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居眠り卿と木漏れ日の姫  作者: 中里勇史
カーリルン公領統一戦争

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和解

 フロンリオンに戻ると、アルリフィーアには新たな課題が生じた。どんな顔、どんな態度でウィンに会えばよいのか。怒りはまだ収まっていないが、それを知ったらウィンはまた「まだ怒ってるんですか?」などとほざくに違いない。それでは負けた気がする。まことに腹が立つ。忌々しい。

 そうだ。

 何ごともなかったような態度はどうだろう。今回はウィンも少しは気にしているに違いない。だが、こっちは全くいつも通り。これはいい。器の違いを見せつけてくれる。

 方針は定まった。何だか愉快だ。フフフフフフと笑いながらフロンリオンの宮殿を闊歩すると、既に勝った気分になってくる。おのれウィン、目に物見せてくれる。

 すると、一足先にフロンリオンに戻っていたウィン、ベルウェン、ムトグラフの3人が歩いてきた。アルリフィーアに気付いたベルウェンとムトグラフがぎょっとして足を止めた。ウィンも少し引きつった顔をした。やはり気にしているのだ。既に勝ったようなものじゃ。

 アルリフィーアは「セレイス卿、こたびはご苦労であった。今後も活躍に期待しているぞ」と鷹揚に語りかけ、颯爽と擦れ違った。勝ったな。

 歩き去るアルリフィーアを見送りながら、ベルウェンとムトグラフは震え上がった。

 「やっぱり公爵様めちゃくちゃ怒ってるじゃねぇか」

 「あの引きつった顔見たでしょう。眉毛はつり上がってるし。早く謝った方がいいですよ」

 横着者のウィンもさすがに苦笑いした。

 「いやぁ、あんな怖い笑顔は初めて見たよ。……あれ、笑顔だよね?」

 しかし、どうやって謝ればよいのか。

 「女性には花を贈ると喜ばれますよ。怒らせたら、取りあえず花です」と、唯一の既婚者であるムトグラフが助言した。ムトグラフの極めて浅い助言に、他の2人は深くうなずいた。

 花……。花?

 花はよく分からない。取りあえず、廊下に飾られている花瓶の花を引っこ抜くと、ウィンは彼女の後を追った。


 アルリフィーアはまだ肩を怒らせて歩いていた。どうやら自然に振る舞っているつもりのようなのだが、全く成功していない。引きつった顔に不自然な笑顔を張り付けている。彼女を見た女官が「ひい」と言ってたじろぐのが見えた。放っておくと彼女の評判が下がってしまう。

 「リフィ」

 「何じゃ」

 アルリフィーアが振り向いた。怖い。何て恐ろしい笑顔なのか。女官が悲鳴を上げるわけだ。

 ウィンは、先ほど花瓶から引き抜いてきた花を彼女に差し出した。

 「何じゃこれは」

 「なんだ知らないのか……。これは花というものです。植物ですよ」

 「そんなことは分かっとる。人の鼻先に花を突き付けて何がしたいんじゃ」

 「あげます」

 「あ?」

 「あげると言ってるんです」

 「……これ、廊下の花瓶に生けてあったもんじゃろ」

 「よく分かりましたね」

 「ワシが好きな花を女官たちが生けとるからな」

 「……」

 「まあ、気持ちは受け取っておこう」と言って、彼女はウィンから花の束を受け取った。ウィンが握り締めていたから、茎がボキボキに折れている。花瓶に戻してもこれは駄目だな、とアルリフィーアは思った。

 「リフィが好むやり方でなかったことは認めます」

 「そうじゃな」

 「でも、事前に茶番を演じると伝えてもうまくいかなかったでしょう。領民を守りたいというリフィの気持ちが本物だったから、彼らに通じたのです」

 「そうかもしれんな……」

 「こちらも半分本気だった。リフィが血を流しているのを見て、本当に皆殺しにしてやろうかとも思った」

 「ほほう!」

 何だか急に気分が良くなった。頭をかきながらそっぽを向いているウィンを見ていると、なぜか嬉しくてたまらない。アルリフィーアは自分がにやにやしていることに気付いたが、表情を制御できない。勝手に緩む頬を抑え付けながら、ウィンの顔をのぞき込んだ。目を逸らそうとする彼の顔が見たくてたまらない。

 「それはなぜじゃ? どうしてじゃ? 理由は何じゃ? 言え! 言うてみい! 言えってば!」

 絶対理由を言わせてやる。ウィンの頬をつまんで上下にぐいぐい振り回す。

 「痛てててて。そんなことはどうでもいいでしょう!」

 ウィンはアルリフィーアの手を無理やり引き剥がし、後ろに飛びのいて彼女の間合いから逃げた。

 「まあ、領民を守ろうとするリフィの想いの方が勝ったということです。あなたは立派な君主だ」

 無理やりまとめた。アルリフィーアの質問はあえて無視した。


 アルリフィーアは目をつぶると、大きく深呼吸した。頭の中を、さまざまな想いが駆け抜けていくのを感じる。最後にため息をついて目を開けた。

 「ウィンはきっと、これからもワシのことを怒らせるんじゃろうな」

 「そうかもしれませんね」

 「そのたびにワシはウィンを許すのじゃろうな」

 「そうなんですか?」

 「知らん」

 そう言って、アルリフィーアは笑った。真夏の木漏れ日のような、優しくて柔らかい、そして鮮烈な笑顔だった。

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