スソンリエト伯
襲撃者たちを追跡していたベルウェンらは、スソンリエト伯領の境界にたどり着いた。
「見たか?」
「やつらは領内に入った。確かに見た」
「見たよな」
ベルウェンらを襲撃した連中は、スソンリエト伯領に確かに入った。だが、今踏み込んでも「不逞の輩が勝手に領内に侵入しただけだ」と反論されるのが落ちだ。
「少し監視するぜ。付き合え」
ここで焦っても何も得られないと判断したベルウェンは、野営の準備を命じた。そして二日間、領外からの監視を続けた。これがベルウェンの周到さだった。
「出てこないな」
「こねぇな」
「ベルウェン、そろそろいんじゃねぇか?」
「そうだな。ここらで一区切り付けるか」
ベルウェンは騎士階級の傭兵を呼んだ。ソド・ディランソル・ウイスンという。
「あんた、騎士だろ。監察使の振りをやってくれ。主に俺がしゃべるから、雇い主として調子を合わせてくれればいい。ソドじゃなくてヴァルって名乗れ」
「分かった」
「話が早えぜ」
ベルウェンでは野卑さがにじみ出て疑念を持たれかねない。ディランソルは見た目も貴族風だし、貴族的な言葉遣いもできる。皇帝の使者として申し分ない。ウィンよりも「それっぽい」。
監察使「ヴァル」・ディランソル・ウイスンと護衛の五〇騎弱がスソンリエト伯領に入ると、早速スソンリエト伯領の警備兵がやってきた。
「私は帝国監察使、ヴァル・ディランソル・ウイスンである。皇帝陛下の命により参上した。スソンリエト伯にお取り次ぎ願いたい」
監察使と聞いた兵は大いに驚き、スソンリエト伯への伝令を走らせるとともに一行を近くの別邸に案内した。伝令がスソンリエト伯の下に着くのは日没頃になるので、今日はこの別邸に宿泊されたし、という。
翌朝、スソンリエト伯の居城であるスソンリエト城に向かうことになった。境界付近の別邸から二〇キメルほどの距離で、日没前に到着した。
ベルウェンはそこで、見覚えのある男を見つけた。遍歴騎士で、ベルウェンの騎兵戦力を担っていたソド・マクマソル・プロイクだ。
「マクマソルじゃねぇか。こんなところで何してやがる」
「ベルウェン! 貴公こそなぜスソンリエトに?」
二年前、仕官先を探すと言って傭兵稼業から足を洗ったマクマソルは、その後スソンリエト伯に召し抱えられて仕官の志を果たしたのだという。ベルウェンは仲間の成功を喜んだが、スソンリエト伯には疑惑がある点が引っ掛かった。
そこへ、スソンリエト伯とその取り巻きがやって来た。
「スソンリエト伯のヴァル・ステルヴルア・ブレロントと申す」
「帝国監察使、ヴァル・ディランソル・ウイスンです」
簡単な挨拶を済ませると、応接室に通された。ベルウェンは従者らしく、ディランソルの背後に立った。
「して、監察使殿が我が領地にどのようなご用件で?」
「実はご当家に監察使が遣わされるのはこれが二度目なのです。詳しくはこの者から説明させます」
ディランソルはベルウェンに丸投げした。
「八月の初めにも監察使が近くまで来てたんですがね、野盗に襲撃されたらしく消息不明になっちまった。そこでディランソル卿が改めて任命されたってわけですわ。伯爵は野盗の件はご存じで?」
「領外に野盗が出没するということは聞き及んでいるが、何分領外のことでもあり手出しはしかねる。監察使殿は気の毒なことだ」
「もしかしたら監察使がこちらに逃げ込んできたのではないかと思ったんですが」
「いや、そのような報告は受けておらぬな。お見かけしたら、当家としても全力でお助け致す」
ベルウェンはスソンリエト伯の目を見つめたが、感情が読めない。
「実はね、我々も野盗に襲撃されたんでさ」
「何、それは難儀なことであったな。無事だったようで何よりだ」
「途中まで野盗どもを追い掛けてたんですが、二日前にこの辺りで見失っちまいましてね。まさかとは思うが伯爵の領地に逃げ込んだかもしれねえ。領内を野盗がうろうろしてるとしたら物騒だ」
「なるほど、よくぞ知らせてくれた。野盗が領民に危害を加えぬよう、警戒させよう」
「ご領内に野盗が隠れられそうな場所はありますかい?」
「私も領内をすみずみまで知っているわけではないからな。そんなところがあるやもしれぬ」
「単刀直入に聞きますがね。帝国に疑われる心当たりは?」
「ないな」
「怪しい人間が出入りしているとか」
「何のことか分からぬ」
「野盗は伯爵の家臣では?」
「そんなことはない」
スソンリエト伯は余裕の表情を浮かべてベルウェンを見上げている。何でも聞けと言わんばかりの態度が逆に怪しい。野盗が領内に入ったとベルウェンが言ったときだけ表情が曇ったが、領内の心配をしたと言われたらそれまでだ。
だが、ベルウェンの勘が「この男は怪しい」と警告している。余裕があり過ぎる。これだけ無礼な質問をされているのに、なぜ涼しい顔をしているのか。普通なら不快感を示すものだ。
感情を読まれたくなければ、何を言われても一定の調子を維持するしかない。そういう態度だった。
「いろいろ無礼な質問をしちまったが、これも仕事だ。勘弁してくれ。監察使ってのは嫌な役回りですな、ディランソル卿」
「全くだ。今回は憎まれ役をベルウェンに押し付けてしまった。伯爵、帝国から聞けと命じられたことは以上です。型通りの手続きだと思ってご容赦いただきたい。伯爵は全て否定なさったと、しかと報告しておきます」
そう言って、ディランソルは立ち上がった。
「いや、監察使の立場は心得ている。気にしていない。帝都にはすぐお戻りか? よければ当地に滞在して疲れを落としていって構わないが」
「監察使がいつまでもうろついてたんじゃご当家の名誉にかかわる。さっさと消えますよ」
ベルウェンは会話を切り上げて城を後にした。スソンリエト伯は城門まで出てきてベルウェン一行を見送っていた。
スソンリエト伯やその家臣には絶対声が聞こえないところまで離れたのを確認してから、ディランソルは口を開いた。
「ベルウェン、あの男は嘘をついている」
「分かるのかい」
「ベルウェンの質問を否定するたびに、左手の親指がぴくぴく動いていた。あの男の癖なんだろうな。セレイス卿の行方や野盗が隠れそうな場所については反応がなかった。本当に知らんのだろう」
「そんなところをよく見てたな」
「質問を考えなくてもよかったからな。目の動きや汗、口元、手、肩、膝の動きなどを観察していた」
「ふん、大したもんだ」
ディランソルは、ベルウェンとは別の角度からスソンリエト伯が何かを隠しているという結論に到った。証拠はないのでどうすることもできないが、疑う価値はある。
偽監察使として揺さぶりをかけた効果が表れるかもしれない。念のため、スソンリエト城を三日ほど監視することにした。騎兵たちには領外での待機を命じて、ディランソルを含む四人だけ残した。
それにしても、スソンリエト伯も監察使の身柄を押さえていないとは。あの居眠り小僧はどこに消えた? 何かを根本的に見落としているのか?
ディランソルが、そういえばという風情でぽつりとつぶやいた。
「ヴァル・ステルヴルア・ブレロント……か。隣のカーリルン公と同じステルヴルア家なのだな」




