フロンリオン
フロンリオンはカーリルン公領最大の都市で、その中心にはカーリルン公の宮殿がある。
フロンリオンも多くの都市と同様に周囲を円形の城壁で囲っているが、城壁外にも市域が広がっている。城壁建設後も都市が拡大を続けているという繁栄の表れとみるべきか、拡大した市域を囲う新たな城壁を作る余裕がないだけとみるか、微妙なところだ。
市の東側を、南北に緩やかに流れるオールデン川が貫いている。市の南部にはカデトルン街道の本道が通っている。この川と街道によって、フロンリオンは物流の要衝を担っている。そのため市内は商人たちの往来が多い。
そして、アルリフィーアは大人気だった。若く美しい姫君を見ようと、多くの市民が沿道に殺到して「姫様姫様」と歓声を上げる。彼女が公爵になった今でも、彼らにとっては「我らが姫様」だった。
アルリフィーアは芦毛の馬にまたがり、市民たちに上機嫌で手を振っている。長い髪が風になびくさまも絵になる。公爵なのだから本来ならば6頭立ての馬車に乗るべきなのだが、アルリフィーアは自ら馬を操ることを好んだ。
アルリフィーアの家臣たちは、彼女の前後を固めて沿道に目を光らせている。ニレロティスは、アルリフィーアとロレルの後ろから、特にロレルを睨んでいた。
「どうじゃロレル。ワシは人気者じゃろ!」と、鼻の穴を膨らませてアルリフィーアはフフンと笑った。ものすごく得意げだ。
公位継承から3年。統治はうまくいっているということだろう。だが、それがアルリフィーアの治績によるものなのかどうかは分からない。
「鼻の穴を膨らませると、せっかくの美貌が台無しですよ」
「む! またクセが出てしまったか。デシャネルに叱られる」
困ったクセがあるものだ。
「それにしても、市民たちもご家臣も、私のことを誤解してませんかね」
公爵と馬を並べて歩くなど、家臣には許されない。諸侯並みの待遇である。ロレルが着ていた服が貴族のもので、乗っていた馬と馬具が極めて上等であることからそれなりの身分であると見なされているのだ。ロレルを快く思っていないニレロティスでさえ、ロレルを排除できないでいる。
「好都合ではないか」と、アルリフィーアは横目でロレルを見ながら、ニヤッと笑った。
「勝手に勘違いさせておくがよい。ロレルは自分について『覚えてない』としか言っておらんではないか。嘘はついておらぬ」と言いながら、アルリフィーアは沿道の左右に手を振った。
「そなたが大した身分でないことなど見れば分かる。分からぬぼんくらなど放っておけ」
「分かりますか」
「分かるわ! 貴族の男子がそんなへっぴり腰で馬に乗るか。子供の頃から乗馬を嗜んでいたとはとても思えぬ。乗れておるのはその馬が賢いからじゃ。よく調教された、惚れ惚れするほど良い馬じゃ。でも盗んだ馬ではないな。そなたによう懐いておる。今もへっぴり腰のそなたを落とさぬように、なるべく揺らさぬように、注意深く歩いておるではないか。そなたを主人と認めている証拠じゃ」
なるほどそういうものか。しかし、この馬は一体どこで手に入れたのだろう。昨日今日のことではないような気がするのだが。
考え込んでしまったロレルを見て、アルリフィーアはクスリと笑った。
「そなたが平民だろうが奴隷だろうが、どうでもよいわ。貴族社会にも妙に詳しいし、ワシが考えたこともない発想を持っておる。記憶を取り戻すまで面倒みてやると言ったじゃろ。その代わりにそなたの知識でワシを助けよ」
「見たところ、街は繁栄しているし市民は公爵に好意的だ。お助けするようなことがあるようには見えませんが?」
「フロンリオンは、な。だが領内全てがこうというわけではない。家臣たちはようやってくれているが、現状を打開する策は持っておらぬ。新しい策が必要なのじゃ。全てを解決する魔法がロレルに使えるとは思っておらん。じゃが何かが変わるきっかけになるやもしれぬ」
「既に過大評価というものですなぁ」
「助けてやった対価は高いぞ!」と言って、アルリフィーアは笑った。とても楽しそうに。




