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居眠り卿と木漏れ日の姫  作者: 中里勇史
新たな任務

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ダゼゾボ その1

 帝都の貧民街に、ごくありふれたぼろ屋があった。ある男が、その家の窓に紙くずを投げ入れて足早に去って行った。貧民街に漂うよどんだ空気をさも厭わしそうに。


 「ダゼゾボ、紙くずが降ってきたぞ」と言って紙くずを拾った少年は、貧民街には似つかわしくない顔立ちをしていた。だが薄汚れていて、栗色の癖っ毛もぺったりしている。長らく洗っていないらしい。

 ダゼゾボと呼ばれた男は、少年から紙くずを受け取ると平らに広げた。そこには文字が書いてあった。ダゼゾボは文字を辛うじて知っていたが、文を読むのにはいつも苦労していた。難しい単語は分からない。だが、この紙に書かれていた文は難しくなかった。


 「ナルファストの子を殺せ」


 それだけだったからだ。


 ダゼゾボは考え込んだ。命令を実行するのは簡単だ。首に腕を回して少し力を入れるだけで、目の前に居る小さい命の火は消える。刃物を使うと部屋が汚れるから、窒息死させるのがいいだろう。頸椎をへし折るのでもいい。血を見るのは平気だが、後片付けが面倒だ。面倒だからといって放っておくと臭くなる。臭いのは嫌だ。

 さっさと済ませよう。

 だが、ダゼゾボは伸ばしかけた手を止めた。昔のことを思い出したからだ。そのときも、命令に従って対象を始末した。一瞬で終わる簡単な作業だ。ただの作業だ。

 問題はその後だった。「やはり殺すな。連れてこい」と言われた。しかし既に殺してしまった。すると殺したことを責められなじられ、激しい拷問を受けた。殴られようが蹴られようが、殺してしまったものはどうにもならぬ。命とはそういうものだ。「だからかけがえのないものだ」などと考えたことはない。死んでいるか、生きているか。殺したら生き返らない。それだけの「モノ」だ。

 今回はどうか。殺した後で文句を言われるのは詰まらぬ。リルフェットの命などどうでもいいが、殴られるのは嫌だった。

 ダゼゾボにしては長考した後、「様子を見る」ことにした。いつでも殺せる。ならば本当に殺す必要があると分かったときで十分間に合う。ならばまだ生かしておいた方が得ではないか。学のない自分にしては名案のような気がしてきた。


 ダゼゾボは貧民街で生まれた。親の顔は知らない。誰なのかも知らない。母親がなぜ妊娠して、なぜ生んだのかも知らない。物心がつくまでの間、誰が育てたのかも知らない。貧民街で餓えて半死半生だったというのが最古の記憶だ。それ以前のダゼゾボを知っている者がいるのかどうかすら知らない。

 その後どうしたのかも覚えていない。次の記憶は、生きるのに必要なものを盗んだり殺したりして手に入れている自分の姿だった。誰に教わったというわけではないが、相手の懐に飛び込んで短剣で喉を切り裂くという殺し方を身に付けた。ダゼゾボの貧相な体では長剣は使えなかった。

 人はよく、「傭兵は人間のくずの成れの果て」などと言う。傭兵自身もそう言っていた。だがダゼゾボに言わせれば、傭兵が務まる分だけ傭兵どもは上等な人間だ。ダゼゾボは傭兵すら務まらなかった。

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