完結 殿下、婚姻前から愛人ですか?
〈前書き〉
国王の命により、公爵令嬢ルナ・オズボーンは当時の王太子オリバー・ジョンソンとの婚姻を結んだ。
しかし、オリバーには既に公妾(愛人)として認められていたテーラー夫人がいた。
此のマイヤー王国は、キリスト教の戒律が厳しく、一夫一婦制とされていたが、その一方で公妾の存在は認められていた。
しかし公妾の条件として未婚の女性は認められておらず、既婚の女性が対象となっていた。
その為、オリバーは将来自分が国王になった時には、大臣という地位を与える見返りとして、テーラー伯爵にメアリーとの婚姻を結ばせ、その後自らの公妾とした。
公妾にもし、子供が出来ても世継ぎ争いの火種とならぬよう、テーラー伯爵の子として扱われる。
正妃の子供以外は世継ぎとして認められていなかった。
それから二年後、国王は王妃を流行病で亡くし、王妃を心から愛していた国王は憔悴の日々の後、王妃の後を追うようにして、病によって崩御された。
そしてその後オリバーが国王の地位に就いた。
その時オリバーは二十八歳、ルナとの婚姻から三年近い月日が流れていた。
そしてその時、二十三歳になっていた公妾メアリーは、二十歳で王妃となったルナを激しく憎んでいた。
嫉妬深いメアリーは、オリバーにルナとは閨を共にしないよう、婚姻当初から約束をさせていた。
そして自分の私室をオリバーの寝室の隣りに移させ、ルナのことは遠ざけていた。
元々は男爵令嬢であったメアリーとオリバーが出会ったのは、オリバーが狩りに出かけた際、メアリーの領地で落馬し、大怪我を負った時だった。
メアリー自らが介抱したことがきっかけで二人は知り合ったのだが、その当時のメアリーには常に男の噂が絶えなかった。
貴族は勿論、裕福な商人までもが噂に上っていた。
しかしそんなこととは知らないオリバーは、一目でメアリーの虜となったのだが、当時の国王であった父は二人の婚姻を認めなかった。
何故なら国王の中では既にアンダーソン公爵の娘ルナを王太子妃にと決めていたからだ。
ルナは王立学院において、常にスペンサー公爵家の嫡男デイビスと首席の座を争うほど優秀な才女であった。
この国を安定させたまま守りぬくためには、愚息である王太子には必要不可欠な存在だと考えていたからだった。
〈本編〉
アンダーソン公爵は娘に
「ルナ、幾ら王命だからといって何も初めから公妾がいるような男のところになど嫁ぐ必要はない。なんなら家族皆で隣国へ行ってもいいのだぞ」
と父はかなり怒ったご様子。
それに対しルナは
「お父様のお気持ちは嬉しいのですが、もし私達がいなくなってしまったら領民達はどうなってしまうのです? それに弟のアレクの将来だって、どうなさるおつもりですか? それでは永年この領地を守ってこられた御先祖様に、申し訳が立ちません」
と毅然と言った。そう言われてしまうと父は黙るしかなかった。
そしてルナは
「お父様、私なら大丈夫です。初めから殿下に期待などしていませんから、それに公妾だなんて上等じゃないですか、私は私でやりたい事をやらせて頂きますからどうぞご心配なく」
と言うと
「デイビスくんのことは良いのか?」
と痛いところを突いてきた。
確かにデイビス様のことはお慕いしていますが、王命とあれば誰にもどうすることもできないのです。
「デイビス様との間にはまだ正式なお話しがある訳ではありませんので」
と言うしかありませんでした。
ルナは
「それに私には、やりたい事、やらなくてはいけない事があるのです。
だから黙って見守っていてください。
もし本当に無理な時には、お父様に弱音を吐きに参りますから」
と伝えました。この時ルナはある決意をしていた。
それは父には内緒で、陛下にお目通りを願い出た際に約束をして頂いたある件のこと。
私が嫁ぐ際に公爵家が用意する持参金と、その他に陛下に出して頂きたいと願いでた資金を全て、私の私財として扱って欲しいとお願いをしていた。
そして詳しい内容については、全て陛下にお話をし、それを聞き終えると
「この件は王妃にも伝えよう、きっとナタリーなら其方の助けになるだろう。あやつも同じ様なことを考えておったからな」
と仰って下さいました。私は必ずやり遂げてみせると心に誓った。
私とデイビス様は同じ学院に通い、同じ先生に師事していました。
その先生からは、本当に多くの事を学ばせていただきました。
例えば政治のこと、税、戦争、そして貧富の差など、その他にも沢山の事を教えて頂きました。
そして先生は、私とデイビス様に
「公爵家に生まれた君達だからこそ、出来る事があるんじゃないのか? 私はその時の為に、今知っておいて欲しい事を伝えているだけだよ」
と仰いました。そして在学中、世の中の多くの事を教えていただき、その時に学んだ事を役立てる為、私とデイビス様は同じ目標に向かって歩んで行こうと誓い合ったのでした。
それなのに、まさかこんな理不尽な王命が降されるとは夢にも思っていなかった。
〈デイビス視点〉
いつも一緒にいるルナ嬢が、ある日、決意の籠もった眼差しで、私に話しがあると言う。
「実はデイビス様、私に王太子殿下と婚姻せよと王命が降りました」
それを聞いた私は一瞬、何を言っているのかと、頭の中が真っ白になってしまった。
王命? 頭の中で繰り返す。
それは絶対断れない決定事項ではないか! 私は思わず
「それで何と返事を?」
何と間抜けなことを聞くのかと冷静になった時に思った。
答えなど一つしかないのに。
何でどうしてルナ嬢なんだ! そう心の中で叫んだが、虚しいだけだった。
わずかな沈黙の後、冷静になりきれないまま思わず
「私も王宮に上がろう、父上の補佐として」
と言うと、彼女は凄く嬉しそうに
「それは本当ですか?」
と聞いてくる。
「必ずだ、絶対に上がってみせる。だから待っていてくれ」
そう言い残して、父上の元に向かった。
そしてその途中、いつだったかルナ嬢を屋敷まで送った帰り道、ルナ嬢のお父上に偶然会って
「いつも済まないね」
と言われた時に
「いえ、自分が好きでやってるだけなので」
と返したら何かを察した様な笑顔を向けられたなと、懐かしく思い出していた。
屋敷に帰り、出迎えた執事に「父上はお帰りか?」
と聞いたが、未だだと言われたので、着替えてから暫く待った。
そういえばいつも帰りは遅かったなと思い、いつも通り母上と先に食事をしていたら、途中で父上が帰って来て一緒に食事に加わった。
そして私は
「話しがあります」
と言うと、父上が
「ルナ嬢のことか?」
と聞いてきた。
思わず
「どうして分かるのですか?」
と聞くと
「先日、陛下から相談されたからな、まあ相談というよりはもう決められていた様だがな」
と言い、項垂れた私に
「それでお前はどうしたいのだ?」
と言うので、自分の思っている事を全て話した。
ルナ嬢にいつか気持ちを伝えようと思っていたこと、そしてそれが叶わないのなら、せめて側にいて、手助けをしたい。
その為にも父上の補佐をしながら王宮に上がりたいと。
父上は腕組みをしながら、じっと考えている。
母上はもう既に知っていたようで、涙目で只、黙っていた。
そして暫くの沈黙の後
「側にいたい気持ちは分かったが、お前は嫡男なんだぞ、この公爵家はどうするのだ?」
と、当然のことを言われた。
両親には申し訳ないが
「私はルナ嬢と一緒になれないのなら、他は考えられません。
だから縁戚から養子でも取ってもらえれば」
と返した。
二人共、黙ったままでいる。
私はそのまま席を立った。
父上と母上は、追っても来ない。
多分二人共、今の私には何を言っても無駄だと思っているのだろう。
〈ルナ視点〉
デイビス様が去って行かれた後、私は、デイビス様が王宮で、お父様のお仕事の補佐をなさるなら、こんなに嬉しいことはないと心の底から喜んだ。
これから私は、公妾のいる方と暮らしていかなければならない。
それは私にとっては想像もつかないことであり、どんな扱いをされるのかも分からない。
そんな時、側にデイビス様がいてくれるなら、それだけで耐えていけるような気がした。
これから私がやろうとしている事は、デイビス様だったらきっと、お手伝いをして下さる筈だ。
だって、この国の為にずっと一緒に目指してきたことなのだから。
だけどそれって、デイビス様のお気持ちを、利用してしまうことにはならないかしら? ふと不安に感じてしまう。
デイビス様のお気持ちは、何となく前から気付いていた。
私だって正直、同じ気持ちだ。
只、これからは、二人の間に今迄、存在しなかった人物が関わってくる。
デイビス様はそれをどう思われるのだろう。
やはりきちんと話し合う必要があると思った。
私自身はもう覚悟は出来ている。
公妾のいる人の、それも愛していない人の子を、いつかは産まなくてはいけないということを。
だって、正妃の子供にしか王位継承権は与えられないのだから。
でもデイビス様はそんな私を見て、平気でいられるのだろうか? それに私自身、そのことに耐えられるのか? やはり未だ覚悟なんて出来ていないのかもしれない。
デイビス様は、公爵家の嫡男だ。
いつまでも一人でいられる訳が無い。
いつか私以外の誰かと婚姻なさる。
それを考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
それでも後戻りは出来る筈もないのだから、だったらしっかりと覚悟を決めなくては。
