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居眠り卿と木漏れ日の姫  作者: 中里勇史
カーリルン公領統一戦争

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南部侵攻開始 その2

 もちろん、籠城される可能性は考えていた。その対策が、3郡に同時侵攻するというものだった。

 籠城自体には、時間稼ぎ以外の効果はない。攻囲側に時間とカネが十分にある場合、籠城側に待っているのは敗北だけだ。

 だが、友軍による後詰めが期待できる場合は籠城も積極的な戦術になり得る。攻囲側の背後から後詰めに攻撃させることで、攻囲側を挟撃できるからだ。逆に、後詰めが期待できない籠城に未来はない。

 ウィンは、3郡に同時侵攻することで後詰めの可能性を潰したのである。後詰めは期待できないと思い知らせることで、籠城される可能性を下げたつもりだった。だが、敵は籠城した。


 「籠城が計画的なものだったとすると、何か策があるのかもしれない」

 「籠城は見せかけで、野戦軍をどこかに伏せているという可能性はありませんか」

 アデンの指摘も十分に考えられる。何も3000の兵が全て籠城したとは限らない。その場合、街を攻囲している公爵軍が背後から攻撃される、ということも想定する必要がある。

 「考え過ぎじゃねぇのか。苦し紛れの籠城に見えたがな」

 ベルウェンが感じた現場の空気感は、計画的な籠城というものではなかった。何がどうと説明するのは難しいが、敵や味方が発する雰囲気から焦りや余裕が分かることもある。


 ウィンは浮かない顔のまま、露台(バルコニー)に出た。露台の手すりに両肘を掛けて、カーンティーエ市街を見下ろす。人口2000人程度の小さな街だが、清潔でよく整備されている。カーリルン公領の中部と南部をつなぐ要衝であり、本来ならば活気に満ちているはずだが、今は南部が戦場になっているため商業活動が停滞している。これもウィンが招いた事態であった。

 「どうした? 元気がないのう」

 アルリフィーアが同じように手すりに肘を掛けて市街を見渡した。

 「珍しく落ち込んでおるではないか」

 「やることなすこと失敗ばかり。これで浮かれていたら頭がおかしい」

 「……」

 「北東部を取ったら領民に反乱を起こされる。反乱を鎮めようとしてリフィに怪我を負わせる。南部に侵攻したら籠城される。何もかも失敗だ」

 「横着者のそなたらしくもない。『自分のせいじゃない』とでも言いそうなものじゃが」と言って、アルリフィーアは笑った。「結果的に北東部は安定したし、南部の大半もこちらの支配下に入ったではないか。ザロントムを開城させれば一気に片が付くのであろう?」

 現状を肯定的に捉えればそうなるが、ウィンはそう思う気分になれなかった。

 攻城戦といっても、ザロントムは城ではなく都市だ。攻撃すれば、市民も防衛に駆り出されるだろう。兵糧攻めを続ければ市民も飢える。

 生産を担っているのは平民であり、貴族とその家臣は生産に寄与しない。平民を戦いに巻き込むのは不経済なのだ。平民を巻き込むなど、愚劣かつ無駄の極みだった。戦争なぞ、貴族とその家臣だけで勝手にやって、勝手に死ねばいいのである。ウィンは戦争をそう位置付けている。だから平民を巻き込むのは不本意極まりなかった。ザロントム攻城戦がもたらす影響を考えると、気分が滅入る。

 だが、ウィンを最も落ち込ませているのは未来ではなく、本人も気付いていないが過去のことだった。アルリフィーアを危険な目に遭わせたことが、予想以上にこたえていた。危険は予測できたし、護衛を周囲に伏せさせて事態の急変に備えた。だが投石は防げず、彼女に傷を負わせた。本人がけろりとしているのでウィンもあまり気にしていないつもりだったが、常にウィンをさいなんでいた。

 アルリフィーアの言葉にも大して反応せず、手すりに置いた手の甲に顎を乗せてしおれているウィンを、彼女はどうすることもできなかった。仕方がないので、ウィンの頭をぽんぽんたたいて、なでた。アルリフィーアが幼い頃、父や母がこうしてくれると落ち着いたものだ。

 「そなたはよくやってくれている。ワシは感謝しておるぞ」

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