ep.67 夢
「クソ鳥こそなに言ってるの……?」
「いや……え……?だ、だって…………」
サキュバス達の困った様子を見て、ヘリーは彼女達がふざけていない事に気付き言葉を詰まらせた。
チューは少しだけ中の者達に鼻を近づけくんくんと匂いを嗅ぐと、頷いて再びヘリーに視線を向けた。
「ほら!見た目はオークみたいだけど、オークと違って性のニオイが薄いし……やっぱエルフだよ!オリビア様と同じ森林のいい香りがするもん!」
「本気で言ってるんですか……?」
「冗談言うわけないでしょ⁉︎たぶん改造されたエルフだよ‼︎」
ヘリーは慌ててサキュバス達の話をオリビアに伝えると、オリビアからの問いかけに恐る恐る牢の中の者達に視線を向けた。
「…………髪はないです……手の甲に石も見当たりません…………」
「あんた達オリビア様の知り合い?」
「ただいま」
「わーっ!暴れないでってば!……ん〜このエルフは特にオリビア様と同じ匂いがする……オリビア様の名前に反応してる気もするし…………ただいまってどういう意味?」
「ただいま」
「それ鏃?それがどうかしたの?」
――――
「…………」
オリビアはヘリーからの報告を聞いて言葉を失った。
サキュバス達がエルフだと言っている“ソレ”は、
自身と同じ匂いがする。
自身の名前に反応し、ただいまと繰り返している。
亀裂の入った土の壁からこちらを覗き、
『ただいま』
とこちらに声をかけるモドキの姿が脳裏に浮かぶ。
そして、
『…………問題が解決したら……一緒に狩りに行こう』
『えっ!ホントに……?』
“ソレ”が鏃を見せて来たという話に、父との会話を思い出した。
「…………ぅっ……!」
「オリビア⁉︎」
オリビアは口元を押さえてテントから飛び出すと茂みの影に倒れ込み胃液を吐き出した。
蛇の魔族は様々な種族を改造している――
いや、まさか、そんなわけがない、きっと偶然だ。
モドキを見たのはヴァイスだ。シュバルツじゃない。一瞬でも“ソレ”が父だと疑うなんて……
オリビアが口元を拭い立ち上がろうとした時――
『俺がいた時は水槽にいるか海でヴァイスに魔族を運んだり、逆にヴァイスから人を連れ出したりする仕事をしてたんだけど……主は戦闘力も従順さもよく褒めてた。……面倒なやつだと思うよ』
カランコエの言葉を思い出し手足の先が冷たくなるのを感じた。
「オリビア!」
カクタスがテントから出てくると、座り込むオリビアに慌てて駆け寄った。
オリビアはハッとすると、胸を押さえ息を落ち着けた。
「顔色が悪い……少し休んで…………」
「オリビアさん!サキュバスから伝言が……!」
「ヘリー後にして!」
「待って、聞くわ…………チュー達はなんだって……?」
ヘリーが続いてテントから出て来ると、オリビアの様子に心配そうにしながら、サキュバス達からの伝言を伝えた。
「知り合いかもしれない、もし確認するなら……近くに来たら教えて欲しい、夢でなら話せるかも、と」
オリビアは会議を途中離脱して、負傷者用のテントへ連れて来られた。
「違う……違うに決まってる……偶然だ……」
オリビアは膝を抱えてぶつぶつと自分自身に言い聞かせるように何度も言葉を繰り返すと、サキュバスからの伝言を思い出して眉を寄せた。
「……夢……」
サキュバスは夢魔とも呼ばれている。
オリビアの知る彼女達は快楽を覚えてしまった為に現実で性を搾取しているが、本来は夢に入り込み男を誘惑する生き物だ。
『夢の中なら改造される前……魂の形で現れると思うから、話ができると思う!今のあたいならオリビア様も一緒に夢の中に連れて行く事ができると思うの!分かんないけど、このエルフもオリビア様に会いたがってると思う……だから…………』
ヘリーから伝えられたチューの言葉にオリビアは二の腕に爪を立てた。
「違う……お父さんじゃない…………会う必要なんてない…………」