今からこんなことでは、とても前には進めない。
自分で自分に気合いを入れて、頑張ってみよう。
きっとデイビス様ならいつかは、分かってくれる筈。
これから私達は同志として生きていこう。
いつか語り合った此の国の為にも。
そう、目標は同じなのだから。
同じ師の元、二人で学んだあの日、先生から言われた
「公爵家に生まれた君達だからこそ出来る事があるんじゃないのか?」
その時の言葉を心に刻み、進んでいこう。
たとえそれが茨の道だとしも、
きっと耐えてみせる。
次の日、学院が終わった後、私はデイビス様を呼び出しました。
そして自分の気持ちをお伝えした。
「私はデイビス様のこと、ずっとお慕いしていました。
ですが殿下のところへ嫁がなければいけなくなってしまい、正直とても辛いし悲しいです」
そんな私に少し驚かれた様子で
「まさか、君の口からそんな言葉が聞けるなんて思わなかった。
勿論、私も同じ気持ちだ」
そう言って、だからこそ一緒に王宮に上がろうと思ったんだと仰って下さいました。
そして
「何でこんな事に、なってしまったのだろうな」
とぽつりと溢した。
確かにこんな事さえなかったら私達は二人、手を取り合って同じ道を歩んで行けたのに。
考えただけでも虚しい。
それでも私達には、立ち止まることは許されない。
「デイビス様、それでも私は、自分の気持ちに蓋をして、嫁ぐことに決めました」
そう言うと
「君らしいな」
と言われて俯かれた。
そして何か決心した様に
「私も君の側で、これからもずっと支えていくことにしたよ」
と仰って下さった。私は
「でもデイビス様はスペンサー家の嫡男様です」
そんな事を言われては、おじ様達が悲しまれます。
「それについては誰か、縁戚から養子を取ってもらうようお願いした」
私は思わず
「なんてことを」
と出てしまった。
そして
「絶対それはいけません。誰か良い人がいたら、きちんと婚姻しておじ様達を安心させて下さい」
と言い返した。
すると
「それは私の勝手だ。
それにこんな気持ちでは無理だ。
相手にだって失礼だ」
それでは殿下とやってることが同じではないかと気不味いお顔をなさっていた。
私は
「貴族なら政略結婚は当たり前です。殿下とデイビス様とでは全く違います」
流石に、そんな繰り返しの会話に決着が着く筈も無く、時は過ぎ私達はついに卒業の日を迎えてしまった。
この日が終われば私は、王家に嫁ぐことになる。
誰にも当然、どうすることもできないことだ。
その後デイビス様は、お父様と陛下の許可をもらい議会での承認も経て宰相補佐として私より早く王宮に上がられました。
宰相様には、いずれ誰かと婚姻することを約束させられたそうです。
そしてそれが宰相補佐として王宮に上がる条件だったと聞かされました。
当たり前のこととはいえ、複雑な思いになるのは抑えきれません。
そんな資格など無いことは分かっていますが。
口ではデイビス様に誰か良い方がいらしたら、なんて言っておきながら本当にその時が来てしまったら私の心はどうなってしまうのだろう? 覚悟はできたと只、自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。
仕事上これからも顔を合わせていくのに、気持ちを切り替えることはとても難しく感じる。
表面上はできても心まで替えるなんてどう考えてもできそうもない。
せいぜい心に仮面を被るくらいが精一杯だ。
これからは同志としてなんて言ってはみたけれど、決して本心からではないことなんて自分では分かっていたのに。
それでもついに時は訪れてしまった。王家に嫁ぐ日が。
婚姻の儀も終わり、その後の様々な行事も滞りなく終えることができ、あっという間にひと月が経っていました。
デイビス様も、お父様の補佐として王宮に上がり、私の仕事にも助言を頂いています。
そんな私に、嬉しい誤算が待っていました。
公妾のメアリー様が、殿下の監視役のように常に殿下に付き纏い、覚悟を決めた初夜でさえ、殿下はお見えになりませんでした。
その日から今日まで一度も。
陛下と王妃様は、その事をとても重く受け止め、殿下とメアリー様を強く戒めましたが、メアリー様は返って意固地になられたと、宰相であるデイビス様のお父様よりお聞きしました。
今、私の私室は執務室のすぐ近くのお部屋です。
余りにも豹変なされたメアリー様のお気持ちが、少し落ち着くまではと、私の方から陛下にお願いしたのです。
陛下は私に対して済まなさそうになさっていますが、それとは裏腹に私の心の中はとても穏やかです。
寧ろこんな日がずっと続いてくれることを祈りたいくらいです。
執務室の中は、いつも陛下と宰相様、補佐のデイビス様、そしてたまにお見えになる王妃様、あとは秘書官の方が二名と私です。
本当なら殿下も陛下の執務を手伝いながら、覚えなければいけない事が沢山あるというのに、殆どお見えになることはありません。
本来の殿下のお仕事は全て、私達皆んなが引き受けています。
今思えば、陛下が王太子妃に私を選ばれたのは、こうなることを見越してのことだったのだと、今は確信さえしています。
今、私は婚姻前に陛下にお約束頂いた件について推し進めている最中です。
それは王都に庶民が通える学校を作ることでした。
今は教会や修道院で学んでいる庶民もいますが、限られた小規模なものです。
私が思い描く学校は、読み書きだけではなく、算術なども取り入れ、将来的に職業の選択の幅を広げる為のものです。
王妃様も教会や修道院へと寄付の為、自らも足を運んでいます。
私の願いには、王妃様の賛同もあり、思った以上の速さで進んでいます。
建物は簡単な作りではありますが、学ぶ場所としては充分な広さのものです。
教師の選択は、私が通っていた学院の先生にもお願いしているところです。
一日も早い開校を目指して、皆様の力をお借りしながら過ごす毎日です。
そんな風に皆様がお忙しそうに働く側から、殿下は相変わらず、執務室にも顔出さない日が続いています。
陛下も王妃様も諦めてしまっているようです。
そのしわ寄せがどれだけ皆さんを忙しくさせているのか気にもしていないご様子です。
今迄、私やデイビス様が来る前はどうなさっていたのでしょうか? 疑問です。
メアリー様は相変わらず殿下以外の方達とは一切、関わろうとはしません。
それなのに着飾って、社交界にだけはいらっしゃいます。
その予算はどこから出ているのか知って頂きたいものですね。
殿下を愛しているのか、お金を愛しているのかどちらでも構いませんが、せめて少しはそのお金、慈善事業にまわして頂けると助かるのですが。
それなのに今日も殿下は、メアリー様とお出掛けだという、観劇の為に王都の街へ。
婚姻の儀から、まもなく二年が経とうとしていた。
相変わらず殿下の見張りに余念のないメアリー様は、今日も殿下に張り付いている。
先日、私の私室の近くにいらっしゃった殿下を見かけたデイビス様は早速メアリー様の所へ行き「殿下なら、王妃様のお部屋の近くにおいでですよ」
と一言、すると直ぐに飛んできた。
社交界ではファーストダンスこそ立場上、仕方なく私に譲りますが、終われば後はお二人の世界です。
周囲の目は冷ややかですが、その冷ややかな目は誰に向けてのものなのでしょうか? 気にもしませんが。
その後、陛下の生誕祭があり、隣国のバーミヤン王国から国王ご夫妻がお祝いに駆けつけて下さいました。
王妃様は殿下のお姉様のベネッセ様です。
お義姉様は私達の婚姻の儀のあとから何かと気に掛けて下さり、時々お手紙のやり取りもさせて頂いています。
そして
「私の愚弟が迷惑をかけてごめんなさいね」
とお声をかけて下さいます。
きっとベネッセ様のお母様である王妃様から色々とお話しを聞いていらっしゃるのでしょう。
その後、ベネッセ様から促されたバーミヤン国王が私の元へ来てくださりダンスのお誘いをしてくださいました。
私は、ベネッセ様からウインクされて、その合図で国王陛下の手を取りダンスを踊り始めると周囲からは羨望の眼差しを向けられました。
それを見ていたメアリー様はダンスが終わるとすかさず私の隣りにやって来て、今度は自分がとばかりに陛下に手を差し出されましたが、陛下はその手を無視されてベネッセ様の元へ戻られてしまいました。
するとメアリー様は、真っ赤なお顔で会場を後にし、そして殿下は慌ててそのあとを追って行きました。
その一件から、周囲の冷ややかな目はメアリー様だけに向けられるようになり、殿下は今迄以上にメアリー様のご機嫌取りにお忙しそうです。
大変ですね、お疲れ様です。
それよりそんなことを気に掛けている暇はありません。
今の私にはやることが山ほどあるのです。
学校の方は今でこそ順調ですが、最初はあまり人が集まりませんでした。
子供だけではなく、大人も受け入れていたのですが、子供は兄弟達のおもりやお家のお手伝い、大人は仕事で忙しく、どうしたら良いのか考えました。
そこで、来た子供達にはパンを家族分、配ることにしてあとは二部制にして、夜も開くようにしました。
先生を増員してもらい誤魔化す子がいないように家族の人数も確認してもらいました。
すると今度は集まるには集まったのですが、授業を聞かずに寝ています。
ただパンの為だけに、来ているだけでした。
そこで授業を楽しんでもらうように、最初は皆んなが興味のありそうな物語を読んで聞かせました。
