公爵の責務 その1
アルリフィーア一同は玄関広間に降り立ち、来訪者を待った。エンテルンが来たときは2階から下りるそぶりすら見せなかったアルリフィーアが、扉の前で向かえる準備をしている。明らかな待遇の違いに、エンテルンはいぶかしんだ。一体、誰が来るというのだ。
現れたのは、カーリルン公の家臣であるニレロティスだった。エンテルンもニレロティスの顔は見知っていた。
「ニレロティス卿、無事で何より。本当に何よりじゃ」と言って、アルリフィーアはほほ笑んだ。
ニレロティスは彼女の前に跪き、復命した。
「大命、完遂致しました」
そう言って、縦横高さ50セルほどの箱を前に差し出した。
一瞬の静寂。
「そ、そうか。本当にご苦労でした。ニレロティス卿、まずはゆるりと休むがよい」
そう言って、アルリフィーアは後ずさった。だがロレルがそれを制した。
「姫、いけません。ご確認を」
ニレロティスとベルロントの顔がこわばる。アルリフィーアは青ざめて立ちすくんでいる。
ニレロティスは立ち上がると、アルリフィーアを守るようにロレルの前に立ち塞がり、ロレルを睨んだ。
「もうよかろう。公爵を煩わせる必要はない」
その間にベルロントがアルリフィーアに退席を促した。エンテルンは何が何だか分からない。
「姫、ニレロティス卿は命を賭して役目を果たしてきました。あなたにはニレロティス卿の武勲を確認し、称える義務がある」
「ロレル卿、もうよいといっている! 公爵にお見せするようなものではない!」
「なぜです? 公爵が女だからですか? やはり女では君主の役目は果たせないということですか? ニレロティス卿もサルダヴィア卿も、公爵を女と思って侮るのか?」
ロレルの痛烈な弾劾に、アルリフィーアもニレロティスもベルロントも言葉を失った。全員、「女には……」という意識があったことを否定できなかった。
「公爵、女だから君主としての務めを果たせないというなら、男にさっさと譲位すべきだ。お父上が苦労して手に入れた勅許を無にして逃げ出せばいい。みんな許してくれますよ。だって、『女なんだから』」
アルリフィーアが凄まじい形相でロレルを睨んだ。怒りと憎しみで頭がおかしくなりそうだった。
だがロレルの言う通りだ。「女であること」を言い訳にして、君主としての責務から逃げようとした。女扱いされたくないと言いつつ、都合良く女でいようとした。そんな自分を激しく恥じた。
これはロレルがくれた機会なのだ。女であることに甘えていた自分を捨てて、カーリルン公の名に恥じない自分になるために。ニレロティスやベルロントが仕えるに値する君主になるために。その証拠に、アルリフィーアの甘えを強く責める言葉とは裏腹に、ロレルの顔も苦痛にゆがんでいた。アルリフィーアを気遣い、アルリフィーアを見守っていた。
なおもアルリフィーアをかばおうとするニレロティスとベルロントを彼女は制して、力強く宣言した。「皆、下がれ! 今から首実検を行う!」