「オリビア大丈夫……?」
外からかけられた声に、オリビアが入り口を開けると、そこには心配そうにするカクタスがいた。
「…………カクタス」
「ん?」
「今日はここにいて」
「えっ……」
「お願い……」
オリビアは縋るようにカクタスの手を握り、懇願した。
弱々しく、消え入りそうな声。
カクタスは彼女の様子に胸を痛めながら、背中を軽くぽんぽんと叩いて頷いた。
――――
「嬢ちゃん大丈夫か?」
「大丈夫よ」
あれからカクタスはオリビアの側にずっとついていた。
時折、横になるオリビアの頭を安心させるように優しく撫でてくれたおかげか、出発の頃にはオリビアは落ち着きを取り戻していた。
「また体調が悪くなったら教えて」
「ありがとう。心配かけてごめんね」
オリビアが笑顔で答えると、カクタスはその笑顔にどこか危うさを感じたが、それ以上触れられなかった。
魔物や魔族を倒しながらロンジコーンを進んで行くと、カランコエがそろそろバークビートルに入るとカクタスに伝えた。
ヘリーの話ではサキュバス達は頑張って生き残っているようだった。
誓約魔法をかけられたようだが、内容はシンプルに蛇の魔族に従うという物だった。
「そう……蛇の魔族を倒すまで、潜入チームには戦いの邪魔にならないように隠れててもらわないとね……」
「ですね……まあ、サキュバス達は戦闘要員ではなく、蛇の鑑賞品として扱われていますが……」
「鑑賞品?…………ひどい扱いは受けていない?」
「はい!蛇の魔族は彼女達を美男子に変身させてしばらく眺めて満足したら帰って行く感じで…………食事に関しては適度であれば群れの魔族から摂取していいと言われています。高待遇と言えば高待遇ですね」
美男子という部分は置いておいて、サキュバス達が無事である事を聞いて少しだけ安心すると、ヘリーがそう言えばと言葉を続けた。
「恐らくオリビアさんの探しているマナエルフ達はこの部屋にいるかと」
マナエルフ――オリビアが本来探していた村人達は地下ではなく、屋敷の中にいるようだった。
姿は確認できていないが、ローレルがこの部屋をよく訪れているのをヘリーとサキュバス達が確認したらしい。
「ローレルというエルフが同じエルフのメスの匂いを纏ってこの部屋から出て来ると言っていたので間違いないかと……」
「教えてくれてありがとう」
彼女達だけでも保護できればいいが……
オリビアが深く息を吐くと、カランコエが近付いて来た。
「ねぇ」
「ん?どうしたの?」
「地下の奴らはどうするの?」
「カランコエ!」
カクタスは慌ててカランコエを止めた。
何が悪いのか分からず首を傾げるカランコエに、オリビアは苦笑を浮かべて口を開いた。
「…………夢で会ってみる。知り合いでも、知り合いじゃなくても、話を聞いてみて、蛇の魔族の被害者なら……どうにかしてあげたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
「…………」
「カクタス?」
「あっ……そうだね…………その時は王様達に、相談しよう」
「うん」
――オリビアの表情はあの時からずっと、どこか貼り付けたようなモノに見える。
自然なようで不自然。
しかし、それを指摘すればどうなるか分からない。
カクタスは言いようのない不安に思わず顔を背けた。
問題がなければ次の日には蛇の魔族の屋敷に辿り着くだろうと、蛇の魔族攻略の会議が行われた。
サキュバス達のおかげで、群れの種類や数、配置などは把握できている。
蛇の魔族が逃げ出す前に迅速に群れを片付けたい。
案を出し合いながら作戦を立て、会議は終了。
隊長が兵士達に会議で決まった作戦等を連絡しに出ると、オリビア達も後に続いてテントを出た。
「オリビア様!」
するとそこに偵察チームのサキュバスが一人やって来ると、オリビアは耳をぴくりと動かした。