すると今度は、勉強すれば自分一人で本が読める、そう思ってくれる子が少しずつ増えていきました。
そして算術の勉強では、まず知らないと損をしてしまうということを徹底して教えていきます。
例えば、数の数え方から。
「ある商人がりんごを売っています。
袋に詰める際、目の前で『五つですね』と言って、数えて入れていきます。
『一つ、二つ、四つ、五つ』
と数えて渡されます。
おかしいと思った人はいませんか?」
すると一人の子が
「三つが抜けてる」
と答えました。
すると先生が
「良く気が付きましたね」
と褒めると、凄く得意気にしています。
先生は
「そうです。
数え方を知らないと、一つ損をしてしまいます」
と、このように基礎から楽しく教えていくと、皆さんのやる気がどんどん増していくのです。
そのような毎日の積み重ねのお陰で、生徒の数も増え、皆さんの考える力も向上していき、今では自作の物語を書ける子もでてきました。
これから、皆さんがここで学んだことをどう活かしていけるのか、楽しみでなりません。
私はもっと学校の数を増やす為、日々努力の毎日です。
忙しくも充実した日々は過ぎて行きます。
そんなある日、いつものように教会への寄付から戻られた王妃様のご様子がとてもお辛そうでした。
「いかがなされたのですか? とてもお辛そうに見えますが」
すると王妃様は
「何だか熱っぽくて、身体がとても怠いの」
と仰ったので、私はすぐに王妃様を寝室にお連れして、医師の手配をお願いしました。
それを聞きつけた愛妻家の陛下はすぐに駆けつけ、寄り添っておいでです。
私はそっと寝室を出て、早く良くなりますようにと、心の中で祈りました。
その後、暫くしても王妃様のご容態は少しも改善されず、それどころか寧ろ悪化をされているようにも感じます。
陛下はずっと付きっきりのまま、お食事も喉を通らない様で、とても心配です。
陛下は、王都中から沢山の医師を集めていますが、それでも一向に改善されません。
王妃様のような症状の方達が庶民の中にも多数いるといいます。
何かとても嫌な予感がいたします。
私はデイビス様にお願いをして、街の様子を把握するよう指示を出してもらいました。
するとやはり、街中に蔓延していて、学校の先生方や生徒達にも多くの欠席者が出ているとのことでした。
私はすぐに、当面の間、学校の閉鎖をお願いしました。
それから二日後、事態はとんでもないことになりました。
王妃様が崩御されてしまわれたのです。
陛下の悲しみは計り知れないものでした。
誰も側には寄せ付けず、王妃様に寄り添ったままの状態です。
殿下にお願いしても、病気がうつるのが怖いからと、お部屋に近づこうともしません。
それから事態はさらに悪い方へと向かってしまいました。
今度は陛下が、まるで王妃様の跡を追うように崩御なさってしまわれました。
今、国中が大混乱に陥っています。
この得体の知れない病気には特効薬もなく、医師達もお手上げ状態です。
私やデイビス様、宰相様も話し合いを重ねていますが、それでも埒があかず、どうすることもできないまま時間だけが過ぎていきます。
その間も、多くの命が失われ、経済も傾いていきました。
かつての学校も今では、人々の為の炊き出し場と化しています。
そんな暗黒の日々から三年が経過しました。
完全とまでは言い切れませんが、徐々に落ち着きを取り戻してきた街は、少しずつ活気を取り戻しつつありました。
そして、その間の王宮内では、かなりの変化がありました。
陛下の崩御の後、すぐに王位に就かれたオリバー様は、メアリー様を公妾にする為、娶わせたテーラー伯爵を、先王亡きあとの約束通り、大臣に任命したのでした。
そして宰相だったデイビス様のお父様は、その地位をデイビス様にお譲りになられました。
勿論デイビス様は、上院での議会の承認を受けてのことですが、テーラー伯爵は王命に寄るものでした。
大臣になられたテーラー伯爵は宰相のデイビス様に敵対心を抱いているようでした。
何故なら大臣の地位は、宰相の地位と同等に扱われ、まだ年若いデイビス様を、面白く思われなかったからではないかと推測されます。
そんな折、落ち着きを取り戻しつつある人々の中から、嬉しいことに、学校の再開を望む声が後を立ちませんでした。
未だ生活も安定してないにも関わらず、声を上げて下さる皆さんに応えたくて、私達はまた人材集めに奔走しました。
何故なら、この疫病のせいで、生徒は勿論、教師にも亡くなられた方が数多くいたからです。
その後、私とデイビス様の恩師である先生の助けもあって、何とか教師の人数も確保でき、こうしてまた再開が叶いました。
生徒達も生きる為に必死なのに学べる喜びを感謝として伝えてくれます。
以前よりも学ぶことへの意欲が感じられ、教える先生方も熱が入っています。
一日でも早くここで学んだことが活かせるようにと願わずにはいられません。
〈閑話〉
それは、ヨーロッパ史における未曽有の悲劇、黒死病のことです。
14世紀に大流行し、当時のヨーロッパの人口の約3分の1が死亡したとも言われています。
まさに、社会全体に大きな衝撃を与え、人々の生活や意識を根底から揺るがしました。
身分に関わらず多くの人々が亡くなったことは、当時の社会構造や価値観に大きな影響を与えました。
「死の前には皆平等である」
という認識が広がり、従来の権威や社会秩序に対する疑問や批判が生まれる土壌になったと考えられます。
感染経路についても、近年では遺伝子解析などの研究が進み、主にネズミに寄生したノミを介した腺ペストが主要な感染経路であったと考えられています。
ペットを含む小動物からの感染も一部あった可能性は否定できません。
黒死病は、単なる人口減少だけでなく、経済、社会、文化、そして人々の精神世界にまで深く爪痕を残した出来事でした。
この経験を通して、人々の衛生観念や医療に対する意識も変化していったと考えられます。
〈本編に戻る〉
徐々に人々の日常が戻りつつある王都の街では、ルナ王妃が私財を投じて建てた学校が、民衆の間で話題になっていた。
学校に通えば読み書きや算術も学べ、その上、帰りには家族分のパンまで貰える。
そしてここで学んだ者達は、今や職業選択の自由までもを勝ち取ることができているのだ。
多くの民衆は、ルナ王妃に対して感謝の念が尽きなかった。
そしてそれとは裏腹に、亡き国王の跡を継いだ現国王であるオリバーの評判は散々たるものだった。
今現在、衰退してしまったこの国を復興させるため、奔走している宰相率いる王妃派に対し、公妾の言いなりになり、己の保身だけに走る愚王と位置づけられている
そんな国王から、王命で大臣の地位を手に入れたテーラー伯爵こと大臣率いる国王派は、誰から見ても圧倒的に不利な立場にあった。
よって、大臣は焦っていた。
このままではただのお飾りの大臣でしかなくなってしまうと。
そこで大臣は良からぬ事を企んだ。
高位貴族には相手にされないので、疫病により財政難に陥っている低位貴族に金をばら撒き、数の力とばかりに味方にしていった。
そしてその金の出所は国王つまりは国民の血税だ。
国政を先王と王妃に丸投げにし、ろくに学ぼうとしてこなかったオリバー国王を御するのは、
大臣にとっては簡単なことだった。
言葉巧みにオリバー国王を操り、金と民衆の心を掴むため、国王をまるで駒のように動かそうとしていた。
そうまでして民衆を意識するのは、疫病により疲弊したこの国が以前は、議会の優勢が上院(貴族院)と国王だったのに対し、
今では下院(庶民院)は無視できない程の力を持っていたからだ。
そして大臣は民衆を取り込むため、この国に隣接する三つの国に対して掛けている関税の引き上げを考えていた。
下院は王権を抑制する機能も果たしていたので、税の同意を得るには下院を従えなければならなかった。
他国に対して関税の引き上げを行えば、その税で国が潤い、国民達は高くなった他国の物より自国の物を買い、製造業者や農民達は、自分達が作っている物が売れるようになることで喜ぶ。
そうすれば国民の支持が得られると考えたのだ。
その上、他国が高い関税を支払うくらいなら、我が国に生産拠点を移し、その結果、庶民の雇用も生まれて国民に感謝されると、信じて疑わなかった。
そして大臣は次回開催される議会で国王を使い、下院の賛成を得て、この関税引き上げの案を押し通そうと考えていた。
最悪の場合、王命を使わせる算段だった。
その後、大臣は本来なら上院は出席しない下院に、国王と共に出席して関税引き上げの話しを言葉巧みに語った。
そのため、下院の中には表面上の大臣の話を鵜呑みにしてしまい、大臣に賛同する者も出てきていた。
しかしこの時点ではまだ、大多数を慎重派が締めていたので議会は保留となった。
流石に現時点での王命の発動は
諦めたのだった。
宰相のデイビスは大臣の悪巧みを秘密裏に入手しており、ルナ王妃と三大公爵家の当主、三人と会談を行った。
その中でも筆頭公爵家当主のブラバント公爵は、かなりの切れ者として一目置かれていた。
因みに現在の三大公爵家とは、ルナ王妃の父であるアンダーソン公爵とデイビスの父であるスペンサー公爵を含む三人のことだ。
会談の内容はまず、関税引き上げがもし王命として実施されてしまったらどうなるか、という点だった。
そして、我が国より小国とはいえ隣接する三国は、どの国も経済が安定している平和な国々だ。
