カーリルン公領の憂鬱 その1
問題なく繁栄しているかに見えたカーリルン公領にも問題はあった。問題山積みだった。
カーリルン公が支配しているのは公領の半分弱に過ぎず、残りはカーリルン公の一族の領地になっていた。しかも、その領地の多くはカーリルン公によって正式に安堵されたものではない。先代公ラエウロント3世の死のどさくさに乗じて横領されたものだ。
アルリフィーアが父の葬儀や襲爵などに追われて有効な手を打てない間に、彼らは横領地の実効支配を強化してしまった。厄介なことに、彼らの領地は公爵領の南北を占めている。南北から挟撃される恐れがあるため、アルリフィーアは動きが取れなくなってしまった。
「やつらはワシが女だから舐めておるのだ。どうせ何もできんと高をくくっておる。ワシが男だったらやつらもここまで堂々と横領などすまい」
人前では常に笑っているアルリフィーアだったが、ロレルと2人になると途端に表情が曇った。
ロレルはいつの間にか客分として統治に参画することになっていた。ニレロティスはもとより、カーリルン公家の宿老を務めるサルダヴィア卿ヴァル・ステルヴルア・ベルロントもこの状況に当然ながら難色を示した。彼はカーリルン公ラエウロント3世の弟であり、アルリフィーアにとっては叔父に当たる。通常、敬称は家名に付けるものなのだが、アルリフィーアと同じステルヴルア家出身の領主が多いため、彼らは領地名で呼ばれている。
叔父たちの不満に対して、アルリフィーアは「ロレルが名のある貴族であったら何とする。邪険に扱ったり追い出したりしてもいいものか。それが当家に禍となったらそちらが責任を取ってくれるのかえ?」と詰め寄ってうやむやにしてしまった。
ロレルは目障りではあるが、言い換えれば目障りなだけだった。記憶を取り戻した後で面倒なことになるくらいなら、今は我慢した方がマシというものだ、ということになった。
カーリルン公領は、カーリルン公ラエウロント3世の父、ラエウロント2世の弟ステンロント(故人)に始まる家系の領主によって侵食されている。
北東部はステンロントの長子カラントム卿スウェロント。
南西部は、スウェロントの弟テルトレイト卿デベルロント。
南部中央はスウェロントの弟であるボロウロントの長男、ザロントム卿トンゾロント。
南東部はトンゾロントの弟、ディチレル卿メンエロント。
この4人は手を結んでいる。アルリフィーアが実力行使に出た場合、南北どちらに行っても背後を取られることになる。これでは迂闊に動けない。
「領地が欲しいと言うならくれてやってもいいのだ。領内に争いを起こして民を苦しめるくらいなら、このままでも構わぬ。だがな、彼らは領地に重税を課して領民を苦しめておる。それが許せんのだ」
ロレルは違和感を覚えた。4人の横領領主たちの、この分かりやすい悪役ぶりは何だ。領民に極端な重税を課しても長くは続かない。領主の封主、つまりカーリルン公に訴え出る者が出てくる。それでも解決しなければ逃散するか反乱を起こすかだ。帝国に直訴するという例もあったが、そこまでする領民は多くない。
既にカーリルン公への訴えは行われている。アルリフィーアが手を打たないとなれば、次の段階に移行することになるだろう。4人の横領領主たちにとっては不都合な事態になる。故に、極端な重税が長く続くことは少ない。領民を追い詰めず、おとなしく税を納めさせた方が得なのだ。
横領領主たちは何をしたいのか。少なくともアルリフィーアを自分たちの君主であるとは認めていないようだ。アルリフィーアからの重税の是正勧告を無視し続けていることでも明らかだった。




