ep.95 全ての始まり
「封印されてたスキル?」
夢現の中でオリーと交わした会話は、衝撃的なものだった。
『私にも見えるの、ステータスが!
あんたの魂が体から離れた事で分かったんだけど……私があんたのスキルを封じてたみたい』
『どういう事?』
『本来あんたは勇者としてこの世界に“転移”するはずだった。でも私の体に“憑依”した事で私の魂が邪魔をしてスキルが封印されてたみたいなの!
女神がくっ付いてた魂を剥がした事で私もあんたも体からの離脱が可能になった!
私が体から離れれば本来のスキルが使えるはず!』
『体から離れて平気なの⁉︎』
『私とあんたの魂は鎖で繋がってる!鎖を切られない限り大丈夫よ!でも2人とも体から離れたらたぶんダメ!分かった?』
『……封印されてたスキルってなに?』
オリーはオリビアの後ろに浮かぶ、2つの魂を指差した。
『過去の栄光。肉体を失った魂と契約する事でその魂の力を使うことができるスキルよ』
――オリーの話してくれたスキルの内容をキャットとシオンに伝えると、キャットはチラリとライラックに視線を向けた。
「…………そんなスキル初めて聞いた……それに、シオンの話では死んだら魂は新たな体に生まれ変わるはずじゃ……」
「魂はすぐに転生に向かうわけではない。
…………しかし、200年前に死んだライラックの魂が転生せずにまだここにいるのはおかしい。恐らく撫子――つまり死の神がいなくなった事が原因じゃな」
シオンは口元に指を当てて考えると、ぽつりと言葉を溢した。
「魂の殆どは、死の神に導かれて転生する。じゃが、導き手を失った世界では、道に迷う魂が出ても不思議ではない。
オリビアのスキルは、多くの魂が彷徨う現状に影響を受けたのかもしれん」
「…………転生できずにいたのか……」
「俺は迷ってねぇよ!ここに留まる選択をしたんだ、だから辛気臭ぇ顔するんじゃねぇよキャット!
割と楽しく過ごしてたぜ?煙草は吸っても減らねぇし、お前みたいに空飛べるしな!それに――」
ライラックはナスタチウムの背中をバシバシと叩くと豪快に笑った。
「こいつと話ができたしな!」
「死んでるくせに元気な男だ…………」
「だはは!……キャット、これからは俺達も一緒に戦うぜ!」
「…………ゴーストのお前に何ができるんだよ」
「おいガキ‼︎なんだその言い方は‼︎お前200年も生きといてそっちの方はまったく成長してねぇんだな⁉︎」
「うるさいな‼︎シオンたちの前でやめろよ‼︎」
「ったく……それと、そう思ってるのは俺達だけじゃねぇぞ!
お前達の話を聞いて、手を貸したいっていう奴らは多くいる。…………死者だがな!」
ライラックはちらりとキャットの後ろに視線を向けるとにっと笑った。
スキルが解放された事で魂が見えるようになったオリビアは、同じくそちらに視線を向けると、とある魂と目が合った。
しかし、その魂は優しく微笑むと静かに消えてしまった。
キャットは2人の視線に怪訝な顔をした後、ゆっくりと深呼吸してから口を開いた。
「とりあえずオリビアちゃんのスキルに関しては分かった。…………よし、これからの事を話そうか」
オリビアは頷くと、軽く後ろを振り返った。
「現状、四葉とクロッカスの事はたぶん気付かれてない。でも、私はもうヴァイス側には戻れない。
女神は私達3人を異端者として半年後に連れて来るように勇者たちに話してた。シオンだけは生かして連れて来るように言ってたけど……」
「オリビア……」
シオンはなんともない顔でそれを口にするオリビアに強く胸を締め付けられた。
自分がもう少しうまく立ち回っていれば――
「シオン、私は大丈夫よ。あのまま何もしなかったら……もっと最悪な事になってたと思う。これでよかったの。キャットの言う通り、今はこれからの事を考えましょう」
「しかし……いや、そうじゃな……」
「……あのスライムがいる限りシオンの能力が効かない上に、これから俺達は勇者2人にその仲間……そして恐らくヴァイスの軍まで相手にしないといけない。いくらオリビアちゃんが強くなったと言っても、今のままじゃ確実に負ける。
半年後の創造神復活に向けて、どうするか……」
「シュバルツの魔族達に戦わせればいい」
ナスタチウムは煙草の煙を吐き出しながらシュバルツの地を見下ろした。
「生き残りは数少ないが、オリビアかお前と契約させればそこにいるサキュバス達のように、魔族であっても勇者の加護を得られるだろう」
「……本気で言ってる?魔族がヴァイスの人間と契約するわけないじゃない……」
「反発するだろうな。だが、シュバルツのやり方で従わせればいい」
