アルリフィーア その3
「食事の件ですが、姫ではこの量は食べ切れないでしょう。残りはどうしているのです? 廃棄しているなら無駄ですが、残りを家臣が頂いているということであれば安易に節約すべきではありません。公爵家としては質素に見えますが、それでも十分豪華です。それが家臣にとっての励みになっているのかもしれません」
アルリフィーアは両目と口で3つの丸を作ってウィン改めロレルを見つめた。それを見たデシャネルがアルリフィーアに「お口を閉じなされ、はしたない」とたしなめる。
「ロレルの言う通りじゃ。『子供のころからそうだった』として食事の量や質の意味を考えたこともなかった。ワシは何も考えておらなんだ」
アルリフィーアは、両目をぎゅっと閉じて、自分のおでこを右手でペシペシたたいた。表情が豊かな姫である。
「父上は常々、平民を思って贅沢を慎むべし、侮りを受けぬように必要なカネは使うべし、我らがカネを使うことで潤う民もいる、ともおっしゃっていた。じゃがワシにはその塩梅がよう分からぬ。ロレルよ、貴殿の知見をもっと分け与えてほしい」
「どこの馬の骨とも分からぬ私などより、お父上に教えを請うべきでしょう。お父上はものの道理を心得たお方のご様子。姫をきっと導いてくれるでしょうに」
「父上は3年前に身罷られた。もはや教えを請うことは叶わぬ」
「そ、そうでしたか。ではカーリルン公は兄君が?」
「ワシに兄などおらぬ」
「え」
「父上の子はワシだけじゃ」
「それではカーリルン公位は……」
「ワシがカーリルン公じゃ」
「え?」
「ワシがカーリルン公じゃ」
「昨日はカーリルン公の息女と……」
「いかにも。先代カーリルン公ラエウロント3世の長女じゃ!」
カーリルン公アルリフィーアは、鼻の穴を広げて、どうだと言わんばかりに胸を反らした。話の流れ的に、ちょっと得意な気分になったらしい。
「姫様というのは」
「ワシが生まれたときからデシャネルはそう呼んでおった。ワシもそう呼ばれる方が慣れておる。ロレルも変える必要はないぞ。『カーリルン公』などと呼ばれると、尻がむずむずするわい」
「姫様、淑女が尻などと口にするものではありません」
「また叱られた……」
アルリフィーアが口を尖らせてしょんぼりするのを見て、ロレルは失笑した。見ていて飽きない姫様である。
まさかアルリフィーア自身が公爵だったとは。
女性の襲爵は前例がないわけではないが、皇帝の勅許状が必要だったはずだ。しかも勅許状を得るには高額の対価を要求される。先代公は苦労したことだろう。
自分のことは思い出せないのにこのような知識は覚えているのだから、頭の仕組みというものは分からない。




