怪文書 その一
皇帝宮殿に蓄積されている文書を調べていたムトグラフは、ある文書で手を止めた。
「この文書、妙ではありませんか?」
マーティダは、ムトグラフから手渡された文書に目を通して怪訝な顔をした。
「何だこの『処理中』というのは」
ムトグラフが見つけた文書は、ある爵位の継承権についての異議申し立てと継承順位の変更願だった。この手の文書自体は珍しくもなんともない。年間に何十もの訴えがある。
ムトグラフらの目を引いたのは、申請者がスソンリエト伯ヴァル・ステルヴルア・ブレロントであること、そして「処理中」の印章が押されていたことである。
スソンリエト伯は、ヴァル・ステルヴルア・アルリフィーアによるカーリルン公位継承を不服として、三年前に遡ってカーリルン公の継承順位の変更を要求していた。
三年前のカーリルン公位継承順位は、一位がカーリルン公ラエウロント三世の長女ヴァル・ステルヴルア・アルリフィーア、二位がラエウロント三世の弟の長子であるスソンリエト伯ヴァル・ステルヴルア・ブレロントだった。三年前のカーリルン公ラエウロント三世の死去によって、継承順に従ってアルリフィーアがカーリルン公を継承した。
カーリルン公ラエウロント三世は温厚篤実な人物で、現皇帝アートルザース三世とも親しかった。マーティダとも旧知の仲であり、彼の死はマーティダにも強い印象を残している。世継ぎとなる男子がいなかったため、ラエウロント三世は皇帝に勅許を求め、皇帝も長年の功績に配慮して勅許状を発給した。この処理にはマーティダも関わっている。アルリフィーアが継承順第一位であることは勅許状によって確定されたことであり、法的な手続きに何ら問題はなかった。
スソンリエト伯の文書は、つまり勅許状の無効を要求するものである。
皇帝直々の裁可によって下された勅許の無効化など、できるはずがない。よって、勅許状が絡む申請は無条件で「却下」される。もし仮に皇帝の判断が誰の目にも誤りであるといった新事実や新たな行為が認められた場合は、「却下」された文書はそのままで、改めて申請させる。
「処理中」ということは、勅許状を無効化させるような真実が明らかになったか、現カーリルン公が勅許状を無効化させてしまうほどの不祥事を起こしたということだ。だがそんな話は聞いたことがない。地方の小領主の継承問題ならばマーティダもいちいち気に留めていられない。知らないことの方が多いだろう。だが公爵の継承問題ともなれば宮内伯たちの話題に上らないわけがない。
まだ不審な点はある。
勅許状が絡む申請であれば、勅許状の無効化に必要な文書が添付されているべきである。だがそんなものは付いていない。さらに、勅許状が絡む申請の処理を進めるなら皇帝の承認印がなければならない。それも押されていない。つまり誰かが秘密裏にこの申請を「処理中」として受理したのだ。
この欠点だらけの文書をこの後どうやって通すつもりなのか分からないが、カーリルン公位を巡って何かが動いている。
あのカーリルン公ラエウロント三世が一人娘に継承させたいと願い、皇帝がその想いをくんでよしとなされた。それが誰かによって否定されようとしている。
「ムトグラフ卿。この文書は陛下にご覧いただく。ただし、それで何かが変わるわけではない」
「却下されるわけではない、ということでしょうか」




