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ep.57 やましい気持ち

 

「アニキ‼︎」

「四葉‼︎」

「カクタス‼︎」



 兵士達の鎮圧を終え、魔族も片付け終わると慌てて仲間達が勇者達へ駆け寄った。

 三人の表情には悔しさが滲んでいた。



「クソッ…‼︎」

「すみません…」

「いや…俺様がしっかり仕留めてれば……」


「早く治療を‼︎」

「はい‼︎」



 白魔法士に怪我の治療を頼み、彼らの怪我の様子を見ると、

 パキラは毒を少し吸ったのか顔色が悪く、カクタスや四葉も多くの傷を負っていた。



「拠点に解毒薬があったはずです!すぐに持ってきます!」

「いや、俺が連れてく!」

「ヘリーも付き添います!」



 パキラはビンカに連れられ先に拠点に向かうと、カクタスと四葉はその場で白魔法士の治療を受けた。



「四葉様はまだマナが残っているので問題ありませんが…赤髪の勇者様は血を止める事しか…」

「そんな…」

「平気だよ…っ」

「肋骨の骨折はマナが回復次第優先的に治します。その他の傷は一度応急処置を施して……」


「ちょーっと失礼しまーす」



 キャットが白魔法士の肩を叩くと、オリビアに視線を向けた。



「エルフ様、マナどのぐらい残ってます?」

「どのぐらいって……」

「そうだなー…今地属性魔法で拠点周りを壁で囲う事ってできます?」

「できると思うけど…」

「ならなんとかなりそうだ」



 キャットがオリビアに消毒液とナイフを手渡すと、白魔法士の方を向いた。



「エルフ様のマナを使って赤髪の勇者様を治療しましょう」


「そんな事が可能なの?マナの譲渡はできないはずだけど…」


「通常、触れるだけではマナの譲渡できないんですが、血液を介すことでそれが可能になるんですよ。ダメージが大きいので治るまで供給し続けなくてはいけないでしょうが…それだけのマナがあれば問題ないはずです」


「お待ちください、そんな話は聞いたことありませんが…」


「この治療方は感染症リスクだけじゃなく、譲渡する側のマナを必要以上に吸い取るってんで教会側が良しとしなかったみたいで、知ってる人が少ないって大昔おじいちゃんが言ってましたー!」



 白魔法士とカクタスは彼の言葉に困惑気味に視線を合わせたが、オリビアはすぐに行動した。

 消毒液をかけて掌を切ると、それをカクタスの傷口に合わせるように添えて白魔法士に声をかけた。



「やりましょう」



 カクタスが困ったように眉を下げて口を開こうとすると、オリビアは圧をかけるように彼を見つめた。

 カクタスは申し訳なさそうに視線を落とすと、白魔法士が戸惑いながらカクタスの治療を開始した。



 キャットの言っていた事は本当だったようだ。


 血を介してオリビアのマナはどんどんと吸い取られていく。

 普通の人間がやればすぐにマナが枯渇し倒れてしまうだろう、オリビアは内心自身のマナが足りるかどうか心配しながらカクタスの治療が終わるのを待った。



「よし…終わりました!」

「よかった…」

「オリビア顔色が…!」

「大丈夫よ、カクタスの怪我がなおってよかった…」

「オリビア……」

「エルフ様、拠点で休みましょう」



 まるで貧血になった時と同じように頭がくらくらと揺れる感覚がオリビアを襲う。

 そんなオリビアをキャットが支えるように肩を抱くとそのまま拠点へと連れて行かれる事になった。

 ――オリビアが軽く振り返ると、悔しそうに顔を歪ませて魔族の逃げて行った穴を見下ろすカクタスの姿が見えた。














「キャット、ありがとう」

「大した事してないよ〜」

「カクタスの怪我の事も…」

「マナの回復を待ってもよかったんだけどね〜赤髪の勇者様がイタイイタイで眠れないのは可哀想だったからさ」

「あんた…ホントカクタスが好きね…」



 キャットがその言葉におかしそうに笑って「ファンですから」と答えると、オリビアの手の怪我を手当てして立ち上がった。



「オリビアちゃんのおかげで被害は最小限に抑えれた。逃しはしたけど、あれはしばらく警戒しなくて良さそうだ」

「そうかしら…」

「あらら、心配性なんだから…ゆっくり休んで。俺はシオンの所に戻るよ」

「ん…」



 オリビアの意識が遠のく中、

 キャットが安堵の息を吐く様子が見えた。






 ―――――


 オリビアが目を覚ますと、そこにはカクタスの姿があった。

 慌てて体を起こすとカクタスはそれを止めてオリビアをゆっくりと寝かせて苦笑を浮かべた。



「驚かせてごめん」

「ううん…カクタス大丈夫?」

「俺は大丈夫だよ。…ごめんね…それからありがとう」

「いいのよ」



 オリビアが笑みを向けると、カクタスは申し訳なさそうにしながらオリビアの左手に巻かれた包帯を見た。



「…今、どんな状況か教えてもらっていい?」



 カクタスが気にしすぎないように話題を振ると、彼は静かに現在の状況をオリビアに伝えた。



 オリビアは体感何日か寝ていた気がしていたが、まだ数時間しか経っていない事を知った。


 そして、パキラは少し毒を吸ったが、今は解毒薬のおかけで回復した事、

 黒魔法が解けて全員正気を取り戻し、怪我をした者は治療を受けて各テントで休息を取っている事、

 フォティニア達は申し訳なさから、勇者や他の仲間達に謝って回り、負傷した勇者の代わりに兵の指揮と、上級魔族との戦いでまたしばらく拠点に留まる事になった為、その準備をしている事をカクタスから聞いた。