「チューから話は聞いています!オリビア様と一緒に夢を渡る為に来ました!」
「よろしくね」
「オリビア」
カクタスが駆け寄って来ると、オリビアはどうしたのかと首を傾げた。
「俺、側についてようか?」
「大丈夫よ。手出して来たら容赦なく殴るし」
「ありがとうございます‼︎じゃなかった……オリビア様ったらひどいです‼︎」
「そうじゃなくて…………」
「大丈夫」
オリビアは笑顔で答えると、サキュバスと共に個別で用意してもらったテントへと向かった。
「ただ眠るだけでいいの?」
「はい!うちがオリビア様の夢の中に入って、チューの所に連れて行きます!そしたらチューがそのエルフの夢にオリビア様を連れて行ってくれるはずです!」
オリビアはテントで横になると、静かに目を閉じた。
サキュバスが変な気を起こすかもと心配したが、事情を知っているからか横で大人しくオリビアが眠るのを待っているようだった。
「いざ寝ようと思っても眠れないわね……」
「子守唄でも歌いましょうか⁉︎」
「あんた歌えるの?」
「任せてください‼︎…………ぬぇんぬぇんこぉろぉりぃよぉ〜」
「もういいわ、やめて」
「えっ⁉︎ラスト様には好評だったのになぁ…………」
「…………」
どの世界でも子守唄はそれなのかと考えていると、神が元高校生の人間だということを思い出し納得した。
「(そういえば……)」
この世界の母が、自然の音が子守唄だと言っていた事を思い出した。
眠れないと母はいつも耳を澄ますように言っていた。
オリビアは静かに自然の音へと耳を傾けた。
風の音、その風で葉が擦れる音、そして枝が軋む音――
水の音
「!」
次の瞬間、
オリビアは白い空間にいた。
木々もなければ匂いも、風もない。
空まで白いその空間はとても異質で、ここが夢の中なのだとオリビアに教えているようだった。
「オリビア様ではこちらに…………えっ⁉︎あれ⁉︎お、オリビア様で合ってますか……?」
サキュバスはオリビアの姿を見て驚いた顔をしていた。
『魂の形で現れると思うから、話ができると思う!』
チューの言葉を思い出すとオリビアはハッとした。
魂の形で現れる、それは自分にも当てはまるはずだ。
今の自分は――
「鏡!何か今の姿を見られるものは⁉︎」
「えっ‼︎あ、えっと‼︎ちょっと待ってください‼︎」
サキュバスが鏡を作り出すと、慌ててそれを覗き込んだ。
「…………だ、誰……?」
前の世界での自分が映し出されていると思っていたが、鏡に映っていたのは前の世界の姿でも、オリビアの姿でもない、
まるでその二人を合わせたような見た目をした人間が写っていた。
顔はオリビアの顔をしているが、耳は人間の物で腰の辺りまで伸びた髪色は、緑や茶髪でもない――黒い髪をしている。
困惑していると、サキュバスが恐る恐る声をかけて来た。
「オリビア様……?」
「あ……そう、よ…………なんでこの姿なのか……」
「うちにも原因が分からないです……すみません‼︎うちのミスです‼︎お仕置きしてください‼︎」
「ちょっと黙って‼︎…………どうしよう……この姿じゃ……」
「と、とりあえずチューの所に行ってみませんか……?」
サキュバスは頭を抱えるオリビアにそう声をかけると、オリビアは顔を上げて小さく頷いた。
「……そうね……この姿でも確認はできるし…………行きましょう……」
サキュバスはオリビアの手を握り上に向かって手を伸ばすと、赤い糸が空から降りて来た。
サキュバスがその糸を掴むと景色が一瞬で変わる。
辺りは木々に囲まれ、暖かい風がオリビアの頬を撫でると、夢の中であることを忘れてしまいそうだった。
「オリビア様お待ちして…………えっ⁉︎」
「チューどうしようオリビア様の姿がなんか違くなっちゃって……」
「部下の失態‼︎上司のチューが責任を取ってお仕置きを受けます‼︎」
「誰が部下だよ‼︎うちがお仕置きを受けます‼︎」
