ムトグラフ来訪 その2
「なっ!?」
「確証とまではいかないのですが、宮廷内の誰かと結託して現カーリルン公を公位から引きずり下ろそうとしている疑いがあります。まずはその事実と、帝国に口実を与えないようにとお伝えする必要があると考えました」
そして、マーティダとムトグラフが導き出した懸念について説明した。相変わらずムトグラフの説明は要領がいい。そしてそれは、アルリフィーアにとって衝撃的なものだった。
「水利権の侵害? 領地を奪った? そのようなことがあったのか?」
アルリフィーアはニレロティスとベルロントに確認した。知らず知らずにそのような無道を行っていたのか、それとも公爵に無断で横暴が行われていたのか。だが、ニレロティスにとってもベルロントにとっても寝耳に水の話だった。皆が満足する統治を実現しているとまでは言わないが、領主層がそこまで不満を持つような覚えはなかった。
「公爵、カーリルン公領の領主たちからの訴状は、数も保管方法も異常です。普通では考えられない。『カーリルン公の統治に問題あり』と思わせるためのもの、と考えた方が自然です。私もマーティダ宮内伯も公爵を疑ってはいません。問題は、帝国中枢にいる者がそれを利用して『問題がある』とすることができてしまうということなのです」
「で、ムトグラフ卿はスソンリエト伯が糸を引いている、と考えてるわけだね」
「あの訴状の山で得をするのはスソンリエト伯しかいない、という状況証拠だけですが」
「スソンリエト伯か……」とベルロントはつぶやくと、腕組みをしてフーとため息を漏らした。「スソンリエト伯と当家には因縁があるからのう」
「因縁? そういえば公爵もスソンリエト伯と聞いたとき驚いていましたね」とウィンが水を向けると、アルリフィーアは嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「スソンリエト伯に求婚されたことがある」
「ええ?」
「あれは……5年ほど前かの。ワシが11歳のときじゃ。あやつ、ワシに求婚しつついやらしい目でワシを舐めるように見たのじゃ。思い出すだけで気味が悪い。虫酸が走る! 気持ち悪い!」
思い出したら腹が立ってきたらしい。
「ワシは11歳じゃぞ、11歳。子供じゃ。見るか? あんな目で」
どんな目なのかは分からないが、アルリフィーアが不快に思ったことは分かる。つまりその頃から彼女とカーリルン公位を狙っていたということか。
「じゃから、『気持ち悪いんじゃ!』と言って、持っていた本を頭にたたきつけてやったのじゃ」
一同は絶句した。
激しく拒絶された上に本で殴られて、これで愉快な気分になる人間がいるとは思えない。普通ならば気分を害するだろう。復讐の黒い炎を胸に抱き続けていたとしても不思議ではない。和解する未来は見えなかった。
ベルロントは、フーとため息をついた。
「スソンリエト伯の目も不快じゃが、死んだ魚のような目で見られるのも気に入らんな。もう少しワシに関心を持ってもよいのではないか?」
「え?」
「いや何でもない。話がそれた」
「スソンリエト伯は何か隠してるぜ。証拠はねぇがな」
「証拠がないのではどうすることもできぬではないか」とニレロティスがうめいたが、ベルウェンに苦情を言ってもどうすることもできない。
「確かにどうすることもできぬが、陰謀の存在が分かっただけでもましというもの。これもムトグラフ卿のおかげだ」とベルロントがとりなした。ベルロントもまた、事態の深刻さを完全には消化できていない。
スソンリエト伯には何らかの勝算があって、一手一手進めているのだろう。その分だけカーリルン公は不利になっている。
「とにかく、スソンリエト伯はカーリルン公の統治能力の欠如を突こうとしています。帝国にそう思われるようなことがないようにしなければなりません。スソンリエト伯は恐らく、統治能力に対する疑問を抱かせるようなことを仕掛けているでしょう」
「そうはいっても、何をしてくるか分かんないんじゃ……」と、ウィンの言葉が途絶えた。「しまった。こりゃマズいかもしれない」
「何だ、大将。何か気付いたのか」
「うん……いや、う~ん」
「はっきりしねぇな。何だよ。分かるように言えよ」
ウィンの懸念の正体は、夕方に判明した。カーリルン公領北部の領主からの伝令がフロンリオンの宮殿に駆け込んできたのだ。
「北東部で領民が反乱を起こしました!」