「オリビアが気付かなかったら、もっとひどい被害を受けていたと思う。本当に、ありがとう」


「…索敵の話が出た時に、私もそういう事ができたらって思って…まさかこんな大物が引っかかるとは思わなかったけど」



 オリビアは視線を逸らしながらそう言うと、カクタスは静かに視線を落とした。


「…オリビア」

「ん?なに?」


「……いや…なんでもない…。出発は全員の回復を待ってからになった。オリビアがゆっくり休めるように俺達は別のテントにいるから…何かあったら呼んで」

「分かった。ありがとう」



 カクタスはオリビアの頭を軽く撫でると、テントから出て行った。

 その後ろ姿にどこか既視感を感じながら見送ると、オリビアはアームカバーを外し自身の手の甲に目をやった。

 ひどく濁った神の石、そしてまた少し濃く、二の腕の方まで伸びた痣に眉を寄せると再びアームカバーを付け直しオリビアは静かに目を閉じた。


「これ以上痣が広がらないように気をつけなきゃ…」














 ――――


 オリビアが再び目を覚ますと、テント内は真っ暗だった。

 毛布がいくつも自分にかけられている事に気付き驚きながらゆっくりと体を起こすと、

 少し怠さはあるものの目眩はなく、殆ど回復した事を感じ静かにテントから出た。


 外は肌寒く、他のテントから寝息と大きないびきが聞こえてくると、静かに息を吐き手を擦り合わせた。



「オリビア?」



 後ろから声が聞こえ振り向くと、パキラのテントからカクタスが顔を覗かせていた。



「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん、起きてたから大丈夫だよ。オリビア体調は?」

「もう平気よ」



 カクタスがテントから出てオリビアの肩に毛布をかけると、彼はホッと胸を撫で下ろした。



「日が昇るまでまだかかるけど、眠れなさそう?」

「ちょっと喉が渇いて……水を飲んだらテントに戻るわ」

「用意するから待ってて」

「大丈夫よ、カクタスは休んでて」

「俺はオリビアのおかげで元気だから。テントに戻ってて、持ってくる」



 カクタスはそう言って眉を下げて笑うと、水を取りに巣の外へ向かった。



「ここにも水があるはずだけど……」



 オリビアは外に向かったカクタスに不思議そうにしながらキョロキョロと辺りを見回すが、水のある場所が分からず大人しくテントへと戻った。




「お待たせ」



 しばらくしてカクタスが温められた水を持って来るとオリビアは驚いて彼を見た。



「わざわざあったかいの持って来てくれたの?」

「あんまり体を冷やしたら良くないと思って…冷たい方がよかった?」

「ううん、ありがとう」



 オリビアが嬉しそうに笑みを溢すと、カクタスは「よかった」と笑みを浮かべて彼女にコップを渡した。



「それじゃ、俺は戻るね。コップは飲み終わったらテントの外に置いておいて」

「えっ」

「…え?」



 カクタスが立ち上がりテントから出ようとすると思わずオリビアは声を漏らした。

 カクタスが首を傾げると、オリビアは顔を赤くして唇を尖らせた。



「……私はもう大丈夫だから、一緒に寝てくれると嬉しいんだけど…」

「う、うーん…それはちょっと…無理、かな…」

「はぁ⁈」



 カクタスが苦笑を浮かべて断るとオリビアは目を見開き驚いた後、羞恥と不満に顔を真っ赤にしてカクタスをぽかぽかと叩き、彼は慌ててそれを腕でガードした。



「ちょ、オリビア…お、落ち着いて…」

「なんで断るのよ!」

「いや…それは…」

「努力するって話はどこいったのよ!」

「ちょ…」

「いくらなんでも抑えすぎ!極端すぎ!私の事好きな…」

「オリビア!」



 カクタスが腕を掴んで言葉を遮るように名前を呼ぶと、彼は顔を赤くしてじっとオリビアを見つめた。



「ストップ」

「ぅ…」

「……言ったでしょ、終わったら気持ちを伝えたいって…それ以上言わないで」



 カクタスはむっとした表情を浮かべると言葉を続けた。



「かっこつけて宣言したから、頑張って我慢してるんだよ」


「……」


「…それに、いつもは皆がいるから我慢できてるだけで…俺だって男だからさ、やましい気持ちになる事だってある。…これで納得できそう?」



 オリビアはカクタスの言葉に顔を真っ赤にしたまま目を泳がせると、しばらくしてしょんぼりとしながら俯き小さく頷いた。

 カクタスは彼女の様子に頭を掻いて唸り声を上げると、眉を下げて深く息を吐いた。



「……オリビアが眠くなるまでね」

「…いいの?」

「良くない。ずるいよオリビアは」



 カクタスはオリビアを寝かせると、不貞腐れた表情を浮かべながら胡座をかいて隣に座った。

 オリビアが苦笑を浮かべて謝ると、カクタスは顔を背けて膝に肘を置いて頬杖をつきオリビアの手を握った。