軍事力こそ我が国には敵わないとはいえ、三国に同盟を結ばれでもしたら、疫病によって打撃を受けたばかりの我が国では、太刀打ちできるはずがない。
関税引き上げの時期までは、まだ把握できていない状況なので、慎重な話し合いは何度かに分けて続けられた。
そしてそんな中、宰相のデイビスを高く評価したブラバント公爵は、次女娘のエマとの縁談をデイビスの父スペンサー公爵に持ちかけた。
エマの姉であるシャーロットは、母の生まれ故郷である隣国のリンドバーグ王国の第二王子の元に嫁いでいる。
一番下の弟がブラバント公爵家の嫡男だ。
そのためエマは自由奔放に育ち、好奇心も旺盛で、母の国の気質も受け継いだせいかものの考え方も風変わりで、かなり前向きな性格だった。
故に、自国の学院には通わず、母の故郷であるリンドバーグ王国へ三年もの間、留学していて、最近帰国したばかりだった。
デイビスは、父から持ちかけられる縁談を幾度となく躱してきたが、今度ばかりはそうもいかない相手であった。
それに宰相補佐として認めてもらう条件として、いずれは婚姻を果たすという約束をしていたのだ。
この状況では無下に断ることなど許されるはずもなく後日、顔合わせをすることになったのだった。
数日後、気乗りがしないままブラバント公爵邸を父と訪ねた。
そこには、黒髪で切れ長の目をした美しい女性が待っていた。
彼女はいきなり
「貴方がスペンサー家ご令息のデイビス様ね、私のことはそうーねぇ、エマとでも呼んで下さる? 貴方のことはお父様から聡明な方だとお聞きしてるわ」
とあっけらかんと話しかけてきた。
するとブラバント公爵が
「こら、エマ、初めてお会いするんだ、ご挨拶くらいきちんとしなさい」
と注意してから
「この通りの性格で済まないね」
と言われた。
そのやりとりが微笑ましく思えて
「いえ、お気になさらず、返ってそのままの方が好ましいです」
と答えた。
その後、父達は気を利かせたつもりか、二人きりにさせられた。
彼女は、今まで出会った令嬢達とはどこか一線を画していた。
普通の貴族令嬢というよりは、どちらかというと王族のような風格さえ感じた。
どんなことにも動じない、男勝りで前向きな、それでいて相手をよく観察しているような用心深さも感じられた。
本当に不思議なご令嬢だ。
一方、エマはというとやはりデイビスと同様好印象で、寡黙だが人の話しは真剣に聞き、的確な受け答えをしてくれる、話しをしていて飽きないそんな印象だった。
そして二人の会話は一方的にエマが話し、それをデイビスが相槌をうちながら聞いている感じだったが、エマの留学先だったリンドバーグ王国の話しには、デイビスも興味を示していた。
なんだかんだと傍から見れば仲が良さげな二人だった。
この時エマはデイビスに対し今迄、周囲にいた男性とは違うタイプだったせいもあって興味を惹かれていた。
〈デイビス視点〉
ブラバント公爵邸からの帰り道、馬車で向かい合って座る父から、
「随分と話しが弾んでいたようだが、どうなんだ」
と声を掛けられた。
それに対しデイビスは
「魅力的なご令嬢だとは思いますが、それだけです」
「それだけで充分ではないか、私とお前の母も政略結婚だったが、同じ時間を過ごしながら今の信頼関係を築いてきたんだ、全ては時間が解決してくれるものだよ」
と言われたがそれ以上、父に返すことはしなかった。
というより出来なかった。
確かに彼女とならそれなりの関係は築いていけるかもしれない。
だが、どうしてもルナ嬢のことが頭から離れない。
あのままの彼女を一人にして、自分だけ幸せになるのはと考えたが、やはり自分自身もルナ嬢でなければ幸せを感じられない気がする。
かといって父との約束も果たさなくてはいけない。
こんな気持ちのままではエマ嬢にも申し訳ない。
本当にこのまま一緒になっても良いのだろうか? 自問自答するも、答えなんて出る筈もない。
だが、どうすべきなんてもう既に決められているのかもしれないな。
自分一人の意思だけではどうすることもできない状況に陥っているような気がする。
このまま話しは進められてしまうのだろう。
それでも心に嘘はつけない、エマ嬢にもきっと見透かされてしまうだろうな。
感が鋭いそうなご令嬢だったからな。
そんな男はごめんだとあちらから断ってくれたらと、勝手に思う自分が情けなく思えた。
しかし本当に誰かと婚姻をしなければならないのならエマ嬢しかいないのかもしれない。
何故ならルナ嬢以外で興味を惹かれた女性は初めてだったのだから。
最もそれ自体がエマ嬢に対し、失礼なことなのかもしれないな。
〈本編へ戻る〉
それから暫くして、本人達の意思は無視され、婚約の話しは進んでしまった。
エマ嬢も私と同じ年齢なので、これ以上、自由に生きることは許されなかったという。
お互いの両親の思惑通り事が運んだのだ。
その後、何度か二人で会って色々な会話を楽しんだ。
その頃には、当たり前のように婚約が交わされた。
只、大臣と国王の周辺が、にわかに様子がおかしい。
早急に手を打たなければいけない状況だ。
婚姻は今回の件に片が付いてから行うこととなった。
早速いつもの顔ぶれが集まった。
今迄は五人での会談だったが、今日からは隣国リンドバーグ国に詳しいエマ嬢も参加することとなった。
そしてルナ王妃にブラバント公爵は
「王妃様、次女娘のエマでございます、隣国のリンドバーグ王国に留学しておりましたが、この度、卒業して帰って来たところでございます。
ご承知かとは存じますが、エマの姉シャーロットはリンドバーグ王国の第二王子に嫁いでおります」
そう言って、エマを紹介した。
するとルナ王妃は
「勿論、存じ上げております。
どうかこの度の件、お知恵をお貸し下さい」
と挨拶をした。
そしてブラバント公爵はルナ王妃に
「それから、この度、宰相殿との婚約が結ばれましたので、ここにご報告させて頂きます」
と挨拶された。
ルナは心の動揺を必死で隠した。
傍らに居たデイビスも同じく動揺していた。
そんな二人の表情をエマは、見逃さなかった。
しかし、エマは気づかぬふりをしながらルナ王妃に
「お初にお目にかかります。ブラバント公爵家の次女、エマ・クライアンと申します。
どうぞお見知りおき下さい」
と挨拶をした。そしてくだんの件についての話し合いが行われた。
その内容はどうも、大臣と国王は下院で、他国に対しての関税引き上げを容認させようと必死なようだが、中々賛成の人数が集まらず、王命を発動するか迷っているようだ。
そこで国王をから金を引き出し、下院の者達に賄賂を渡すつもりらしい。
もしそうなれば、今や絶大な力を持つ下院は無視できない。
その法案が上院に上がってしまえば、決定せざるを得ない。
そんなことになれば、間違いなく国は荒れる。
この時ルナは直接、国王と対峙することを決心した。
そしてひとまず、今回のことは自分に預けて欲しいと言って解散とした。
正直、この場の雰囲気から逃げたい為の解散でもあった。
今はデイビス様のことを考えている時ではないと頭では分かっていても、やはり心はざわついていた。
それでもルナは気持ちを切り替え、すぐに国王に先触れを出した。
心の中で(一応は夫婦なのに先触れとは)と思いながら。
そして指定した執務室にやって来たのは国王だけではなく、大臣も一緒だった。
ルナは大臣に
「私がお呼びしたのは、陛下だけですが」
と言うと、国王は
「私が頼んで来てもらったのだ」
と言う。
本当に一人では何もできない人なのだと呆れながら
「分かりました」
と言って話しを切り出した。
ルナは
「他国に対する関税の件、そう申し上げれば、私が何の為にお呼びだてしたのかお分かりですね」
すると大臣は
「どこでそれを?」
ルナは
「宰相の手の者が下院から得た情報なので確かなことです」
すると扉がノックされた。
入って来たのは宰相のデイビスだった。
ルナは
「どうして?」
するとデイビスは
「書記官から陛下に出した先触れのことを聞いたもので、気になりまして」
と答えた。
するとルナは
「分かりました。話しの続きを致しましょう」
と言って、先程からの話しが始まる。
ルナは大臣と国王に対して
「何故、他国に急な関税の引き上げをしようとするのですか?」
と問い詰めた。
それに対し大臣は、我が国の貿易赤字を減らす為、関税を引き上げれば高くなった他国の物より国内の物が売れる。
そうなれば他国も高い税を払わずに済むように、我が国に生産拠点を移してくるだろう。
そうすれば国民の雇用にも繋がる。
今迄、我が国は他国に散々儲けさせた、これからは我が国も同じだけ関税を引き上げるだけだ。
つまりは相互関税という訳だ。
と、最もそうに言っている。
しかしそんなことをすればどんなことになるのか全く理解していない。
宰相とルナは、その考えを真っ向から否定した。
本当にこの国のことを考えるなら、品物にしろ、食べ物にしろ良質な物を作れる技術力を上げるべきだ。
それに関税を引き上げるにしろ、急に上げては他国が我が国に生産拠点を移す資金を断つことになりかねない。
確かに貿易戦争にでもなれば、貿易赤字国の方が有利なのは分かる。
他国は、我が国が物を買うことによって潤っているのだから。
しかし限度がある。
こんな急な上げ方など。
それに赤字だの物価上昇だのと二人は騒いでいるが、インフレには良いインフレと悪いインフレがある。
我が国のように、賃金が高い場合は良いインフレだ。
