ベルウェン
ベルウェンが帝都を出たのは八月二〇日だった。
ベルウェンは生来面倒見がいい。ぶっきらぼうで無口、おまけに強面だが、関わった人間をあれこれと助けてきた。別段偉くなろうとも恩を売ろうとも思っていなかったが、結果として彼を慕う者が集まってきた。そうこうしているうちに、傭兵隊長として名が売れた。
そして、今はウィンの世話を焼こうとしている。配下のラゲルスが護衛を完遂しなかった尻拭いだと自分では思っているが、思い込んでいるが、単に放っておけなかっただけだ。それを認めるのは癪だから、護衛任務の延長だと自分に言い聞かせている。
ウィンはどうなったのか。考えられるのは三つ。
ウィンがどこかで野垂れ死にしたのなら、それらしい死体が転がっているはずだ。ウィンが行方不明になってからまだ半月もたっていない。土に還るほどの時間ではない。
次が、負傷してどこかに転がり込んでいるという可能性だ。あの監察使はうっかり屋のぼんやり野郎だが、変に要領がいい面もある。平らなところで勝手に転んでくたばりそうな半面、危機をなぜか回避するしたたかさと悪運もある。そして、関わった者は不思議とあの男を助けてしまうのである。人の神経を逆撫でするような余計なことを言う割に、妙に憎めない。
ラゲルスは宿屋をしらみつぶしに探したようだが、まだ甘い。民家に保護されている可能性もある。「善意で」街道から離れたところに連れていかれたということも考えられる。こうなるとお手上げだ。目撃者を捜すしかない。
最後は、襲撃者たちに連行されたというものだ。最も厄介だが、最も可能性がある。ウィンが見つからないことの説明がつくからだ。
ただの野盗がそんなことをするわけがない。何らかの意図を持った「襲撃者」だ。ベルウェンは、この事件が本当に野盗によるものなのか、疑い始めている。ウィン一行を監察使と知って、罠にはめたのではないか。
ウィン一行の中で金目のものといえばウィンの馬くらいしかない。あれは確かにカネになるが、そのために完全武装の傭兵三〇人を襲う野盗なんぞいる訳がない。
神出鬼没の襲撃者に出会うにはどうすればよいのか。また襲っていただくのが最も確実だ。
ウィンたちはなぜ襲われたのか。監察使だからだ。監察使に来られては困るやつがいる。誰か。スソンリエト伯だ。
もちろん確証も証拠もない。だから調べる。監察使に来られては困るのなら、また監察使が来たことにするまでだ。
ベルウェンは、「監察使による再調査である」と喧伝しながら南下した。宿場町に着くたびに監察使の一行であると名乗って酒場で派手に騒いだ。
ウィンが襲撃された地点まで、二三〇キメルほど。ウィンの一行のほとんどは歩兵だったので、一日に進んだのは三〇キメル程度。その都度野営なり宿場町に投宿するなりして八日かかった。
ベルウェンは今回、騎兵だけで構成したので一日に五〇~六〇キメルの速度で進める。とはいえ、宿場町や迷い込みそうな脇道、街道沿いの店や民家をいちいち調べたので大して進めなかった。
手掛かりは全くなかった。歩兵を連れて南下する姿を見た者はそれなりにいたが、北上するウィンを目撃した人間は見つからなかった。
ウィン本人は大して目立たないが、やつが乗っている馬は大層目立つ。あの馬が付けている馬具の豪華さは大諸侯級だ。皇帝宮殿の備品なのだから当然である。あの馬具を付けた馬を見たら、必ず印象に残る。見覚えがないということは、本当に見ていないのだ。
結局、徒歩と大差のない速度で南下して、二五日に宿場町ソウンに着いた。
ウィンたちが投宿したのは「親孝行亭」とかいう宿だ。宿の主人も女将もウィンのことは覚えていたが、往路のことだった。
「酒場で何か騒ぎを起こしたそうじゃねぇか」
ベルウェンが聞くと、女将がああ、という顔をした。
「そうそう、みんな立ち上がって、何だか騒いでたねぇ」
「何があった?」
「それが……そう、何だろう。よく覚えてないんだよ。黙らせるために麦酒をあてがったのは覚えてるんだけど」
