カーリルン公領の憂鬱 その2
「で、姫はどうしたいのです?」
「だから、過大な課税をやめさせ……」
「だから、そのためにどうしたいのですか? 平和的な解決が不可能なことはこの3年間でお分かりのはず。では討伐しますか? 領地の横領は君主権の侵害。公爵として彼らを罰する権利があります」
「じゃが南北を同時に相手にする兵力はない」
「要は覚悟の問題です。親族と和解したいのか。力ずくで従わせたいのか。この問題から目を背けていたら何も変わらない。現実を直視したとき、姫は何をすべきだと思うのですか?」
アルリフィーアは目を見開いてロレルを見つめた。
家臣たちからこのような選択を迫られたことはない。いつも、皆が「よいように」してくれた。「こうした方がよい」と言われたことを承認するだけでよかった。差し出された書類に署名するだけでよかった。
不可能なことは「困難だ」と言われ、そのまま棚上げにしてきた。親族による横領も、解決する努力はしてこなかったに等しい。「困難なこと」だからだ。であれば仕方がないと思っていた。
それらを受け入れることが「よき君主」だと思っていた。
だがロレルは言う。「どうしたいのか」と。
「カーリルン公の家臣に異心はないのでしょう。よかれと思って誠心誠意、姫のために考え、尽くしてきたはずだ。しかし、そこには『子供だから』『女だから』という侮りがないとは言い難い。もちろん、姫がそれでよいと言うなら、それでもよいのです」
アルリフィーアは、初めて君主としての責任を実感して恐怖した。膝が震える。血の気が引いて崩れ落ちそうになった。「このままにする」ことすら、自分の判断なのだということを自覚した。ロレルはどちらの決断でも肯定してくれるだろう。だが、決断しないことは許さないに違いない。
だが決断するのは怖い。間違っていたらどうするのか。誰かを犠牲にすることになったらどうするのか。取り返しが付かなくなってから過ちに気付いたらどうするのか。それは、底が見えない谷底をのぞき込むかのごとき恐怖だった。
アルリフィーアの目に涙がにじんだ。ロレルはそれを見逃さなかった。
「泣いても何も解決しませんよ。泣けば許された時期は過ぎた。あなたは公爵だ。カーリルン公領を統べる君主だ。男だろうが女だろうが、関係ない。公爵としての責任を負わざるを得ない。成功も失敗も、全て受け止めて進むしかない。それができないなら、叔父上にでも譲位すべきだ」
これが、隙あらば居眠りしているロレルなのか。死んだ魚のような目で、冷静にアルリフィーアを追い詰める。平民だか貴族だかも分からないような男に、ここまで言われねばならないのか。
アルリフィーアは無性に腹が立ってきた。はらわたが煮えくり返ってきた。目の前にいる忌々しい男を手討ちにしてやろうかと思った。燭台で赤毛の生えた頭を殴りつけてやりたい。だが、自分が今すべきことはロレルを死体にすることではない。
アルリフィーアは涙をぼろぼろこぼしながらロレルを睨み、宣言した。
「公爵の命に従わぬ不逞領主を討伐し、公領全土に我が君主権を確立する! そこまで言うからには、そなたには献策を命じる!」
ロレルは少し驚いた顔をした後、ふっとほほ笑んで跪いた。
「姫の仰せのままに」