そもそも他国だって対抗措置として、我が国に対し関税を引き上げて来る可能性も十分ある。
そう言い返したらなんと国王は
「それではまた、それ以上に関税を倍に引き上げればよいではないか」
と宣った。もう呆れて言い返す気力もない。
私の中で何かが切れた。
それも音を立てて。
ルナは国王と大臣が去った後、デイビスと二人きりになった。
何だか気不味い雰囲気が流れている。
先にルナの方から
「この度のご婚約、おめでとうございます、これでスペンサー公爵も一安心ですね」
と言うと、デイビスは
「こんな形で君の耳に入れたくはなかった、きちんと自分の口から話したかった。
すまない」
と仰って俯かれてしまった。
そしてそんなデイビス様に、私は
「そんなお顔なさらないで下さい。
それより大切なお時間を今迄私の為にありがとうございました」
と言い、デイビス様のお支えがなかったら、私もここまで頑張ってこれなかったと思いますと伝え
「どうかこれからはエマ様とお幸せになって下さい」
そう申し上げると、
「いいや、それは違う。私が好きでやってきたことだ。
あの日、同じ師の元で学び、同じ志を持った私達だからこそ、ここまで出来たんだ」
そう仰って下さった。
この時、私はデイビス様には内緒で、陛下に対しある決心をしていた。
あの方達がこの国の頂点にいる限り、この国に真の平和や発展は訪れないだろう。
私はそんな方の側で、形だけでも妻としてやっていく気は既に失われてしまっていた。
そして出した答えが婚姻の無効だった。
離婚は許されてなくとも、婚姻の無効はある条件を満たせば認められる。
その条件は十分満たしている。
私達には実質的な夫婦の営みは存在してこなかったのだから。
しかしそのことを今ここでデイビス様に伝えることはしたくない。
それはエマ様との婚約に何だか水を差す行為のような気がした。
だから私は敢えてデイビス様に言った。
「これからも私達は師の教えを活かし、互いに同志として歩んでいきましょう」
デイビス様は複雑そうなお顔をなさったが、私は敢えて気づかぬふりをした。
そして
「ではデイビス様、私はこれで失礼致します。
この後、父に少し話したいことがありますので、久しぶりに実家の方へ行って参ります」
そう言い残してその場を後にした。
デイビス様は何か言いかけたが、それ以上、追っては来なかった。
私もそのまま振り返えることはしなかった。
何故なら今にも涙が溢れそうだったから。
今この涙を見られてしまったら、全てを壊してしまいそうな気がしたから。
私は実家にいる父に会う為、馬車で屋敷に向かった。
突然帰って来た私に皆、驚いていたがとても喜んでもくれた。
母と弟のアレクに会うのは随分と久しぶりだった。
三つ違いのアレクはもう立派に父の片腕として頑張っているという。
なんだか随分と逞しくなった気がする。
私は家族に、父達と解散した後に起こった一連の話しを全て話した。
そして私の決心を皆、喜んで受け入れてくれた。
私は心の底から安堵した。
これでやっと全てに決着がつくと。
崩御なさった陛下と王妃様のご期待には添えなかったが、きっとお二人が生きていらしたとしてもこの決断に反対はしないと信じている。
それに何よりもバーミヤン王国にいるお義姉様であるベネッセ様からもお手紙で
『貴女は良くやってくれたわ、自分で限界を感じたらもう我慢しなくていいのよ。
マイヤー国にとっての最善だと思ったことをしなさい。
そしてどんな決断をしても貴女を支持します』
と手紙に認めてくださっていました。
そして弟である陛下のことは悲しいけれど、随分前から諦めているとも書かれていた。
多分、私の知らないところでバーミヤン国王とベネッセ様が説得にあたっていたようだ。
それはなんとなく感じていた。
何故なら『姉上に余計なことばかり報告するな、手紙のやり取りも禁止だ』と言われたことがあったからだ。
それもあって、私は心置きなく決断することができたのだ。
その後、私は教会への婚姻無効の手続きに行った。
父も同行してくれた。
その後、教会裁判所に於いて、厳密な審査を経て無事に婚姻無効が認められた。
ここで初めて、私に関わってくれた方々に全ての報告をした。
皆、一様に驚いていたが、今までの私のやって来たことに対して労いの言葉を掛けてくれた。
そして身の回りの片付けも終わり、この後に控えたデイビス様や父を含めた三大公爵様、そしてエマ様との会談に臨んだ。
皆様が待っている会談場所へと着き、父に話した時の内容と同じことを丁寧に包み隠さずに話した。
やはり、皆驚いていたが、理解もしてくれた。
デイビス様は動揺しているが、それを必死に隠しているのが見て取れた。
それを感じた私自身も、とても複雑な心境だった。
そして今後の話し合いへと話しは移る。
先ずデイビス様に頼んで、下院への説得、このまま関税の引き上げ案が通ってしまったら大変なことになるということを説いてもらう。
そしてもし関税引き上げが可決してしまった時の他国への対応だ。
もし隣接する三国に同盟でも結ばれては大変な事となる。
先ずはそれぞれの国に赴き、関税引き上げが決まってしまったら、報復措置としてそれぞれの国も我が国に対し報復関税をして欲しいと願い出る。
一時的には苦しくなるが、必ずそれは長くは続かないので待ってくれるように頼む。
何故なら今の我が国の品質の物では国民は満足する筈がない。
かといって、今迄の輸入品は高くて買えなくなる。
それが続けば不平不満が民衆の間から必ず起こる。
その時に我々三大公爵達が総力を持って民衆と共に、今の王権を倒す。
だからそれ迄なんとか待って欲しいと。
そして、隣接する三国で同盟を結ぶのもやめて欲しいとお願いをする。
お互い戦争にでもなればケタはずれな費用がかかる。
現在の経済を取り戻す為にどれだけの時を要するか、その説得を誰がどのタイミングて行うか話し合った。
するとエマ嬢が「リンドバーグ王国は私に任せて」
と言い、第二王子に嫁いだお姉様にお願いをして、国王陛下に謁見のお願いをしてみるわ。
最も留学中にも陛下とはあちらの社交界で面識もあったし、とても良識のあるお方だったわ。
だからこっちは私に任せてと頼もしい言葉を言ってくれた。
そして私は「バーミヤン王国へは私に行かせて下さい」
と言って、知っての通りあちらの国王陛下に嫁いだ方は、この国の陛下のお姉様であるベネッセ様です。
お義姉様(婚姻無効となった今は違うが)とは、先王陛下の崩御の際以来お会いしてませんが、定期的にお手紙のやり取りは続いています。
考え方は崩御なされた王妃様の血を色濃く受け継がれた方です。
今回の私の立場をとても心配なさってくださいました。
話せば必ず理解なさってくださるはずです。
現に今の陛下のことは諦めているご様子のお手紙も頂いていますからと申し出た。
そして最後のインガスター王国、この国には誰もなんのツテもない。
しかし、デイビス様が名乗りを上げて下さった。
「あちらの国王陛下とは面識はありませんが、長きに渡り貿易は続いているのですから、なんとか説得してみます」
そうして長い会談は、一旦終了した。
最後に私はデイビス様に一つだけお願いをした。
「学校の件ですが、私が王妃の立場で無くなった今、まだ私財は残っているのですが、それに底がついてしまった時には国費として捻出できるよう働きかけて下さいませんか?」
最も私財の中の先王陛下から頂いた分についてはその時の条件は果たせなかったが、崩御された王妃様もご賛同くださっていたので有り難く使わせてもらうことにした。
デイビス様は
「それは問題無い。
それに反対をすれば民衆の反感を買うのは間違いないからな。
国王も大臣もあれだけ民衆を意識しているのだから、それについては心配はいらない」
と仰ってくださった。
私は婚姻無効のあとの学校の存続のことが何よりも心配だったのでデイビス様の言葉は何よりも嬉しかった。
最もデイビス様だったらそう言ってくれると信じていたのも事実ですが。
〈ブラバント公爵邸内〉
エマはある時、
「お父様、デイビス様と王妃様のことで何か私に隠しいることはないのかしら?」
すると父は
「相変わらずお前というやつは変に感が鋭いのう、誰に似たんだか」
と仰った。私は
「あの二人の雰囲気を見ていれば分かることよ」
と言うと父は
「別に隠している訳ではないが、敢えて言う必要もないと思っただけだ、もう既に終わったことだしな」
と言う。
それはどういうことかと聞けば
「お前は当時、留学していたから知らないだろうが、元々あの二人は、同じ学院に通っていて、同じく師事していた人物の影響を強く受けている」
確かに立派な教師だと聞き及んでいたがな。
そしてその教師の元、二人は常に首席を争い、切磋琢磨していたようだ。
そして卒業したら婚約するという噂があったのだが、その前に王命で当時の殿下、今の陛下に嫁がされてしまったんだよ。
その上、今の陛下の公妾様はその時既にいたんだよ。
つまり、公妾のいる男に嫁がされたという訳だ。
思わずエマは
「そんな酷いことが罷り通るだなんて」
と、ため息がでた。
「それでデイビスくんは、その時の宰相だった自分の父に願い出て、勿論、議会の承認を受けてだが、宰相補佐として王妃様を陰ながら支えてきたのだよ」
そしてエマは
「そんな大事なお話し、どうして黙ってらしたのですか?」
と怒ったが、父は平然と
