出頭命令
カーリルン公領北東部を押さえるカラントム卿ヴァル・ステルヴルア・スウェロントに対して、カーリルン公アルリフィーアの名において出頭命令が下された。
9月1日までにフロンリオンに出頭し、改めてカーリルン公に対して臣下の礼を取ること。出頭しない場合は全領地を没収する。
所領を安堵するための当然の手順だった。スウェロントの居城があるカラントムからフロンリオンまで1日もあれば着く。猶予も十分に与えてある。
スウェロントに出頭命令が届いたのは8月15日だった。出頭期限まで半月ある。
スウェロントはアルリフィーアからの書簡を読み終えると、家臣のエンテルンに投げ渡して「読んでみろ」と顎で示した。
「ほう、これはこれは……」
「あの小娘、私に臣下の礼を取れと言ってきおった」
「目上の親族に対する礼がなっておりませんな。どうなされます。フロンリオンに赴いてご叱責なさいますか」と、エンテルンは笑った。スウェロントも笑った。
「それも面白いがな、相手にするだけで図に乗るやもしれん」
「とはいえ、貴族社会での体裁も大事。その辺りが落としどころですかな」
「委細はエンテルンに任す。小娘に身の程を知らしめてやれ」
「御意」
同じ頃、フロンリオンではアルリフィーアが夜空を眺めていた。
「出頭命令は着いた頃じゃろうか」
土地勘のないロレルには分からない。「さあ」と間の抜けた返事をした。返事と言うより、「聞こえています」という報告のようなものだ。
「そなたの計画、うまくいくと思うか?」
ロレルは「さあ」と間の抜けた返事をした。今度は、「分かりません」という意味だ。
「『さあ』じゃなかろう。失敗したらどうするんじゃ」
「そのときは別の手を考えますよ」
「それでいいのか? もっと真面目に考えよ」
「今考えたって成功率は上がりませんよ。ニレロティス卿次第です」
「ニレロティスはうまくやるじゃろうか」
「さあ」
「『さあ』とは何じゃ。無責任ではないか」
「ニレロティス卿のことなんか知らないんだから分かりませんよ。さっきから何です? 何怒ってるんですか」
「ワシに言いたい放題言ってくれたではないか。思い出すだけでも腹が立つ」
「え? 4日も前のことじゃないですか」
「たったの4日じゃ!」
「ええ!?」
「そんなに驚くことか?」
「びっくりですよ。仰天ですよ。驚愕ですよ。よく4日も怒ってられましたね。大したものだ」
「なっ! その言い種は何じゃ。本当に不愉快なヤツじゃ」
アルリフィーアはそのつるりとした顔を真っ赤にして叫んだ。脳天から火を噴く思いだ。叫んだだけでは気が治まらない。床を踏みならしながらロレルを睨んだ。怒り過ぎて息が切れた。怒るのは結構疲れる。
呼吸を整えているうちに、頭が沸騰するような怒りがすっと引いた。一体何が気に入らなかったのか分からないくらい、すっきりした。
「もうどうでもようなったわ。許してつかわす」と言って、アルリフィーアはほほ笑んだ。和解の証しだ。が、ロレルはきょとんとした顔で「そうですか。それはよかった」と言って地図に目を落とした。
今頃、2000人の公爵軍がスウェロント領の手前に展開しているはずだ。この兵力がうまく機能するかどうか。
公爵軍の動きは、当然スウェロントも察知した。スウェロントに見せつけるためなのだから意識してもらわなければ困る。
「たった2000の兵で恫喝したつもりか」
スウェロントは笑いが止まらない。
「向こうが兵を出したのなら、こちらも応えてやるのが礼というものだろう。全兵力をやつらの前に並べてやれ」
「よろしいので?」
「倍の兵力を見せつけられたら意気消沈して何もできまい」
こうして、公爵軍2000の正面にスウェロント軍4000が展開し、両軍が睨み合う状態になった。
スウェロントは出頭するのか。両軍は戦闘状態に入るのか。カーリルン公領全体がスウェロントの動向を見守った。