「覚えてねぇってのは何だよ。半月もたってねぇだろ」
「そう……なんだけどね。何か大事なことを忘れてるような気もするんだけど」
女将はしきりに首をひねっている。これはダメだ。
鎌を掛けてみたりしたが、ウィンたちに声を掛けたというジジイのことは知らないようだった。本当に客として紛れ込んでいただけらしい。
ソウンでも手掛かりは得られなかった。死体も目撃者も見つからなかった。可能性の二つは潰せたと言っていい。
残るは、監察使だから襲撃されたという可能性だ。ことさら目立つようにダルテマイア街道を南下し、ラゲルスが退却時に付けておいた目印を頼りにくだんの脇道に入った。しばらく進むと、傭兵たちの死体が転がっていた。夏なので傷みがかなり進んでおり、一帯は異臭に満ちていた。
「八人、か……」
奇襲を受け、ウィンが逃げる時間を稼ぎつつの撤退戦で、やられたのは八人。「上出来じゃねぇか」とベルウェンはつぶやいた。ベルウェンは馬から下りると、傭兵たちの死体を調べた。
矢で倒されたのが四人。槍と思われる傷を受けたものが四人。傷はいずれも体の正面。背中傷はない。逃げずに踏みとどまったのだ。
死体が持っていた槍にも血が付いている。地面にも血痕が残っている。かなりの出血量だ。敵を倒したのか、少なくとも深手を負わせている。
敵の死体が残っていないということは、回収していったのだろう。証拠を残したくなかったのか。野盗ならそんなことはしない。
こんなこともあろうかと想定して持ってきた道具を馬から外して、死体を埋めるための穴を掘り始めた。半数の一五騎を周囲の警戒に当たらせ、残りの一五人に穴掘りを手伝わせる。騎士身分の者もいたが、文句も言わずに手伝った。
この男も、死体に背中傷がないのを見て「お見事」とつぶやいた。
埋葬が終わるころには夜になったので、少し離れたところで野営することにした。襲撃に備えつつ、適度に隙を残しておく。この加減が難しい。
夜明け直前、草を踏むわずかな音でベルウェンは目を覚ました。周りの連中を、爪先で小突いたり小石をぶつけたりして起こす。空が白み始めたとはいえ暗過ぎる。皆殺しにするつもりなら、矢は使わないと踏んだ。
案の定、槍を持って距離を詰めてくる。後は我慢比べだ。あと五歩、四歩、三歩……。
「食らいやがれ」
相手が槍を振りかぶった瞬間に、ベルウェンの槍が相手の喉に突き刺さった。それを合図に、傭兵たちも反撃に転じた。転がりながら剣を抜いて襲撃者の足をなぎ払う者、跳ね起きて短剣を相手の胸に突き立てる者など、それぞれの得物と間合いに応じて相手を倒し、態勢を整える。
二、三人殺られたようだが、相手の方がはるかに損害を出している。上出来だ。
とはいえまだ相手の方が数が多い。軽装だが装備はいい。やはり野盗ではない。貴族に仕える封建軍だ。
数では負けているが、装備の点では有利だった。ベルウェンたちは襲撃に備えて鎖帷子や甲冑を着たまま寝ていた。対して襲撃者たちは、音が発生するのを嫌ったのか、甲冑を着ていない。この差は大きい。甲冑は攻撃を防ぐという物理的な機能に加えて、「多少の攻撃は防げる」という心理的な効果もある。甲冑が攻撃の大部分を防いでくれるので、相手の攻撃を無視して攻撃できる。こんな狭い場所での乱戦では、兜や甲冑ごと骨をたたき割る長槍や大剣は使えない。肉を切り裂く系の武器であれば甲冑で防げる。
「そろそろだな」
ベルウェンが北の方を見やると、騎兵の一団が突入してきた。日中、ベルウェンたちが活動している間、ソウンで休ませておいた二〇騎だ。彼らを少し離れた場所で待機させておいたのである。
こんな狭い場所では騎兵突撃などできないが、騎兵の援軍の出現自体に意味がある。相手の戦意を挫くことができれば十分だ。
襲撃者たちは逃げ始めた。
ベルウェンは馬に飛び乗ると、麾下の傭兵に追撃を命じた。
「やつらを追うぞ。何人か刈り取ってもいいが全滅させるなよ!」
さて、やつらはどこに逃げ込むのかな?