「我慢してる?」

「……オリビア、煽るならテントに戻るよ」

「ごめんなさい」



 オリビアはカクタスの手を握り返すと静かに目を閉じた。



「カクタスの話が聞けるように…私、頑張るからね…」

「……オリビア」

「ん…?」


「…何か、病気だったりする?」


「病気…?すこぶる元気だけど…」


「…ならいいんだけど……」


「……」


「…えっ、寝た…?」


 オリビアの顔を覗き込むと、彼女は静かに寝息を立てて眠っていた。


 カクタスは、自分の話を聞いておいてすぐに眠ってしまった警戒心のない彼女に対して、思わず大きく溜息を吐いた。

 そして、繋がれた手に視線を落とすと、余計な事を聞いてしまったと眉を寄せた。



 ―――彼の胸の中には、誰にも言えない一つの疑問があった。



『……私本当に……いえ、なんでもないわ』


『必ずなんとかしてやる』



 ―――つい気になって後を追いかけた時に耳にした会話。

 オリビアが攫い人の男ともう一人、シオンという男と通じている事を知ってしまった。


 会話の内容から裏切っているわけではないように思ったが、何故彼らと手を組んでいるのか…カクタスはそれを彼女に聞く事ができずにいた。


 カクタスは手で顔を覆って再度大きく溜息を吐き、オリビアの手をゆっくりと離すと、彼女の額に自分の額を合わせて目を閉じた。



「……はぁ…答えを聞くのが怖い…」



 小さく呟きオリビアから離れると、カクタスは彼女を起こさないように静かにテントを後にした。
















 ――――


「嬢ちゃん元気になってよかったぜ!」

「……あんたホントに毒くらったの?」


 オリビアはテントの向こうから聞こえる声に目を覚ました。

 瞼を擦りながらテントから出ると、そこにはこっそり酒を飲むパキラと仲間達の姿があった。



「アルコールで更に回復を促してんだ!」

「ジェンシャーン!青髪の勇者達がお酒飲んでるわよー!」

「ちょっ!嬢ちゃん静かに!」

「貴様らァッ‼︎」



 ジェンシャンが寝癖のついた髪を押さえながら怒鳴り声を上げてテントから飛び出すと、パキラ達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


 鬼の形相でそれを追いに走るジェンシャンを見送ると、その声に目を覚まして続々と他の者達もテントから出て来た。



「騒がしいわねぇ〜…あらオリビア!もう大丈夫なの?」

「ええ、マナも回復したし元気よ」

「オリビア殿、勇者様がとても心配していましたよ」



 ラークの言葉にオリビアがカクタスの方に視線を向けると、彼は昨日の事を思い出してか若干気まずそうに視線を逸らし頭を掻いた。

 そして四葉のテントからフォティニアが飛び出して来ると、半ベソをかきながらオリビアに抱き付いた。



「オリビア迷惑かけてごめんなさい‼︎」

「突然なによ…」

「フォティニア殿は黒魔法にかかった事をかなり気にしていて…昨日は俺達にずっとこんな感じで…」

「うぅっ、本当にすみません‼︎」

「あれは仕方ないわよ」



 オリビアがフォティニアの頭をぽんぽんと叩くと、それに続いてアマリリスとイベリスが申し訳なさそうな様子でやって来た。



「この度は…」

「本当に申し訳なく…」


「あんた達も、気にしなくていいわよ。私よりも止めてくれた人達に…」

「謝罪しました…本当にすみません…」



 二人の後ろにいたイキシアはそんな様子を見て苦笑を浮かべオリビアに軽く手を振った。



「フォティニアにも言ったけど、上級魔族が相手だったし、仕方ないわよ」

「そうそう!切り替えてこー!」



 リリーが二人の背中を叩き、フォティニアにもウィンクしてそう声をかけると、三人は鼻を啜りながら小さく頷いた。



「うぅ…イビキすごかった……皆おはよ…」


 四葉が欠伸を浮かべながらパキラのテントから出て来ると、アマリリスとイベリスはオリビア達に頭を下げてそちらへと向かって行った。



「とにかく全員無事でよかったわ」

「なんだかんだ一番の重症者はオリビアだったわね」

「……ごめん」

「もう…大丈夫だから気にしないで」



 カクタスが肩を落としながら謝罪すると、オリビアは彼の背中を叩いて慰めた。



 全員の回復を確認すると、改めてバークビートルへ向かう為の準備が始まった。



 上級魔族と対峙した事で戦意を失った者が多数出た事で兵士の入れ替わり、そして出発が遅れた事で物資の追加が行われた。



 オリビアはキャットとシオンの姿が見当たらず、心配に思いながら準備を整え、

 二日後、新たな編成部隊と共に拠点を出発した。



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