怪文書 その2
「うむ。要は、事実の問題よ。勅許状を無効化させるようなことがなければ、勅許状は有効なのでこの文書は却下される。無効化させるようなことがあれば、陛下といえどもそれを無視することはできない。勅許状は無効化され、この文書が改めて検討される。勅許状が無効化されれば女子による継承は否定されるので、自動的にスソンリエト伯が継承順1位になってカーリルン公位の継承が認められるだろう」
「この文書のことは現カーリルン公にも知らせておいた方がよいのではないでしょうか」
「そうだな。まずは帝国が介入するような事態を領内で起こさないように注意喚起しておいた方がよいかもしれぬ」
「では早速」
「待て。たった1枚の文書だけで公位継承はひっくり返らぬ。これを補強するような文書がまだあるかもしれぬ。カーリルン公領に関する文書がないか、確認した方がよい」
確かに、これまでは「スソンリエト伯」に着目していたのでカーリルン公領に関する文書は見落としていた。
文書は時系列で整理されているので抜き出せない。ムトグラフは、これはという文書の要約を別の紙に書き起こして一覧化するという地道な作業を続けた。そして、異様な結果を得た。カーリルン公の非道横暴を訴える文書が200以上も出てきたのである。
領地を没収された、水利権を侵害された、フロンリオンでの商売に高い関税をかけられたなどなど、カーリルン公領の小領主がこぞってカーリルン公の非を鳴らしている。日付は全て3年以内。つまり被告は現カーリルン公のアルリフィーアだ。
領民や領主間の訴訟であれば、カーリルン公が領主裁判権を持っている。ただし被告がカーリルン公自身となると、帝国司法院の管轄となる。帝国司法院はこうした訴訟を山のように抱えているとはいえ、訴状が「ここにある」のはおかしい。訴状が受理されたら帝国司法院に回されているはずなのだ。受理印が押されているのに、保留文書を一時保管している文書庫に眠っているのはなぜか。
誰かが差し止めている。しかも、目立たないように他の文書に紛れ込ませて。そして、この訴状の山は一体何だ。
「これだけ見ると、カーリルン公の統治には問題あり、と判断されるな」とマーティダはつぶやいた。
「不当でも、訴えは訴えだ。訴状は1件1件審理しなければ妥当性は分からない」
「本来なら、訴状は1件ずつ司法院に送られて個別に審理される。それだけのこと。しかし、こうもまとまって突き付けられたら……カーリルン公に問題があるような印象を与えてしまう、ということですね」
「訴状が正当であるなら由々しきこと。カーリルン公領の統治を正さねばならん。しかし、スソンリエト伯の請求と考え合わせると勘繰りたくもなる。これを現地で調査するのが……」
「帝国監察使、ですか」
「別の監察使の派遣を検討すべきかもしれぬな。それは私の方でやっておく。ムトグラフ卿は、カーリルン公にスソンリエト伯の件と併せて知らせてくれぬか。コーンウェ宮内伯には話を通しておく」




