アルリフィーア その4
アルリフィーアは、食事を終えるとロレルを散歩に誘った。まだ話し足りないらしい。
「ふむ、頬の腫れは引いたようじゃな。なかなか悪くない顔立ちではないか」
「恐れ入ります」
「が、目がいかんな。覇気がない。まるで死んだ魚のような目じゃ」
覇気がないとかやる気が感じられないとかよく言われるが、「死んだ魚のような目」と言われたのは初めてだ。いや、「よく言われる」って何だ? 「死んだ魚」はなぜ初めてだと思った? まて、それは最近誰かにも言われたような。
絶句しているロレルを見て、アルリフィーアはフフンと笑った。楽しそうだ。
だが、急に暗い顔になった。
「父上は、ワシに公位を継がせるために随分と無理をしたらしい。公爵の身でありながらさまざまなところで頭を下げ、やっとの思いで勅許状を得た。その心労で寿命を縮められたように見える。それも全てワシが女だったからじゃ」
突然の心境の吐露に、ロレルはいささか驚いた。が、理由は何となく分かる。別にロレルに心を開いたわけではない。その逆だ。
「ワシが女なんぞに生まれたばかりに、父上に苦労をかけてしまった。ワシは親不孝者じゃ」
これまで、アルリフィーアの周りにはカーリルン公の家臣しかいなかった。今アルリフィーアが語っていることは、カーリルン公の家臣には聞かせられない内容だ。少なくとも、アルリフィーアは聞かせるべきではないと判断していた。
だがロレルは違う。犬や馬に語りかけるようなものだ。何なら地面に掘った穴でもいい。いずれ縁が切れる、無関係な第三者だからこそ言えることもある。ロレルは「取るに足りない」存在であるがゆえに、地面に掘った穴の代わりができるというわけだ。
「こういうときは、『あなたに責任はない』とか言うものではないのか?」と言って、アルリフィーアはロレルを睨んだ。
「ああ、なるほど。あなたに責任はありませんよ」
「全然感情がこもっておらん! やり直し!」と言ってアルリフィーアは笑った。恐らく父の生前からため込んでいたであろう鬱積を吐き出したためか、すっきりしたようだ。
そのとき、背後から「お探し致しましたぞ」という若い男の声がした。2人が振り返ると、平服に大剣を下げた青年が近づいてきた。20歳を少し過ぎたくらいの貴公子だ。よく櫛を通した茶色の長髪を首の後ろで一つにまとめている。髭ははやしていない。もともと髭が薄い体質なのか、剃っているという感じではない。
「ああ、ニレロティス卿か。いかがした」
「護衛も連れず、1人でうろうろされては困ります」
「1人ではないぞ。ほれ、このロレルも一緒である」
「我々をまいて館から姿をくらまして、挙げ句の果てに妙な男を拾ってくる。カーリルン公としてあるまじきお振る舞いですぞ」
「いいから下がれ。ニレロティス卿には『聞かせられぬ話』をしておるでな」
アルリフィーアにこう言われ、ニレロティスはロレルをひと睨みして去っていった。少し離れたところから監視するのだろう。
「女だから、皆ワシを侮っておるのじゃ。ワシが男なら、誰と一緒だろうと口出しせんじゃろうに」
「いやぁ、ニレロ……ティス卿? のお気持ちは分かりますが。妙な男という自覚くらいはあります」
アルリフィーアが男だろうが女だろうが、ニレロティスの指摘は妥当だ。彼の役目がカーリルン公の護衛であれば、当然の振る舞いだ。アルリフィーアもそれは分かっているが煩わしくも感じており、ちょうど拾ったロレルというおもちゃを使って反抗してみた、というところか。
「ロレルが妙な男じゃということくらいワシでも知っとる」と言って、アルリフィーアはロレルに背を向けて空を見上げた。
「ロレルよ。ワシは明日フロンリオンに帰る。お主も来い」
「姫の仰せのままに」




