スソンリエト伯 その2
「実はご当家に監察使が使わされるのはこれが二度目でして、詳しくはこの者から説明させます」と、ディランソルはベルウェンに丸投げした。
「8月の初めにも監察使が近くまで来てたんですがね、山賊に襲撃されたらしく消息不明になっちまった。そこでディランソル卿が改めて任命されたってわけですわ。伯爵は山賊の件はご存じで?」
「領外に山賊が出没するということは聞き及んでいるが、何分領外のことでもあり手出しはしかねる。監察使殿は気の毒なことだ」
「もしかしたら監察使がこちらに逃げ込んできたのではないかと思ったんですが」
「いや、そのような報告は受けておらぬな。お見かけしたら、当家としても全力でお助け致す」
ベルウェンはスソンリエト伯の目を見つめたが、感情が読めない。
「実はね、我々も山賊に襲撃されたんでさ」
「何、それは難儀なことであったな。無事だったようで何よりだ」
「途中まで山賊どもを追い掛けてたんですが、2日前にこの辺りで見失っちまいましてね。まさかとは思うが伯爵の領地に逃げ込んだかもしれねえ。領内を山賊がうろうろしてるとしたら物騒だ」
「なるほど、よくぞ知らせてくれた。山賊が領民に危害を加えぬよう、警戒させよう」
「ご領内に山賊が隠れられそうな場所はありますかい?」
「私も領内をすみずみまで知っているわけではないからな。そんなところがあるやもしれぬ」
「単刀直入に聞きますがね。帝国に疑われる心当たりは?」
「ないな」
「怪しい人間が出入りしているとか」
「何のことか分からぬ」
「山賊は伯爵の家臣では?」
「そんなことはない」
スソンリエト伯は余裕の表情を浮かべてベルウェンを見上げている。何でも聞けと言わんばかりの態度が逆に怪しい。山賊が領内に入ったとベルウェンが言ったときだけ表情が曇ったが、領内の心配をしたと言われたらそれまでだ。
だが、ベルウェンの勘が「この男は怪しい」と警告している。余裕があり過ぎる。これだけ無礼な質問をされているのに、なぜ涼しい顔をしているのか。普通なら不快感を示すものだ。感情を読まれたくなければ、何を言われても一定の調子を維持するしかない。そういう態度だった。
「いろいろ無礼な質問をしちまったが、これも仕事だ。勘弁してくれ。監察使ってのは嫌な役回りですな、ディランソル卿」
「全くだ。今回は憎まれ役をベルウェンに押し付けてしまった。伯爵、帝国から聞けと命じられたことは以上です。型通りの手続きだと思ってご容赦いただきたい。伯爵は全て否定なさったと、しかと報告しておきます」と言って、ディランソルは立ち上がった。
「いや、監察使の立場は心得ている。気にしていない。帝都にはすぐお戻りか? よければ当地に滞在して疲れを落としていって構わないが」
「監察使がいつまでもうろついてたんじゃご当家の名誉にかかわる。さっさと消えますよ」と言って、ベルウェン一行は城を後にした。スソンリエト伯は城門まで出てきてベルウェン一行を見送っていた。
スソンリエト伯やその家臣には絶対声が聞こえないところまで離れたのを確認してから、ディランソルは口を開いた。
「ベルウェン、あの男は嘘をついている」
「分かるのかい」
「ベルウェンの質問を否定するたびに、左手の親指がぴくぴく動いていた。あの男の癖なんだろうな。セレイス卿の行方や山賊が隠れそうな場所については反応がなかった。本当に知らんのだろう」
「そんなところをよく見てたな」
「質問を考えなくてもよかったからな。目の動きや汗、口元、手、肩、膝の動きなどを観察していた」
「ふん、大したもんだ」
ディランソルは、ベルウェンとは別の角度からスソンリエト伯が何かを隠しているという結論に到った。証拠を押さえるには到っていないのでどうすることもできないが、疑う価値はある。
偽監察使として揺さぶりをかけた効果が表れるかもしれない。念のため、スソンリエト城を3日ほど監視することにした。騎兵たちには領外での待機を命じて、ディランソルを含む4人だけ残した。
それにしても、スソンリエト伯も監察使の身柄を押さえていないとは。あの居眠り小僧はどこに消えた? 何かを根本的に見落としているのか?
ディランソルが、そういえばという風情でぽつりとつぶやいた。
「ヴァル・ステルヴルア・ブレロント……か。隣のカーリルン公と同じステルヴルア家なのだな」