「いずれはデイビスくんも別の誰かと婚姻すると、父であった宰相に約束してたと聞いていたからな。
敢えて教えることもないと思ったまでだ」
そして
「政略結婚なんぞ貴族の常だしな」
私はその時思った。
この国は大国と言われてはいるが、ただ単に軍事力と経済が勝っているだけで、人々の価値観は私が留学していた国の方が余程進歩的だと。
今時こんな遅れた考えが、普通に語られるとは。
あちらの国では、今や、貴族だって、恋愛結婚が認められているというのに思わずまた、ため息が出てしまった。
想い人のいる人との婚姻か。
何だか、私らしさが無くなりそうで考えさせられてしまう。
確かにデイビス様は魅力的な方なんだけどな。
今回のことで、婚姻無効が認められた王妃様をどう想われているのかしら? 私との婚約がなければ二人は結ばれていたのかもしれない、そう思うとなんか、私って邪魔者じゃない? そう思わずには、いられなかった。
そしてエマは自分なりに考えを巡らせていた。
〈デイビス視点〉
ルナ嬢に婚姻の無効が認められた。
それを聞いた時には正直、心が躍った。
婚約者のいる自分がそんなことを思ってはいけないことくらい分かっている。
しかし自分の気持ちに嘘はつけない。
嘘はつけないのなら蓋をしなければいけないのだろうか。
もし今、自分に誰も婚約者がいなかったらと願うのは、エマ嬢に対し不誠実なのは分かっている。
ましてや婚約解消など以ての外である。
それにルナ嬢だったらきっとそんな形で婚約解消をした自分を受け入れるはずがない。
彼女はそういう人だ。
だからあの日、陛下と大臣が去った執務室で二人きりになった時、婚姻無効の話しには一切振れてはこなかった。
きっとあの時、既に心は決まっていて報告の為に実家へと行ったのだろう。
それが全てだ、ルナ嬢なりの答えなのだと今なら分かる。
それにそんな彼女だからこそ好きになったのだ。
それなのに今の自分は情け無いな、エマ嬢のことを蔑ろにしてしまっている。
エマ嬢はとても魅力的な女性なのについ、ルナ嬢と比べてしまう自分がいる。
本当に失礼な話しだな。
エマ嬢となら月日を重ねていけば父と母のような信頼関係が築けるはずだ。
そしてこの国の為にもきっと力になってくれ、私の心の支えにもなってくれるだろう。
そろそろ自分の気持ちに整理をつける時がきたのかもしれないな。
きっとこれが私達の定められた運命なのかもしれない。
昔の自分だったらその運命に逆らおうとしたかもしれないが、今は出来ない。
それによって傷つけてしまう人がいるのだから。
いつかルナ嬢が言ってたな、これからは同志として歩んで行こうと。
その言葉が妙に寂しく感じたあの日の自分。
今度は私自身が本当に同志としてルナ嬢を見なければいけない時がきたのだ。
あの時のルナ嬢も、今の私と同じ気持ちだったのだろうかと、今更だと思いながも考えてしまう。
〈本編に戻る〉
いよいよ下院からの承認が上がって来た。
内容は国王と大臣の思惑がかなり反映されてはいたが、関税額や時期に関しては、大臣達の思惑とは反していた。
上院では下院の意見を完全に無視することは許されない。
それ程、下院は今や力を持っている。
それなのに国王は
「下院の意見は尊重している。下院も関税引き上げには賛成しておるのだ。
関税額と時期くらいこちらで決定しても問題無かろう」
そう言って関税額を今迄の倍に増やしてしまい、その上、時期は二か月後からだと言う。
低位貴族達を取り込んでいる大臣派は、三大公爵を含む高位貴族達を完全に無視して、賛成者多数として、最後は王命まで使い強引に可決させた。
議会終了後すぐに私達は集まり、今回の可決は想定してしていたとはいえ、時期は予想以上に早かったので皆、慌てた。
しかしそれぞれが役割を果たす為、出立した。
エマ様はリンドバーグ王国へ、デイビス様はインガスター王国、そして私はバーミヤン王国へと。
エマ様は留学していたので会話も出来る。
それにお姉様も嫁がれて大分経つので言葉の心配はない。
デイビス様は学院時代、学ばれていたが念の為、通訳も一人連れて行かれた。
私の場合は、お義姉様であるベネッセ様がおられるので安心だ。
そして三人は自分達の役割を果たす為、各国へ懸命な働きかけをし、概ね成果を実らせ帰国した。
それぞれが王都へ戻ると共に、いつもの会合が開かれた。
それこそ三者三様に苦労はあったようだ。
中でもやはり、デイビス様の行ったインガスター王国の国王は、かなり手強かったようだ。
期限も半年以上は待てないと言われたと言う。
疫病から立ち直ったばかりのこの国は、軍事力もかなり落ちているはずだと足元を見られたという。
しかしインガスター王国にとっての最大の輸出国であるのは我が国だ。
そのお陰での貿易黒字だということは間違いない。
そこは釘を刺してきたという。
流石はデイビス様だ。
リンドバーグ国とバーミヤン国は身内意識も相まって、かなり友好的だった。
後は関税引き上げ後、どの程度で民衆が騒ぎ出すかだ。
私達はその時に備えて慎重に構えた。
〈デイビスとエマ〉
随分と久しぶりの休息だった。
エマ嬢を労う為、食事に招待した。
そして今回の件では、本当に助けられたと感謝を伝えたが、彼女は
「久しぶりにお姉様に会えて楽しかったわ。
それに生まれたばかりの甥っ子にも会えたの。
とても可愛いのよ」
と喜んでみせた。
そして
「デイビス様こそ本当にお疲れ様でした。
駆け引きの応酬で大変でしたね。
それでどんな国でしたの?」
と興味深げに尋ねてくる。
そんなところが彼女らしく、思わず笑ってしまった。
すると
「何がそんなに可笑しいのですか?」
と聞かれたので
「どんなことも苦にせず、常に前向きだなと思ったら可笑しくてな」
そう言うと、頬を膨らませて
「それって褒め言葉ですか?」
と返された。
何だか、久しぶりに笑った気がした。
暫く、たわいない話しをしていたが、初めて真剣な顔で
「ルナ様のことはお聞きしました。
デイビス様は、どうなさりたいのですか? ルナ様は今、自由の身になられたのですよ」
と言われたが、余りにも急な質問に慌ててしまった。
何らかの形で耳にしているかもしれないとは思っていたが、単刀直入すぎる問いかけに
「ど、どうとは?」
と動揺してしまった。
それなのに彼女は笑顔で
「今ならまだ間に合いますよ」
などと言ってくる。
私は下手に隠すことは卑怯だと思い、先日考えていたことを白状した。
すると
「まあ、デイビス様ならそうなりますわよね」
と予想通りとばかりに答えた。そして
「それって誰も幸せを感じることは出来ませんのよね」
と言われた。それはとても衝撃的な言葉だった。
まさに虚をつかれ、自分ではそれが一番の選択だと思っていたことが
『そうか、誰も幸せではないのか』
と心の中で繰り返し考えた。
だがそれ以外の選択で可能なのは、三人がそれぞれ別の道をいくしかないのでは? とも考えた。
彼女は席を立ちながら
「自分がどうしたいかが、大事なんですよ。
相手の方のことを考えているつもりが、一番その相手を傷つけていることを自覚なさって下さいね」
と言い残し、去って行った。
去って行く後ろ姿をただ見つめるだけで、追いかけることが出来なかった。
そしてルナ嬢ともこんな場面があったことを思い出していた。
〈本編に戻る〉
ついに関税引き上げの日から一月が経った。
やはり思った通り、街には(安かろう悪かろう)の商品や食品ばかりが目につく。
人々が本当に欲しい物は高くて手が出ない。
やはり国力を上げる為には、より良い品質の物を作る技術、そして品種改良をするなどの知恵と努力、それらを身につけ、学ぶしかないのだと皆が気づいてくれると良いのだが。
せめてルナ嬢が創立した学校で学ぶ生徒達が、いつか技術革新をもたらしてくれることを期待しよう。
国王と大臣は、他国がこんなに高い値ではどうせ売れないだろうと、輸出量を今までの半分以下に抑えているから、いくら税率を倍にしても寧ろ前より税が減ってしまい、焦っている。
その上、他国も我が国に対し報復関税として税の引き上げをしてきた。
我々の他国への根回しが功を奏しているようだ。
輸入品の値段はどんどん上がって庶民にはとても手が出ない。生活していくにも事欠く状況だ。
民衆の怒りが日に日に増していく、そしていよいよ民衆達が騒ぎ出した。
今更、関税引き上げの撤廃を他国に伝達したくとも、国王と大臣は他国に対し一切の伝手を持たない、かと言って民衆に宣言したとしても、時既に遅しといったところだ。
国王と大臣、そして公妾のメアリーはついに城に篭ったまま、民衆が怖くて表に出られない。
いつ暴動が起こっても不思議ではない状況だ。
宰相のデイビスは城で働いている者達に暫くの間、城から避難するよう指示を出した。
国王は城の周囲を近衛兵達に囲ませ、自分達を守るよう命令をした。
しかしこの頃には近衛兵達の士気は下がっていた。
三大公爵達は前もって近衛兵の曹長に根回しをして、もし暴動が起きても民衆を傷つけないよう指示を出していた。
そしてそれからさらに半月後、ついに民衆の怒りが頂点に達した。
国王を裁く権限が存在しないこの時代、民衆は反乱を起こす以外、手立てがなかった。
民衆が一勢に城の中まで雪崩れ込み、三人は城の外へと引きずり出され、そしてついに落城した。
王政は崩壊したのだ。
それは余りにも呆気ない幕切れだった。
