ミーフェリアナ その2
「死んだ魚みたいな目」とはまたひどい言われようである。ウィン一行は何が何だか分からない。ラゲルスは麦酒を飲んだ。
「あなた、これからどこに行くの? カーリルン公領?」
「え? カーリルン公領? 違うけど、内緒」
「大事なことなの! 答えて!」
少女はウィンの赤毛をつかんでぐいぐい振り回した。あまりの蛮行を前に、荒くれ傭兵たちもなすすべがない。少女のけんまくに全員圧倒されてしまった。仕方がないので、ラゲルスは麦酒を飲んだ。
「痛い痛い痛い。言うよ、離してくれ。スソンリエト伯領だってば」
「スソンリエト伯領? カデトルン街道の南の?」
「そう、そこ」
「カーリルン公領に行く予定は?」
「カーリルン公領に用はないけど。さっきから何?」
少女はウィンの顔を今度は睨み始めた。
「君、誰? 私のことを知っているの? どこかで会ったかな?」
少女はウィンの問い掛けに、しばらく考えてから答えた。
「私はミーフェリアナ。あなたと会ったことはない。会うはずもなかった」
「ミーフェリアナ……貴族みたいないい名前だねぇ」
「おばあさまに付けていただいたの。素敵な名前でしょう?」
名前の話題になってミーフェリアナの表情が柔らかくなったが、話がそれたと思ったのか改めて真面目な顔になった。
「スソンリエト伯領に行くのなら、せいぜい気を付けることね」
そう言うと、ミーフェリアナは去っていった。ウィン一同はぼうぜんと立ち尽くしていた。
「アデンもラゲルスも何で助けてくれないのさ」
「いえ……女性は苦手でして……」
「女はおっかねぇからなぁ。旦那もおイタはほどほどにしとけよ」
「だから知らないってば。一体何だったんだ」
そこに宿の女将がやって来た。
「あんたら、ウチのミーフェリアナに何かしたのかい? ちょっかい出すんじゃないよ」
「何かされたのはこっちだ」というウィンの抗議を完全に無視した女将は、「はいはい、騒がない。他の客の迷惑だよ。これでも飲んで落ち着きな」と言って麦酒の樽をどかっと置いて去って行った。ラゲルスは麦酒を飲んだ。まだ飲めるのか。
だが悪いことばかりではなかった。「スソンリエト伯領に行く」という言葉を聞き付けた老人が案内を買って出てきたのだ。元々案内役を雇うつもりだったので渡りに船だった。「じゃあ明朝、頼むぜ」と言って老人にも麦酒を勧めて、ラゲルスは麦酒を飲んだ。
翌朝、ウィン一行はスソンリエト伯領に向かって出発した。
ミーフェリアナもウィン一行の後を追って宿を出ようとしたところで、女将に呼び止められた。
「ミーフェリアナ、行くのかい?」
「やらなければいけないことがあるの」
女将はなぜか、ミーフェリアナはもう戻ってこないような気がした。
「そうかい……達者でね」
そして、ミーフェリアナは二度と戻ってこなかった。




