アルリフィーア その2
アルリフィーアは、額と頬の手当を受けているウィンを興味深げに眺めていた。記憶喪失の男の正体を探るのが面白くて仕方がないらしい。腰まで届く水色の髪がさらさらとしている。基本笑顔で、口角が常に上がっている。
「見たところそなたの服は貴族のものじゃな。馬も馬具も大層立派なものであったし、平民というわけではなさそうじゃ。その割に平民のような話し方をする。奇妙な男じゃのう」
大きな目をクルクル動かしながら、彼女は楽しそうにしゃべる。
「馬の様子から見て、東の方から来たようじゃ。カデトルン街道を西に進んでいるうちに、カーリルン公の別邸への脇道に入り込んだというところか。街道名に聞き覚えはないか?」
カデトルン街道……。
「聞いたことがあるような、ないような」
「はっきりせん男じゃな」
アルリフィーアは水色の眉毛をぎゅっと寄せて眉間に皺を作った。睨まれてしまった。
「まあよい。食事を用意させるゆえ、たんと食べてゆっくり休むがよい。後でまた話そうぞ」
そう言って、アルリフィーアは家臣たちと共に部屋を出て行った。途端に部屋が静寂に包まれた。静かにはなったが、同時に暗くなったように感じた。もちろん、窓から入る陽光に変化はない。
食事はすぐに運ばれてきた。ひどく空腹だったこともあり、とても美味だった。満腹になると、眠気が襲ってきた。寝台に横になると、あっという間に寝入ってしまった。そういえば、寝ることだけは得意だった気がする。
ウィンが目を覚ますと、既に朝だった。
部屋に用意されていた水瓶から水を汲み、タライで顔を洗って口をすすいでいると使いの者がやって来た。彼について行くと食堂に案内された。陽光のような笑顔でアルリフィーアが手を振っている。
「朝食を共にしようぞ」
食卓には、公爵家としては質素な食事が用意されていた。
「貧相で驚いたか? 父上の教えでな、食事は豪華過ぎてはならぬと」
「貧相ということはありません。私にはこれでも豪華過ぎるくらいですよ」
「何と左様か。では今後はもっと質素にしよう。ワシには塩梅が分からぬゆえ、ぜひ意見を聞かせてくれ」
ウィンの指摘で新たな視点を得た、という感じでアルリフィーアは目を輝かせた。
「どうじゃ、何か思い出したか」
「『ロレル』という名を思い出しました」
「ロレル? 次男なのか? お主のご両親はずいぶんと平民的な命名をなさる方じゃの」
「私の名なのですかね? 自信はないのですが」
「名がないのでは不便じゃ。お主が自分の名をしかと思い出すまで、ロレルということに致そう。それがよい」
ロレルになった。
確かに不便だからそれでもいいか。恐らく大差はない。




