ラゲルス動く
帝都での待機を命じられたとはいえ、ラゲルスはのんびりしているつもりはなかった。
取りあえず、ウィンの状況を「お貴族様」に知らせる必要がある。しかし、監察使の仕事の報告は誰にするのか。
「貴族社会のことは貴族に聞くしかねぇ」
そこでムトグラフに依頼することにしたが、ムトグラフの住居を探すのには難儀した。傭兵仲間や手下にも手伝わせて、やっとのことでムトグラフの家を探し当てたのはベルウェンが帝都を出発した翌日だった。
ムトグラフの家は、みすぼらしかった。平民が住む、ウサギ小屋よりはややましな小屋よりは立派だが、ラゲルスが思い描く貴族の屋敷には程遠かった。
建物は手入れされておらず、ボロボロだ。庭……というか建物の周りに存在しているというだけの平地には雑草がフサフサと生い茂っている。
といっても、ムトグラフ家が取り立てて荒れているというわけではない。この辺りの屋敷は似たようなものだ。零細の騎士階級では、建物の修繕も庭の手入れもままならないのだろう。
建物の入り口を開けて来訪を告げると、ムトグラフ本人が出てきた。
使用人もいないのか、この家は。
応接室、らしき部屋に通された。所々傷んでいるが、掃除は行き届いている。
ムトグラフとラゲルスが着席すると、女性が茶を二人に出してすっと退室した。着ている服は古びていたが清潔感があり、所作には育ちの良さが滲み出ていた。
「今のは……」
「ああ、妻のフィルデイナですよ」
「奥方がいなすったのかい?」
「そんなに意外ですか?」
「いや……まあ意外ですかね」
まあそうかもね、と言ってムトグラフは笑った。
「同じく領地を失った騎士階級の娘でね。先方も困窮気味で、口減らしの面もあって嫁に出したかったのだろう。三年前に縁があって妻に迎えたというわけです。ナルファストの件でセレイス卿に多大な報酬を頂いたので、我が家もフィルデイナの実家も大いに助かりました」
ウィンは大層気前が良かったから、ラゲルスも想像以上に懐が暖まった。
「その旦那の件ですがね。行方不明だ」
「ええ?」
「俺がしくじった。野盗に襲撃されて、旦那一人を逃がしたらどっか行っちまった」
「生死は不明。捕まったのかどうかも分からない、ということですね」
ムトグラフは、ラゲルスの少ない言葉から状況を整理して「何が不明なのか」を理解したらしい。
「ラゲルスのことだから、居そうな場所は探した上での話でしょう。とすると、改めて探したとしても見つかるとは思えませんね。野盗に捕まったか。なら身代金の要求がありそうなものです。野盗にとって、セレイス卿にはそれ以外の利用価値がない」
ムトグラフはさらに思考を進める。
「次の可能性は、野盗ではなかった、ということ。セレイス卿の捕縛に価値があった。いや、セレイス卿ではなく監察使か」
「旦那に価値があるとは思えませんなあ」
ラゲルスは、どさくさに紛れてひどいことを言う。
「もう一つは、捜索対象にしていない、想像もしていないような場所に移動した、とか」
「何だそりゃ」
「知りませんよ。単に可能性を挙げただけです。けど、セレイス卿って突飛なことをやらかすところがあるでしょう」
「で、どこに行ったんで?」
「知りませんよ。その場合、やみくもに探したところで見つかるもんじゃないでしょう」
ラゲルスはむむむと唸った。
「で、今はセレイス卿以外の状況はどうなっているのです?」
「ベルウェンが昨日、騎兵を連れて捜索に出た」
「ベルウェンも戻っていたのですか。では捜索はお任せしとけばいいでしょう」
「で、ムトグラフ卿には皇帝への報告をお願いしてぇ」
「なるほど、理解しました。とはいえ、どなたにお知らせすべきか……」
宮内伯の論理を無視して、皇帝の威を借りて好き勝手に動く(ように見える)ウィンをよく思っていない者は多い。これをウィンの失脚に利用しようとする者もいるだろう。ウィンに多少なりとも恩義を感じているムトグラフとしては、これは避けたい。
ムトグラフは、何かの折りに「マーティダ宮内伯によくしてもらっている」とウィンが口にしたのを思い出した。
「明日は……何かの式典があったな。では明後日、マーティダ宮内伯に報告に行きましょう。ラゲルスも同行してください」




