大公と大公女 その2
そもそも兄の振る舞いは大公として、上級貴族として、ふさわしくない。下々に対しては、親しく声をかけてやるか、そうしたくなければ一切無視すべきなのだ。それが高貴なる身分にふさわしい振る舞いなのである。身分の低い者をいたぶるなど、下賎な者のすることであった。大公とは、そのような低俗な感情を超越した高みにあるべき存在なのである。
ロレンフスは基本的に、大公として非の打ちどころのない振る舞いができる男だった。だが、なぜかこの監察使が視界に入ると「在るべき枠」を踏み越えてしまうきらいがある。ムルラウには、ロレンフスがなぜこの監察使に感情を乱されるのか理解できなかった。
トールティスは、このようなロレンフスを見るのが初めてなのかひどく困惑している。アトラミエは興味がないのか、立ち止まってあさっての方を見ている。
立ち止まっている?
ムルラウはアトラミエを改めて観察した。普段の彼女なら、このような現場に遭遇しても興味を示さず、視界に入れることすらなく立ち去っているだろう。なぜ立ち止まっているのか。何かを待っているのか?
ロレンフスはまだ監察使に向かって何か言っているようだ。これ以上続くようなら止める必要がある。大公の沽券に関わる。
だがロレンフスは気が済んだのか、ウィンの前から離れるとそのまま歩き出した。ムルラウは小さくため息をつくと、ウィンに「災難であったな」と声を掛けてからロレンフスの後に続いた。トールティスは何か言いたげな顔でウィンを一瞥すると、兄たちを追った。
ウィンは大公たちが行ってくれたことに安堵して、ため息をつくと顔を上げた。そして仰天した。
目の前に、アトラミエがすすっと近づいてきたのだ。古代彫刻の傑作のような、完璧な造形。黄金色の髪は艶やかで長く、水色の大きな瞳の周りを、黄金色の長い睫が縁取っている。小さな唇に、桃色の染料を薄く塗っている。染み一つない肌は、ほとんど白粉を乗せていないのに真っ白だった。彼女は常に無表情を貫いており、「氷の美貌」と称されている。