王政崩壊後は、議会制による民主政治が行われ、その立役者となった宰相のデイビスが代表として選ばれた。
国王と大臣、そして公妾のメアリーはダンベル塔に幽閉された後国家反逆罪とされ、死刑判決が下された。
大臣達は国民の税を自分達の勢力拡大の為に一部の貴族達にばら撒き、そして余った税を自分達の遊興費に当てていたことも判明した。
メアリーに関しては死刑判決が妥当か判断が分かれたが最終的には国王を唆した張本人とされ、死罪は妥当とされた。
実は国王とメアリーの間には二歳になる息子がいたが、公妾になる為、形だけ大臣の妻だったメアリーはその子を大臣に預け、今は大臣の子として育っている。その件は当時ルナ嬢の耳に入れたくないデイビスが秘密裏に動いていた。
一部の者達からは、その子供が将来的に王の血筋の者として祭り上げられるのを危惧して処刑すべきとの声が上がったが、今回のことで事実を知ったルナ嬢は表向きは死刑を執行したことにして、デイビスと共に国王の姉であるバーミヤン王国の王妃ベネッセにその子を託し、密かに匿った。
ベネッセは信頼のおける裕福な商人に頼み、その子を養子にしてもらった。
この事は関係した者達皆が墓まで持って行くこととなった。
その後三人は、民衆の前で斬首の刑に処されたが、皮肉にもその執行人が、かつてメアリーが国王と出会う前に付き合っていた男であった為、執行の直前メアリーはその男に縋って命乞いをした。
男は流石に自らの手で執行することが出来ず、後ろに控えていた部下である息子に執行を代わってもらったという。
この時ルナは、いくら形だけとはいっても、元夫の死を目の前で見ることは耐えがたかったのか、その場には現れなかった。
長きに渡る王政も崩壊し、今は議会制による民主政治が行われるようになり、民衆により選ばれたデイビスは毎日忙しく、働いていた。
城は以前のような華美さは削り、政治の場としての機能重視で規模もかなり小さく改築された。
以前、城で働いていた文官達や近衛兵達も今は、政務や警備といった役割を担っている。その他の者達も職に困らないよう、宰相や公爵達の計らいで皆が職に就くことができた。
〈ブラバント公爵邸〉
そんなある日、ブラバント公爵は娘のエマに
「そろそろデイビスくんとの婚姻の日取りを決めないといけないな」
と言ってきた。エマは
「そのことなんですがお父様にお話しがあります」
そして
「デイビス様とのこと、婚約解消として頂けませんか?」
と言うと、父は
「何を今更言っておるのだ、何かあったのか?」
と聞かれ、お父様もご存知の通り「ルナ様は婚姻無効が認められたのですよ。
もうデイビス様との間にあった壁は無くなったのですから、そのお二人が結ばれるのは当然かと」
と答えた。
すると父は
「本当にお前はそれで良いのか? お前もデイビスくんに惹かれていたではないか」
そう言われ、
「私の想いなど、あのお二人の想いに比べたら天地の差ほどあるのですよ」
と言うと、父は
「そうはいっても、お前もそろそろいい年だ、これからどうする気だ?」
と聞いてきた。
ムッとした私は
「これだから、この国を好きにはなれないのです。
そんな観念など私にはありません。
私にはリンドバーグの方が性に合ってますわ」
と言い返した。
そして
「お父様からデイビス様のお父様に婚約解消の件をお伝え下さい」
と言って部屋を出た。
すると扉の外に立っていたお母様が
「ごめんなさい、立ち聞きなんて無作法なまねをして。
でも貴女の気持ちはよく分かるわ」
お母様はそう言ってくれた。
そして貴女はこれからも自分の好きなように生きなさい、お父様のことは私に任せてちょうだいと言ってくれた。
流石はリンドバーグ出身の女性だけあるわと思いながら母に頭を下げた。
そして
「お母様、いつも心配ばかりかけてごめんなさい。それにありがとう」
と言うと、
「何言ってるの、貴女らしくもないそんな神妙な顔をして、貴女も辛かったわね。
泣きたい時には泣きなさい、私の大きな胸でも貸すわよ」
と冗談混じりに言って笑ってくれた。
そして、想い人のいる人と一緒にいることは辛いことね、と言い
「傷つかない恋なんてないの、無駄な恋もないのよ、それは全て次の恋の糧になるの。
貴女は本当の恋を知ったのよ」
そう言われ、私は溢れ出た涙を拭おうともせず母に抱きついた。
母は黙って抱きしめてくれた。
その後ろでお父様も涙ぐんで立っていらした。
〈本編に戻る〉
王制が崩壊し、マイヤー王国からマイヤー共和国へと移行したことを対外的に示したデイビスは、新たな国の再建に忙殺されていた。
デイビスは他国との関税に関する規約の見直しに追われ、そしてルナは、学校の数を増やす為、創立場所の選定や教師の増員に力を注いでいた。
そんな時、エマの父ブラバント公爵からデイビスに先触れがあった。
それは二日後、スペンサー邸にて話をしたいので、ルナ嬢とその父アンダーソン公爵にもお越し頂きたいと。
二日後、デイビスとルナ、そして二人の父達が待っていると、ブラバント公爵がお一人でお見えになった。
「お呼び立てして済まないね」
と仰り、エマから預かったと言って一通の手紙を広げた。
そして、
「この手紙は皆さんで、読んでもらいたい」
と言って、まずデイビスから読み始めた。
デイビス様 ルナ様へ
お二人がこの手紙を読まれている頃には、私はきっとリンドバーグに着いた頃だと思います。やはり私にはマイヤー国よりリンドバーグの方が性に合っています。いつかマイヤー国を、私が永住したいと思えるような魅力のある国にしてください。
女性も男性と同じように活躍ができ、子供達も皆平等に学べる、そんな環境が整うことを期待しています。お二人で力を合わせれば必ず実現出来ると信じています。
お二人の間にあった壁は今はもう取り除かれたのです。
お二人はもう十分、国の為、そして人々の為にご自分達を犠牲にしてこられたではないですか、一度くらい自分達の為の選択をしてもバチは当たらないと思います。私もこちらの国から応援してます。ですから、これからの未来の為に共に支え合い、歩んでいってください。
お二人の幸せを心より祈っています。
エマより
四人共読み終えたが、皆言葉を発することができずにいる。
するとブラバント公爵が
「娘の気持ちを汲んでやって、どうか二人一緒になってくださらんか」
と仰った。
そして
「もし娘に遠慮なんかしたら、あの子の気持ちを踏みにじることになりますからな」
とも仰った。
この時のルナはデイビスとの恋はとっくに諦めていたので、どうしていいのか分からない。
それが本音だった。
そしてエマに対し、こんなにも辛い決断をさせてしまったのが自分なのだと、初めて気づかされた。
そのうえで、エマがどんな気持ちでリンドバーグへと向かったのだろうかと、心が締め付けられ、
いつかの王命によって引き裂かれたあの日の自分と重ねていた。
一方のデイビスは、先日エマ嬢を食事に誘った時に言われた言葉を思い出していた。
そして二人の父達は
「大きな借りを作ってしまいましたな」
と言っていた。
その後、デイビスとエマの婚約解消の手続きも終わり、デイビスとルナの婚約が結ばれたのだった。
二人はあれほど苦しい別れをしたのに、こんなにも簡単に婚約できたことに戸惑いを覚えていた。
〈エマ視点〉
あの後、お父様に手紙を託し、リンドバーグへと来てしまったけれど、これで良かったのよね。
だって、あのままマイヤー国にいたら、辛い想いをするだけだもの。
それに、お二人は自分達の為に私が身を引いたと思っているのでしょうけど、決してそうではないのよね。
本当は、自分が傷つくのが一番怖かったのかもしれないわね。
デイビス様の心が自分以外にあるのが分かっていながら、側に居続けるなんて辛すぎるもの。
きっと何かある度にルナ様だったらと比べてしまう自分が想像出来るからこその選択だったのよ。
それに周りからだって良く思われたいっていうのも本音だしね。
やはりそういうところは、お父様の血ね。
だって、リンドバーグ出身のお母様だったらきっと、自分の気持ちに正直に、相手を好きだったらとことん振り向いてもらうまで諦めないもの。
只、最近のお母様は、お父様にかなり影響されて変わったように感じるわ。
似た者夫婦っていうけれど、初めから似ていたわけではなかったわ。
段々と一緒にいるうちに似てくるものだと思うの。
だって今のお母様の考え方は、完全にマイヤー国の人達と同じように感じるもの。
デイビス様のあの寡黙で、人の話しを真剣に聞いてくれる、そんなところが好きだったんだけどな。
それもマイヤー国には多いタイプだわ。
リンドバーグの人達は、全員とは言わないけれど大抵は、よく話し、自分の主張が一番だって信じている。
だからそれを分かって欲しくて、おしゃべりになっちゃうのかもしれないわね。
まあ、どちらにしても基本、私はこのリンドバーグが合ってるわ。
それにしてもあのお二人はお父様達とはちがって、最初からの似た者夫婦かもしれないわね。
だって自分達そっちのけで国の為、人々の為と生きてきたんだから、私だったらあそこまで自分を犠牲になんてできないわ。
そんな二人にほんの少し、私からのプレゼント。
そんな風に思ったら少し気分が前向きになったように感じるわ。
そうだわ、お姉様のお力でもお借りして、こちらで商会でも立ち上げるのもいいわね。
いずれ大きな規模にして、マイヤー国にも支店を出すのもありかしら?