「そういうのいいから‼︎…………エルフの所に連れて行ってくれる?」
「あそこにいますよ!」
チューの言葉に視線を向けると、木々の先――広い草原に彼はいた。
黄緑色の髪を風に揺らして立つその姿は、最後に見たあの後ろ姿と同じだった。
オリビアは駆け出した。
一歩を踏み出す度に彼女の体は徐々に変化していき、彼の元に辿り着いた時には、村にいた時の――過去のオリビアへと姿が変わっていた。
振り向いた彼は――“オリビアの父”だった。
「オリビア」
「ああっ……そんな…………お父さん……っそんな…………」
オリビアは父であると最後まで信じたくなかった。
悲しげに笑う彼は、父で間違いない。
しかしそれはつまり、彼が改造によってモドキにされてしまったという事。
オリビアは父の前に座り込み声を上げて涙を流した。
「すまないオリビア」
「……お、父さんは…………何も、悪くないじゃない……っ!」
「…………詳細を話そう」
チューから話を聞かされていたのか、父はオリビアの背中を撫でながら話を始めた。
いなくなった村人を捜索している最中、複数のモドキとゴブリンに遭遇した。
そして、通常のモドキとゴブリンとは違った動き、そしてその数に苦戦を強いられ――戦いの末、捜索隊は彼らに敗れた。
殺されるかと思っていたが、ゴブリンから何かを刺され、気付いた時にはあの姿になっていたという。
「ゴブリンに連れられて海辺に出た時に、蛸の魚人と喋る蛇に会った。
俺達がマナエルフだと気付くと蛇はゴブリン達を叱りつけ、俺達に若い村人を連れて来るように言ったんだ。……モドキになった事で、思考能力が落ちたせいか……村に帰りたい、帰られるのならとその思考だけで誓約魔法を結び、お前達を………………本当にすまない……」
「……そんな事が……っ……カクタスと……赤髪の勇者様に話をするわ……!お父さん達も保護してもらう……!今は無理かもしれないけど、なんとか元に戻せる方法を……!」
父はオリビアの手を優しく包み込み首を振った。
「……オリビア、戦わず逃げてくれ。あの蛇の群れは強力だ。……蛇はこの戦いで勇者達を倒す為にローレルを更に改造した」
『おのれ蠍め……あいつの血が濃いせいでローレルの顔があんなに醜く……!チッ……美しく従順でいい駒だったがこうなっては…………蠍の残った部分を用意しろ!それからローレルを呼んで来い!』
『また彼を改造なさるので?……更に美しい部分がなくなってしまうかと』
『中途半端に美しくあってどうする!勇者達がもう近くまで来ている!他の雑兵に力をやるよりローレルを強化する方が勝利に繋がる!それに、もし負けても……醜ければ惜しくない』
『……承知いたしました』
『他のマナエルフはすぐに移動できるように準備させておけ!…………この醜いマナエルフモドキは脱出用に残して――』
夢の中だからだろうか――
蛇の魔族と蛸の魚人の会話が頭に流れて来ると、オリビアは怒りに顔を歪ませた。
「…………俺達もローレルも、今の状態では戦えと命令されればお前が相手でもきっと殺しにかかる。お前をこの手にかけたくない。……頼む……逃げてくれ……」
「…………」
父は静かに涙を流した。
それを見たオリビアは唇を噛み締めて小さく首を振った。
「……必ず助ける」
「無理だ。……俺達も、ローレルも……恐らくもう戻る事はできない……」
「可能性はまだあるはず」
「オリビア……」
「私は……絶対に逃げないよ、お父さん」
オリビアは涙を流しながら笑みを浮かべると父に抱き付いた。
「お父さん……生きてるんだから、約束は守らないと。私との約束、覚えてるでしょ?」
「おーい」
「……おじさん?」
そこに他のマナエルフ達が集まって来た、捜索に向かった村の男達、屋敷にいる村の女達、そして――
「父ちゃん……?」
少し改稿しました。




