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居眠り卿と木漏れ日の姫  作者: 中里勇史
新たな任務

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6/55

出発

 夏とはいえ夜明け頃はまだ涼しい。

 ウィンは皇帝宮殿の厩舎から借り受けた馬に乗って帝都の南門にやって来た。


「ロレル、またよろしく」

 アデンは初めて聞く名前に驚いた。

ロレル(二番)? その馬、そんな名前でしたっけ?」

「本当の名前は忘れた。忘れたからロレルと呼ぶことに決めた」

 「ウィン」という名が「一番」を意味することから、二番と付けたらしい。この命名方法は実に平民的だった。平民はしばしば長男に「ウィン」(一番)、次男を「ロレル」(二番)、三男を「サエム」(三番)……と付ける。ウィンと聞けば、「こいつは長男なんだな」となる。貴族はこんな安直な命名はしない。よって、「ウィン」という名も貴族社会では「平民丸出しだ」として嘲笑の的になっていた。


 南門を出たところで三〇人の傭兵と合流し、スソンリエト伯領に出発した。ラゲルスだけ馬に乗っており、他の傭兵たちは皆、歩兵だ。

 スソンリエト伯領は、南北に走るダルテマイア街道を南下し、東西に延びるカデトルン街道を越えてしばらく行ったところで脇道に入る必要がある。脇道の辺りが少し分かりにくくて、土地勘がないと通り過ぎてしまう恐れがあると聞く。


 ウィンはラゲルスと馬を並べて歩いた。

「ナルファストはどんな様子だい?」

「ダウファディア要塞のアルテヴァーク側(南面)は強固だが、ナルファスト側(北面)はそれほどじゃない。力攻めも不可能じゃないがロンセ……いやナルファスト公(レーネット)はアルテヴァーク側まで包囲網を伸ばして兵糧攻めにしている。アルテヴァークでも内乱が発生したようで、スルデワヌトはダウファディア要塞まで手が回らんようです。開城交渉も進んでたから、もう片は付いてるかもしれませんな」

 ワルフォガルから帝都まで、早馬でも半月はかかる。ダウファディア要塞からとなれば二〇日以上は必要だろう。つまり、帝都で得られる最前線の情報は約一カ月前のものだ。

「アルテヴァークの内乱に乗じてアルテヴァークに侵攻するという手もあるが、ナルファスト公はダウファディア要塞を奪還したところで和平、という線で手を打つというところかな」

「まあそんなところでしょうな。公国内の整理も不完全だし、公女(ウリセファ)たちの捜索にも本腰を入れたいようで」

「そう、それ。一体何があったんだい?」

「俺もナルファスト公(レーネット)から聞いただけですがね、公妃(アトストフェイエ)が目撃してたそうで。男が突然やって来て、護衛の騎士どもを皆殺しにしてティルメイン副伯(リルフェット)を攫っていった。公女(ウリセファ)がそれを追っていって、それっきり。でね、公妃が言うにはティルメイン副伯を攫ったのはプルヴェントで公妃とサインフェック副伯(スハロート)を襲撃した男だったと」

「何だって? そこがつながるのか?」

「男は、『監察使のせいで計画が狂った』と言っていたらしい。それだけじゃない。人相や動きから、ナルファスト公暗殺……ややこしいな。レーネット公の暗殺を謀った男と同一人物の可能性が出てきた。公妃の証言とレーネット公の証言に共通点が多いんだなこれが」

「後な、多分暗殺者はレーネット公もサインフェック副伯も殺す気がなかった。五人の騎士を一人で片付けたり二階の窓から飛び降りたりして平気なやつだ。ヤツが本気なら二人ともこの世にはいねぇよ」

「なるほど。暗殺者を操っていた者は、ロンセーク伯(レーネット)とサインフェック副伯双方を襲撃して争いの種をまき、サインフェック副伯の死を知ると予備としてティルメイン副伯を確保した、ということですね」

 突然口を挟んできたアデンにラゲルスは一瞬驚いたが、「そういえばこんなヤツもいたな」と思い直して苦笑した。

「アデンか。久しぶりだな。暗殺者についてはまあそんなところだろう。これだけの手際を持ったやつが何人もいるとは思えねぇ。傭兵にもいねぇよ。同一人物が便利に使われてるんだろうな」


 ウィンがここで顔を曇らせ、「まずいな。非常にまずい」とつぶやき始めた。

「何がだい、旦那」

「裏で糸を引いているのは、ナルファスト公をティーレントゥム系にしたかった連中だろう。だが、ナルファスト公と大公女(アトラミエ)の婚約で、ナルファスト公をティルメイン副伯ですげ替える必要性が低下したはずだ」

「とすると?」

「ティルメイン副伯を生かしておく必要がなくなる」

「そりゃぁ……まずいな」

「早く気付いたところでどうすることもできなかった。ティルメイン副伯を見つけるまで婚約の発表を控えさせる、なんてできるわけないしね」

「旦那でも無理ですかい」

「当たり前じゃないか。私は全然偉くないぞ」

 と言って、ウィンは胸を張った。

 ラゲルスは首を振りながらしみじみと嘆息した。

「俺もいろんな人間を見てきましたがね、『自分は偉くない』と偉そうに威張る人は旦那が初めてですよ」

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