ナスタチウムの言葉にサキュバス達は表情を明るくするとオリビアを囲んだ。
「オリビア様やりましょう‼︎オリビア様が新たなシュバルツの王になるんです‼︎」
「ちょっと‼︎勘弁してよ‼︎」
「だが、戦力がいるんだろう?」
オリビアは助けを求めるようにキャットへ視線を向けると、キャットが口を開く前にシオンがその提案を却下するように声を張った。
「ダメじゃ‼︎それはシュバルツの魔族が納得するまで戦い続けなくてはならん‼︎オリビア1人では――」
「1人じゃねぇだろ」
ナスタチウムは自分を指差した後、ライラック、オリー、サキュバス、キャット、シオンを順番に指差して、にっと笑った。
「俺達がオリビアの手足となり、武器となろう」
「前に話した蜘蛛の魔族や鼠の魔族もオリビア様の話をすれば協力してくれると思います‼︎」
「ちょ……!なんで私なのよ‼︎キャットの方が――」
「ごめん。俺はヴァイスに戻らなくちゃならない」
「はぁ⁉︎危険だわ‼︎」
「俺はスキルがあるからヴァイスでバレずに行動できる。
シュバルツとヴァイスを行き来して情報を集めるよ。
それにクロッカスや黒髪の勇者様に話をしないと…………とりあえずオリビアちゃんが魔族を従えられるようにしばらくはこっちに残って――」
「待て待て‼︎僕はまだ反対じゃぞ‼︎何故オリビアをシュバルツの王にする方向で話が進んでおるんじゃ‼︎オリビアをこれ以上――」
「オリビア」
シオンが慌てて声を上げると、ナスタチウムがそれを遮るようにオリビアに声をかけた。
ナスタチウムはオリビアを真下から見つめながら煙草の煙を吐き出し、目を細めさせた。
「お前は世界の未来の為に覚悟を決めた、そうだろ?」
「…………」
「シオン、今のお前達だけじゃ負ける。分かってるだろ?」
「し、しかし……」
「他にいい案はあるのか?ないだろ?
可能性のある道は見えてんだ。なら、そこを進まなくてどうする」
ナスタチウムはオリビアの鼻先に指を向けた。
「オリビア、半年しかねぇんだ。無駄死にするつもりなら問題はないが、抗うつもりならうだうだしてる時間はねぇぞ」
ナスタチウムの言葉にオリビアは苦悶の表情を浮かべた。
勇者達の側にいたオリビアは彼らの強さを知っている。
四葉やクロッカスを除いても、パキラとカクタス、そして他の仲間達や兵士達――ヴァイスを自分達だけで相手にしようと思うと、勝てる未来は想像できなかった。
オリビアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出すと、その表情を引き締めた。
「…………チュー、その蜘蛛の魔族や鼠の魔族に話をしておいて」
「オリビア様……!」
「皆、力を貸して」
シオンはオリビアの表情に覚悟を感じ取り、悔しげに目を伏せた。
ゴースト3人とサキュバス達は笑みを浮かべて力強く頷き、キャットは首を左右に倒してパキパキと骨を鳴らした。
「今までオリビアちゃんに任せっぱなしだったし、しっかり働きますかーどれぐらい相手にしなきゃいけないかまだ分からないけど、こっちには元勇者2人に魔王、魔族、そして神様がいるんだ」
「ちょっと‼︎私を忘れてるわよ‼︎」
「あはは!そうだね、エルフのお嬢さんもいる。やれるさ」
キャットがオリビアに視線を向けると、オリビアは笑みを溢して顔を上げた。
「この世界に生きる人、そしてあんた達死者の為にも、半年後――今度こそは神を倒して世界の未来を掴む」
「よし、いい返事だ。とりあえずスパイダーマイトに向かうといい。シュバルツの端だ、勇者達もそう簡単には来れんだろう」
「そうだね、そこまで移動しよう」
「分かったわ。……シオン」
「……なんじゃ?」
オリビアはシオンを見つめ、少しだけ間を置いた。
その沈黙の中で、オリビアの胸にずっと引っかかっていた疑問が浮かび上がる。
「…………この戦争の始まりのことを、ちゃんと知っておきたいの。
シオンと創造神に何があったのかを」
――創造神の暴走、この戦争の始まり。
その引き金を知る事が、未来を変える鍵になる気がした。
苦々しい顔をするオリビアに、シオンは静かに目を閉じて小さく息を吐き出した。
「…………そうじゃな」
「今じゃなくても、落ち着いてからでいいから……」
「いや、スパイダーマイトまでは距離がある。今、話そう」
そう言って、シオンは悲しげに微笑んだ。
「この戦争を起こしてしまった、僕らの罪を――」
――――
シオンが、創造神――アカネと出会ったのは高校2年生の時。
日差しが春の終わりを知らせるようにじわりと肌を焼き付ける頃の事だった。
「時津 紫苑です、よろしくお願いします」
