アルリフィーア その1
何が何だか分からない。ここはどこだ。この女性……少女か? 彼女は誰だ。
自分は……誰だ?
今分かることといえば、頭と頬がひどく痛むということだけだ。
「お主、名はなんという。どこから来た? ここで何をしておる」
15、16歳くらいだろうか。彼女は、興味津々、好奇心むき出しの表情を浮かべてぐいぐいと迫ってくる。翠玉色の瞳がきらきらと輝いて、面白い答えを待っている。
この瞳……どこかで見たような。
「その、それが……自分が誰で、なぜここにいるのかさっぱり分からんのです」
「自分が誰だか分からない!? ほう! それは物語によく出てくる『記憶喪失』というやつじゃな! 本当に覚えておらんのか?」
改めて状況を整理してみようとする。自分が誰で、何をしていたのか。知っていることは何か。ぼやっとした景色や顔が判別できない人物などが思い浮かぶが、具体的な名称がどうしても出てこない。
「今のところ……何も」
「ほうほう! 記憶喪失って本当にあるのじゃなぁ。まあよい。これも何かの縁じゃ。思い出すまで面倒をみてつかわす。感謝するがよい」
「ところであなたは……」
「ワシか? ワシはそなたの命の恩人じゃ!」
「いや、そういうことではなく……」
そこに年配の女性が近づいてきた。
「あの、姫様……」
「何じゃ」
「姫様はその者の両頬を打ち据えていただけで、助けたと言うより激しく折檻していたようにしか……」
「折檻とは何じゃ。気付けじゃ。ほれ、こうして目を覚ましたではないか」
「とどめを刺しているのかと思いましたよ」
「人聞きが悪い! おや、額にもずいぶん大きなコブがあるようじゃ。館で手当てしてやろう。そのコブはワシのせいではなかろう? そうじゃろう? な? 違うよな?」
確かに、額に触るとコブができている。いつできたものか判断できなかったが、「この女性のせいではない」と明言しないと面倒なことになる気がした。
「やられたのは頬だけですねぇ。コブは違うと思います」
「根に持つヤツじゃな。まあよい。馬に乗れるか? では付いてくるがよい。デシャネル、帰るぞ」
デシャネルというのは、年配の女性の名前らしい。
こうして、ウィンは翠玉色の瞳の少女に連れられて館の客になった。
「ところで、ここはどこでしょう」
「ここはカーリルン公領じゃ」
「するとあなたはカーリルン公のご息女とか?」
「まあ、そんなところじゃな。ヴァル・ステルヴルア・アルリフィーアじゃ。デシャネルはワシのことを『姫』と呼ぶ。そなたもそう呼ぶがよい」




