反乱鎮圧 その2
村々を直接訪問しての現状説明やムトグラフによる説得は一定の成果を見たが、時間が足りていない。新たに2つの村で反乱が起こり、切っ掛けがあれば反乱の火の手は北東部全体を覆ってしまいそうな勢いだった。
カルロンジがフロンリオンに現れた翌日、アルリフィーアは最初期に反乱を起こした村に乗り込んだ。数人の護衛を連れただけの、芦毛の馬に乗った美しき貴族の登場に村人たちは驚いた。「あれは誰だ」といったざわめきが各所で起こった。彼らは本来、君主たる公爵の顔など知らぬまま生涯を終える。フロンリオンならばともかく、領地の端ともなれば公爵など雲の上の存在に過ぎない。
アルリフィーアは馬から下りると、徒歩で村長の前に進んだ。
「カーリルン公のアルリフィーア様である!」
先に乗り込んでいたムトグラフがアルリフィーアを紹介すると、村長をはじめとする反乱に参加した村人たちは動揺した。どう反応すべきか分からず、後ずさりして戸惑っている。
アルリフィーアはさらに進み、村長に告げた。
「カーリルン公である。スウェロントの圧政を知りながら有効な手を打てなかったのは我が不明。まずは全ての領民に詫びる!」
「し、知ってたんですかい?」
「嘘は言えぬ。知っておった。そなたらの訴えは届いておった。じゃが何もできなかった。そなたたちの怒りはもっともである」
村人たちは静まり返った。知らなかったとしらを切らなかったことを評価すべきか、知っていて放置していたことを怒るべきか、にわかには判断できず言葉に詰まっている。
アルリフィーアは、一方的に話を進めるのではなく村人たちがここまでの話をのみ込むまで待った。彼らがどう反応するのかは分からなかった。
村人たちの反応は2つに分かれた。半分は、知っていて放置していたことに怒り、怒号を上げた。誰かが投げた石がアルリフィーアの左肩に当たり、ムトグラフや護衛たちは気色ばんだ。護衛たちが剣に手をかけるのを彼女は手で制した。顔が苦痛にゆがんでいる。また石が飛んできた。今度は彼女の頭に当たり、血が鼻筋に沿って流れた。
「やはりこうなったな」
騎乗したベルウェンが抜刀した大剣を肩に担いで現れた。その後ろから、ベルウェンが連れてきた50騎弱の騎兵と暗い顔をしたウィンが続いた。
「ベルウェン? ウィン? なぜここに」
浮かない表情のまま、ウィンが答えた。
「もう時間がないんですよ。汚れ役は我々が引き受けます」
「何を言っている? ワシが必ず説得してみせる」
「反乱を起こしているのはここだけじゃない。一つ一つ説得している時間はないんですよ。統治というのはね、こういう側面もあるってことです。ベルウェン、頼む」
「あいよ。てめぇら、抜刀!」
ベルウェンの号令で、騎兵たちが抜刀した。
ベルウェンの大剣がすっと天に向けられた。この剣が振り下ろされたとき、騎兵たちは村人たちに突撃を開始する。
「ダメじゃ!」
アルリフィーアは叫ぶと、村人たちを守るように騎兵の前に立ち塞がった。
「ワシの領民を傷つけることは絶対許さん。領民はワシの子じゃ!」
アルリフィーアは涙をこぼし、鼻水をダラダラ流しながら騎兵たちを睨み付けた。
ウィンは悲しそうな目でアルリフィーアを見つめていたが、つらそうに首をゆっくり振った。
「きれい事で政治はできないのです。言ったでしょう。覚悟の問題だと。少しの犠牲で公領全体を守ることができるのです」
「嫌じゃ! ダメじゃ! ワシが民を守るのじゃ! 今までできなかった分も守るのじゃ! お前たちにワシの子を殺させない!」
アルリフィーアは涙と鼻水と汗と血で顔をグチャグチャにしながら、両手を広げて騎兵たちに対峙した。
「姫様……」
「姫様……」
「姫様を守れ」
「姫様を守れ」
「姫様を守れ!」
「姫様を守れ!」
先ほどまでアルリフィーアに石を投げていた領民たちが、彼女の前に立って騎兵から彼女を守ろうとした。
「姫様を泣かすな!」「お前立ちは帰れ!」などと叫びながら、村人たちがウィンと騎兵たちを取り囲み、石を投げ始めた。
ベルウェンは左眉を上げると、「こいつぁ参ったな。勝ち目がねぇぜ」と言ってウィンを見た。
「こりゃ私たちの負けだ。ベルウェン、ずらかりますよ」
ウィンはニヤッと笑うとロレルを方向転換させ、フロンリオン方面に逃げ始めた。「ちくしょう、覚えてやがれ」などと叫んでいる。
「てめえら、逃げるぞ」というベルウェンの号令で、騎兵たちも後を追った。
後には、へたり込んだアルリフィーアと、姫様を泣かす悪い家臣を撃退して高揚する村人たちが残った。
村人たちは口々に「姫様姫様」と叫び、アルリフィーアを称えている。
村長が彼女の前に平伏すると村人たちもそれにならい、反乱を起こしたことを詫びて改めてカーリルン公に忠誠を誓った。
アルリフィーアは、涙と鼻水と汗と血でグチャグチャの顔で、「よろしく頼む」と答えた。




