記憶 その2
「ところでその、『公爵』というのは何じゃ。気持ちが悪い」
「公爵だから公爵でしょう。他に呼びようがない」
「前のように『姫』ではいかんのか」
「あなたは立派な公爵ですよ。姫という呼び方はもうふさわしくない」
「ふん……」
公爵と呼ばれるのは何だか楽しくない。よそよそしくてつまらない。ロレルとの間に距離ができてしまったような気がする。それはとても嫌な感じがする。
「そうじゃ。ワシを『リフィ』と呼ぶことを許す。特別じゃぞ」
「リフィ?」
「父上と母上とおばあさまだけの呼び名じゃ。特別じゃぞ」
「その恩着せがましさが面倒くさいなぁ。別に『公爵』でいいですよ」
「何じゃと! ワシが名を呼ぶことを許すと言うとるに。特別じゃというのに。こうなったら意地じゃ。『公爵』と呼ぶことを禁ずる。『リフィ』と呼べ。命令じゃ」
「命令ってのはもっと有意義に使うべきですよ」
「うるさい黙れ。ほれ、呼べ。呼んでみい。命令じゃ、呼べ! 呼べってば!」
「分かりましたよ、リフィ」
「……」
「どうしました?」
「思ったより照れるのう」
アルリフィーアは耳まで赤くなって、ロレルの顔が見られなくなった。なぜだかよく分からない。
ロレルはというと、木を見上げて木漏れ日に目を細めた。9月とはいえ日差しはまだ夏だった。
「あ」
「あ、とは何じゃ」
「思い出した」
「何をじゃ」
「名前とか、何をしようとしてたのかとか」
「はあ? 何じゃそれは。おとぎ話では、ほれ、記憶を取り戻すきっかけみたいのがあるじゃろ。頭をぶつけたとか、高熱が出たとか、美女の口づけとか……」
「美女の口づけ?」
「いや、例えばじゃが」
「……あ、どうしたことだ。また全部忘れてしまった。思い出せない。リフィ、口づけを……」
「たわけ! 誰がするか!」
「やはりダメですか」
「当たり前じゃ、このドたわけが。で、何を思い出した。言うてみい」
アルリフィーアは、興味津々、好奇心むき出しの表情を浮かべてぐいぐいと迫った。翠玉色の瞳がきらきらと輝いて、面白い答えを待っている。
この瞳……どこかで見たような。これだけは思い出せなかった。
「私の名はウィン。ヘルル・セレイス・ウィン、でした」
「ウィン!? 何じゃそれは。ロレルと大差ないではないか!」と言って、アルリフィーアは腹を抱えてウヒャヒャと笑った。笑い過ぎ涙を流している。とても大貴族の令嬢の振る舞いではない。デシャネルはいろいろと失敗したようだ。
「ロレルってのは乗ってた馬の名前です」
「馬と兄弟か。それはよい」と言って、アルリフィーアは笑い続けた。笑い続けて、やっと落ち着いた。
「ヘルル? ヘルルって何じゃ。聞いたことはあるが」
「元平民ってことですよ。今は一応貴族の末端にいますが」
「ほう、あれか。初めて見た。これがヘルル貴族か。ほー」
「いや、外見が違うわけじゃないですし」
アルリフィーアもまた、大貴族であるがゆえにヘルルかヴァルかが気になるほどの次元にいなかった。
「で、あんなところで何をしておった」
「なぜカーリルン公領に紛れ込んだのかは覚えていないのですが、ちょっとした所用でスソンリエト伯領に行く途中でした」と、身分を微妙にごまかした。言いふらすようなことでもない。
アルリフィーアはそれを聞いて、顔を曇らせた。
「スソンリエト伯領、じゃと?」




