デベルロント
カーリルン公領南西部領主のヴァル・ステルヴルア・デベルロントは、先々代カーリルン公ラエウロント2世の弟ステンロントの次男で、既に討ち取られた北東部領主スウェロントの弟である。
スウェロントが敗れたいきさつは南部にも広まっている。ウィンが意図的に流しているのだから当然であり、正確でもあった。ゆえに、デベルロントは混乱した。カーリルン公は何を考えているのか。スウェロントと全く手口だったからである。
10月1日までに出頭すべきか否か。出頭しなかったら、10月2日にカーリルン公が攻め込んでくるのか。領地の境界線を越えてくるのか、直接居城を狙ってくるのか。
境界を守るべきか城を守るべきか、方針が定まらない。境界を守ろうとして城をがら空きにしたら、既にデベルロント領に入り込んでいる兵が城に攻め込んでくるかもしれない。城を守っていたら領地に侵攻される。城をがら空きにして兄の二の舞になるのはごめんだった。だが城に兵を集中させれば……と、思考は堂々巡りするばかりだった。
トンゾロントやメンエロントに助けを求めようにも、彼らも同じ状況に陥っているのだ。皆、他者を助ける余裕などない。
ここでようやく、デベルロントは気付いた。カーリルン公が仕掛けてきた作戦への対抗策に正解はないのだ、と。公爵の兵が領内に既に侵入している可能性を捨て切れない以上、デベルロントの行動は制限される。兵が湧き出てきて兵力が2倍にでもならない限り、対抗することはできない。負けなのである。
では降伏するか。出頭期限までにフロンリオンに行って臣下の礼を取れば助かるかもしれない。だが本当に許されるのか。スウェロントのように斬首されるのではないか。
子供の頃から横暴な兄の言いなりだった。理不尽な理由で、あるいは理由もなく、殴られたことは両手両足を使っても数え切れない。スウェロントが死んで清々したが、自分が死ぬのは嫌だった。「自分の首と引き換えに、家臣の助命を」などと言うつもりはなかった。家臣を全て差し出してでも自分は助かりたかった。
スウェロントらと裏で手を結び、公爵領をどさくさに紛れて奪い取り、返還を求めてきた公爵の使者を冷笑して追い返した。その自分が、フロンリオンに行って無事で済むだろうか。デベルロントにはスウェロントらの口車に乗る程度の知能しかなかったが、己の行為が相手に快く思われているはずがないと思う程度の想像力はあった。自分なら許さない。許しを乞うて跪く相手の頭に剣を振り下ろしてかち割るだろう。
フロンリオンに行ったら殺される。デベルロントにとって、これは規定事実になった。だが戦う方法はない。日に日に酒量が増え、今では昼間からぶどう酒をあおり続けている。デベルロントを見限って暇乞いする家臣もちらほら出てきた。
常に酒臭い息をまき散らしているデベルロントの城に、ぶよぶよとした締まりのない体の男がやって来た。
カルロンジだ。