昔から興味はあったのだけれど、マイヤー国では公爵令嬢が商売だなんて、とても口に出来る筈もなかったから諦めてたけれど、私自身リンドバーグに来てから随分と変われた気がする。
だってこちらの女性達は皆、堂々と男性に意見を言えるし色々な分野での活躍もしてるのだから。
さあ、いつまでもくよくよしてないで、私らしく生きなくちゃ。
利用できるものはなんでも利用して、多芸多才と言われた私よ、今に皆んなが驚くような大きな商会を立ち上げてみせるわ。
〈本編に戻る〉
デイビスとルナの婚約が結ばれてから半年が経過した。
隣接する国々とは良好な関係を築けていた。
関税交渉に関しては、双方の利益が一致する形で三国共、ほぼ同じ条件で締結された。
一つ心配があるとすれば、我が国の鉱物資源だ。
輸出先での輸入関税は引き下げてもらったが、いずれは枯渇する資源だということだ。
その時までには代替となる輸出品を考えなければいけない。
最も、その頃には今ルナ嬢が取り組んでいる学校の卒業生達が技術革新をもたらし、安心安全で高度な製品を生み出し、国内は勿論、他国も欲しがる商品を開発できているかもしれない。
そうなれば雇用も増え、国内需要も増加して、本当の意味で国力が強くなるといえる。
なんとか、実を結ぶように期待をしよう。
とにかくその為にも国を挙げて人を育てなくてはいけない。
大国だと胡座をかかず、日々努力を怠らないようにしなくてはと強く思う。
いつかの大臣や国王のように、大国だからといって武力や経済力を盾にした一方的な関税引き上げは、ただ軋轢が生じるだけだ。
何故あの時二人は安易に関税引き上げという手段を取ってしまったのだろうか? 私への対抗心は感じていたが、それにしても焦りすぎだ。
国力を上げるには時間を要する。
それさえも分からず、目の前の結果だけで国民が騙せると思ったのだとしたらそれは余りに愚かだ。
大臣や国王が建前上、自国の為として強引な税の引き上げを行ったことは、結果的には自国の首を絞め、最後には己の命までもを落とす結果となってしまったのだから。
全てを踏まえ、これからこの国をエマ嬢が望んだ、皆が平等で自由を得られ、そして貧富の差がなく誰もが学べる国にする為、多くの人達の力を借りながらルナ嬢と共に支え合い、歩んで行こう。
そしてエマ嬢がいつか、この国に住みたいと望んでくれる国を目指そうと、心に誓いを立てた。
それが私達にしてくれたエマ嬢へのせめてもの恩返しになる、そんな気がした。
あの時エマ嬢がいなかったら今、この国や自分達もどうなっていたかわからない。
自らリンドバーグへ交渉に赴いてくれ、会談を成功へと導いてくれたのはエマ嬢の功績だ、そんな彼女に敬意と感謝を伝えたい。
いつか会える日が来ることを思いながら。
そしてその日がいつ訪れてもいいように今は只、この国の為に邁進して行こう。
いよいよ明日、ルナ嬢との婚姻の日を迎える。
お互い忙しいながらも少しずつ準備を進め、無事全てが整った。
お互いの希望で、あまり華美にはせず、小規模な形で執り行うこととした。
今日はルナ嬢との最後の打ち合わせだ。
打ち合わせというよりは、二人揃ってたわいない話が始まった。
「何だか色々ありましたがその割にはあっという間にも感じますね」
「本当にこんな日が訪れるなんてあの時の二人には考えられなかったからな」
「学校の方も今でこそ順調に進んでいますが、最初の頃は大変でしたものね」
「学校もそうだが、国の舵取りそのものが難しかったからな」
そんな会話から始まって、これからの話しまで延々と続いた。
これからもっとこの国を強くする為、まずはなんといっても人を育てることが一番大切だということ。
そしてその育てた優秀な人材の中から必ず、並外れた英知を持つ者達が出てくる筈だ。
そんな人材を他国へと流失させないよう、常に魅力のある国であり続けなけらばならない。
その為の努力を怠らない様に日々精進しなくてはと二人で話しながら自然とエマ嬢の話しへと移った。
エマ嬢への感謝の気持ちは勿論のこと、彼女の為に何か出来ることはないのか? 彼女が望む国作りには、余念がないつもりだが、その他はどうだろう、彼女は手紙に私達の幸せを祈っていると書いてくれたが、彼女の幸せはどうすれば良いのだろうか? 思い合う三人がいたら三人が皆、同時に幸せになることは叶わない。
そこは理解できても、それでも彼女にも幸せになってもらいたい、そう願うのは傲慢だと言われるのは分かっている。
それでも願わずにはいられない。
暫くしてルナ嬢が
「エマ様が後押しをして下さったからこそ、明日という日を迎えることが出来るのですね」
そして私は
「本当に彼女には世話をかけてしまったな」
「エマ様には辛い想いをさせてしまったのですから、せめてそれに報いなければいけませんね」
そしていつかまた三人にで笑い合える日が来るようにと二人で願った。
そうしているうちに日も落ちてきたので明日に備え、それぞれ帰路に着いた。
そしてついに婚姻の日を迎えた。
緊張したルナ嬢を見つめながら誓いのキスをした。
本当に心の底から幸せを感じた。
今迄生きてきて、こんな幸せがあることを初めて知った。
『もういい年になるというのに』
と、心の中で苦笑しながら。
そして隣にいるルナ嬢を見ると瞼に涙を溜めていた。
私は驚いて、大丈夫かと尋ねると
「悲しみの涙は何度も流しましたが嬉し涙は初めてです。
人って嬉しい時にも涙が出るのですね」
と言った。
その言葉に、今迄ルナ嬢が背負ってきた悲しみを垣間見た気がした。
皆に挨拶をしながら歩いていたら、祝ってくれる人垣の中に、二人がずっと気にしていたエマ嬢の姿があった。
そしてこれはまぼろしか? と思ったが、その隣りには優しく微笑み、愛おし気にエマ嬢を見つめる男性の姿も見て取れた。
それを見た瞬間、とても心が満たされる思いがした。
『ああ、エマ嬢にも今、人生を共にできる人ができたのか』
私はそっとルナ嬢の耳元にエマ嬢の隣りの男性の存在を告げた。
するとルナ嬢は今迄見たことのない程の笑顔で微笑み返してくれた。
そしてエマ嬢と目が合った瞬間彼女も満面の笑みを返してくれた。
人々の見守る中、二人は腕を組みライスシャワーが降り注ぐ中を歩いた。
この日のことを生涯忘れぬよう心にきざみながら。
こうして無事に婚姻の義を終えることが出来た。
婚姻の義のあと、エマ嬢が一緒にいた男性を連れ、挨拶に訪れてくれた。
そして私達に
「こちらは私のビジネスパートナーのレイモンドよ。
今、私は彼のお父様が営んでいるザニール商会を手伝っているの」
と紹介をしてくれた。
すると彼が
「おいおい、ビジネスパートナーは酷いじゃないか」
「あら、だって事実でしょ?」
「俺は何度も君に結婚を申し込んでいるのに、はぐらしてばかりじゃないか」
「だ・か・ら・今はビジネスパートナーであっているでしょ?」
すると彼は
「あくまでも『今』だけだ」
と怒っている。
そしてエマ嬢は
「私、おしゃべりな男性は嫌いよ」
すると今度は彼が
「これはあくまでもおしゃべりではなく説明だ」
と、いつまでも終わりそうもない会話の応酬だ。
ルナ嬢と私は思わず吹き出してしまった。
すると今度はエマ嬢が怒りながら
「何がおかしいのかしら?」
と、真顔で聞いてくる。そして
私が
「なんだか二人共、似ているなと思っただけだ」
と言って、今迄の経緯を聞くと
何でもあの後、リンドバーグで商会を立ち上げる為、姉のシャーロット妃に相談したところ王室と取引のあるザニール商会で少しの間学んだらどうかとなって、そこの会長のご子息であるレイモンド氏を紹介され、その後、色々と商会について学んでいくうちに親しくなったという。
そして今度マイヤー国にエマ嬢も出資をして支店を出すことになり視察を兼ねて来たそうだ。
そして、その後父であるブラバント公爵に我々の結婚式のことを聞き、急遽出席してくれることになったという。
エマ嬢にその支店に適した場所はないか、相談に乗って欲しいと頼まれた私は勿論、二つ返事で了承した。
そして私は
「ザニール商会といえばリンドバーグでも一、二を争う商会ではないか」
するとエマ嬢が
「そうなのよ、本当は私が一から立ち上げて一番にしようと思っていたのに」
今度はまた彼が
「二人でザニール商会をもっと大きくしていけば良いではないか」
と始まった。
やれやれまた始まったぞ、とルナ嬢を見ると楽しそうに微笑んでいた。
その後は具体的に商会の内容を聞き、希望するおおよその場所を絞ってもらい、幾つかの提案をした。
取り敢えず今日はその話しを持ち帰えり、明日はもっと詰めた話しをしようと伝えると、リンドバーグで大事な商談がある為、明日の午後にはこちらを経たないと間に合わないと言うので後日、まずは手紙のやり取りで打ち合わせをすることとし、その日は別れた。
あの後、お二人と別れてから、新居となるデイビス様のスペンサー公爵邸へと帰り、今二人きりでベットの上に座っている。
いくら婚姻していたとはいえ、私にとっては初めてのことなので緊張でどうしていいのかわからない。
するとデイビス様が肩を抱き寄せ優しく口づけをした。
そしてこんな日がくるなんて今でも信じられないと言いながら優しく抱きしめられた。
何もかもが初めての私は、ただデイビス様に身を任せた。
すると壊れ物を扱うように大事そうに優しく触れてきた。
男女の営みを知らない私を労るように優しく抱き寄せ、その夜、本当の意味での夫婦となった。
そしてそんな行為の後、心地よい眠気に誘われいつの間にか夢の中に落ちていた。
次の日の朝、まだ隣で眠るデイビス様の顔を見つめながら、こんな幸せがあるのだと、あらためて夫婦になれたことを実感した。
するとデイビス様はいきなり目を開け
「おはよう」
と笑顔で言うので
「いつから起きていたのですか?」
と聞くと
「ほんの少し前からかな」
と言いながら肩を抱き寄せた。
赤くなる私の顔を覗きながら、また口づけてくる。
それだけで幸せな朝だなと思ってしまう。
これからもこんな幸せな日々が続きますようにと心で願いながらまた眠りに落ちていく。
そしてその日の午後、デイビス様と二人でエマ様達の見送りに出かけた。
エマ様のお屋敷に着くと丁度、馬車から降りる私達に駆け寄ってきて下さり、エマ様は
「わざわざ見送りに来て下さったのですか? 入れ違いにならなくて良かったわ」と仰った。
その後ろからレイモンドさんもやって来てお礼を言って下さった。
取り敢えず、エマ様とは、お手紙でのやり取りで仕事の打ち合わせをし、その後、具体的な契約の際に、またこちらの国へ来るということとなった。
別れ際にエマ様は私とデイビス様に、新しい国作りは上手く進んでいるようね。
マイヤー国は、教育格差の無い国を目指しているって、リンドバーグにも伝わってきているわよ。
「このまま頑張って続けてちょうだいね、期待してるわ」
と仰って最後に
「本当におめでとう、ちゃんと生涯添い遂げて下さいね。
私も新しい幸せを見つけたわ」
と言ってる側からレイモンドさんがやって来て
「エマ、今なんて言ってたんだ?」
と言うとエマ様は
「聞こえてるくせに」
と返すとレイモンドさんはニヤリと笑った。
そんな二人をお見送りし、私達も馬車に乗り屋敷に戻る途中、デイビス様が
「さあこれからエマ嬢との約束を守る為、そして我々の子供達の未来の為、この国を発展させなければな」
と仰った。
私は
「子供達だなんて、まだ気が早すぎです」と笑顔で返すのだった。
完
本当に国力を上げ、保つ為に必要なものとは?そんなことを思いながら書かせてもらいました。