうか。まずはムトグラフ卿が帝都に戻ってきましてね」

 「そうか、ムトグラフか」

 9月下旬、南部3郡への侵攻を控えていた頃、ムトグラフは帝都に戻った。マーティダにカーリルン公領の状況を説明するためだ。ムトグラフが帝都に着いたのは10月1日。その足でマーティダの所へ行き、カルロンジの介入などについて報告した。

 事態を重く見たマーティダは皇帝に奏上し、監察使によるカーリルン公領の安定化が必要とされた。こうして、既にカーリルン公領に入っている監察使に付ける傭兵の派遣が決定し、ムトグラフを通してラゲルスに募兵の命が下った。騎兵1000、歩兵3000の大兵力である。

 傭兵軍を率いて南下していたラゲルスは10月8日、ベルウェンからの伝令に遭遇しておおよその事情を把握した。そのため、フロンリオンに立ち寄らずカーンティーエに直行することができた。これで到着がさらに1日短縮した。

 ただし、事態が切迫していることまでは知らなかった。ウィンから前線の様子を聞いたラゲルスは険しい顔をして、「そりゃまずいですな」とつぶやいた。


 カーンティーエに接近している軍隊が味方であることを知らされたアルリフィーアは、カーンティーエの城門の外まで出てきてラゲルスらを出迎えた。

 「あの女性がカーリルン公だ」とウィンに教えられ、ラゲルスは仰天した。平民を出迎える公爵など聞いたことがない。

 「そんなことをするのはナルファストの公爵様くらいだと思ってましたがね、そんな人がまだいなすったとは。しかもえれぇ美人ときた!」

 ナルファストの公爵様というのはレーネットのことである。彼は自ら酒樽を持ってきて傭兵たちに振る舞うどころか、一緒に飲んで騒いだりもする。レーネットはそうやって兵たちと夜を過ごすことを好んだ。公爵という尺度に照らし合わせると、彼はかなりの変人である。

 ラゲルスは懐から書簡を取り出すと、ウィンに手渡した。マーティダからカーリルン公に宛てたものであるという。平民が公爵に物を直接渡すことは許されない。通常であれば取次役が公爵の脇に控えているものだが、誰だか分からないのでウィンに押し付けたのである。

 ウィンから書簡を渡されたリフィは、その場で開封して目を通した。

 「まず皇帝陛下のご意向をお伝えする。カーリルン公は、ラエウロント3世の遺志に基づきヴァル・ステルヴルア・アルリフィーアとする。勅許状の内容に一切の変更はない。スソンリエト伯の要求は認めない。カーリルン公が未熟であれば、家臣が支えるべし。カーリルン公に問題があり改善が見られない場合は家臣も罪を負うものとする」

 「カーリルン公の所業に関する訴状については、内容に虚偽があった場合は原告を厳罰に処す。帝国司法院の審理が始まる前に取り下げたものは不問とする。以降は法に則って帝国司法院が適切に処理すべし」

 そして、マーティダの言葉も添えられていた。

 「陛下はラエウロント3世公の長年の忠義を忘れておられない。ラエウロント3世公が病を得て死を覚悟した折、最後の願いとしてご息女による公位継承を陛下に懇願され、陛下もまたそれを容れてラエウロント3世公の忠義に応えられた。帝国はラエウロント3世公の最後の願いを必ず守るであろう」

 おおむね以上の内容が書かれていた。

 父の想い、それに応えてくれた皇帝の思いを知り、アルリフィーアは涙を一筋こぼした。

 ウィンは、読まなくても書簡の内容はおおよそ察しが付いた。あの皇帝ならば下した勅許状を違えることはないだろう。とはいえ事態の収拾には皇帝の意思を確認しておく必要がある。アルリフィーアから書簡を受け取って、内容にざっと目を通した。


 「では、ラゲルス。我々も行こう」

 ウィンはロレルを南に向けた。

 「待てウィン。ワシも行く!」

 「駄目ですよ。カーリルン公はここでおとなしくしていてください」

 ここまであらゆる局面で後手に回ってしまった。そろそろ決着を付けなければならない。

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