シオンは母の病死で田舎から、都会にいる父の元へやってきた。
転校したくなかったシオンは父を説得したが、聞き入れてはもらえなかった。
「どこから来たんだっけ?」
「…………岡山」
「岡山ってどこ?」
「ねぇねぇ!これって今話題のやつだよね‼︎紫苑くんってもしかしてお金持ち⁉︎」
「別に……」
「あ、はは……えーっと……」
シオンが転入して1ヶ月が経った。
最初は群がるようにシオンの元に集まっていたクラスメイト達は、次第にシオンから興味を失い話しかける事は少なくなった。
その理由はシオンにあった。
「おい時津、金貸してくれよ!お前の家金持ちなんだろ?」
「…………」
「おい無視すんなよ!」
「やめとけよ、知らねぇのか?こいつカードしか持ってねぇの。この前それ取ってったやつ、警察とか弁護士とか色々大変だったみたいだぜ」
「警察に弁護士……?そこまですんのかよ……引くわ……」
「知らないのか?盗みは犯罪だって」
「なんだと⁉︎」
「だからやめとけって!ほら行くぞ」
「チッ……顔良くても性格終わってるよお前……」
シオンはクラスメイトと関わることにひどく消極的だった。
話しかけられても短く返すだけ。
長く話をする時と言えばケンカを売られた時。
その態度に多くのクラスメイトは関わることを避け、中には強い反感を持つ者もいた。
「作間〜新作飲み行くけどお前も行くかー?って、また喧嘩したのか?ボロボロじゃねぇか」
「ちょっとな…………今金欠だからまた今度にするわ」
作間 茜はクラスメイトの1人だった。
シオンが転入して来た時には停学中で学校に来ておらず、シオンの事は「顔はいいけど性格の悪い転入生」とだけ聞いていた。
シオンはクラスメイトと距離を置いている上に、アカネはシオンに興味はなかった。
決して関わる事はないだろうと本人達も含めて誰もがそう思っていた。
それを変えたのは“二輪 撫子“という学級委員長の存在だった。
「時津くん、作間、提出物出してないのあんた達だけよ」
「は……?」
「……そんなのあったか?」
「先週に話があったでしょ……日直の人から聞いてないの?」
放課後、
撫子はさっさと帰宅しようとするシオンと、教室で他のクラスメイトと戯れるアカネをふん捕まえて提出物を出すように言った。
提出物の話など聞いていない。
シオンはクスクスと笑い声が聞こえて来るとそちらを睨み付けた。
「(幼稚だ……)」
「先週……あっ!最悪だ忘れてた……」
「もう……手元にはある?あるなら残ってやって。出さないと内申下げるって。作間は特に、やばいわよ」
「はぁ⁉︎ホント最悪だ……見逃してくれよ撫子……」
「時間が勿体無いわよ。部活終わったら取りに来るから、ちゃんと終わらせてよ」
「くっ……」
日が傾き、教室が夕日の色に染まって行く。
ペンを走らせる音と、遠くで聞こえる部活に励む生徒の声。
気付けば教室には、シオンとアカネしか残っていなかった。
アカネは適当に記入してペンを置くと、ちらりとシオンに視線を向けた。
「適当に書けば?」
提出物を置いて帰ろうと思っていたが、真面目に問題を解いているシオンに、アカネは思わず声をかけた。
「ほっとけ」
そして彼は、声をかけてしまった事を後悔した。
噂に違わぬ性格だ。
アカネはシオンの態度を不愉快に感じて、机の上を片付けた。
当たるように鞄に全て押し込むと、睨むようにシオンへ視線を向ける。
すると、シオンの鞄のポケットに手帳のような物が入っているのに気付いた。
――軽く揶揄ってやろう。
アカネは慣れた手つきでヒョイっと手帳を取り出した。
シオンは集中していた事で遅れてそれに気付き、声を荒げた。
「返せ‼︎」
「お前高校生の癖になんだよこの手帳、じじくせー……内容は――」
「やめろ‼︎」
「ははっ!必死過ぎだろ!やべーことでも書いてあんの?」
手を伸ばすシオンを避けながら手帳を開くと、一枚の写真が床へ落ちる。
シオンはそれを慌てて拾い上げアカネに対して怒声を上げた。
「ちばけんな‼︎」
「は……?ちば……?」
「返せって言よーるじゃろ‼︎こねぇな事して楽しいんか⁉︎
ここは幼稚で最低なやつばーじゃ‼︎
やっちもねー‼︎」
「…………」
「あっ…………」
呆気に取られるアカネを見て、シオンはハッとして口を押さえた。
アカネはシオンの反応に、口を歪ませて笑った。
「……お前……もしかしてあんま話そうとしなかったのって……方言のせいか?……ぷっ……言よーるじゃろ……おじいちゃんみてぇだ……ッ⁉︎」
アカネが言い終わる前に、シオンは彼を殴り付けた。
少し改稿しました。




