ep.23 攫い人
「いやぁ……まさか勇者様だったとは……」
カクタスたちは道から逸れ、少し開けた所にテントを張った。
魔物が近付かないように動物避けの香を焚くと、カクタスは焚火を囲んで座る彼らに乾パンと干し肉を手渡した。
「私達の分まですみません……」
「大丈夫ですよ」
カクタスが男性に笑いかけると、彼は気まずそうに笑みを返した。
子供たちは母親らしい女性の側で静かに乾パンを口に運び、老夫婦は先程から何度も水を口にしている。
「今日はゆっくり休んでください。何かあれば俺達が守りますので」
「魔物が出ても勇者様と俺が蹴散らすからな!」
「まっ!やーね、勇者様と俺、じゃなくて勇者様と俺達でしょ!」
「(なんだかんだ相性いいのよね、この二人……)」
オリビアが苦笑を浮かべながらラークとデイジーのやり取りを見ていると、
男性が鞄から一本の瓶を取り出した。
「勇者様、よければこれを……うちの村で作った果実のジュースです……お口に合えば良いのですが……」
「えっ、いいんですか?」
「はい……私共のワガママを聞いていただいたお礼です……ほら、お前達」
「……」
男性がカクタスたちにコップを渡すと、少年が男性から瓶を受け取り、震えながら近付いて来た。
顔は青白く、震えのあまり歯をガチガチと鳴らす様子にカクタスが驚くと、後ろにいた少女が見ていられなかったのかその少年から瓶を取り上げた。
「何やってんのよグズ‼︎」
「ぅ……うわぁぁあん‼︎」
少年が大きな声で泣き始めると、家族の顔色が悪くなった。
カクタスが慌てて少年を宥めるように背中を摩ると、彼は更に大きな声を上げた。
「な、泣かないで……そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
「ラークの顔が怖いんじゃなぁい?」
「むっ!俺は怖くないぞ!」
「そうよ、勇者様達に失礼だわ!私がやるから……!」
オリビアはつられて泣きそうになる少女を見ると、大きな溜め息を吐いて立ち上がり、その瓶を取り上げた。
男性の方を見ると、彼はびくっと体を跳ねさせ慌てて視線を逸らした。
「一つ聞いてもいいかしら」
「な、なんでしょう……」
「何故私達の人数分、コップを持っていたのかしら?避難するのにコップばかりこんなにいらないわよね」
「そ、それは……私達のコップをお渡ししたので……あ、いや……今我々が使っているのは水を飲む用で……そのコップは……果実ジュースを飲む為に……えっと……」
男性がしどろもどろになりながら答えると、オリビアは眉間に皺を寄せた。
「ジュース用、ね……」
「…………な、なにか疑っておられるのですか……⁉︎ひどいです……‼︎」
「そうよ、私とっても疑い深いの。不快にさせたのなら謝るわ、でもそのジュースはやっぱり頂くことはできない」
「そ、そんな……!一口、一口だけでいいのです……!」
「余程飲ませたいのね。なら先にあなたが飲んで、安全だと証明して」
「そ、それは……」
「飲めないの?どうして?……それから、やっぱり赤ん坊を見せてもらってもいいかしら?寝息一つ聞こえない、心配だわ」
「……ッ!」
男性の様子に皆もおかしいと思ったようで武器に手をかけると、男性は膝から崩れ落ち大量の汗を滲ませ震え始める。
そんな男を庇うように、老夫婦はオリビアの前に出て膝をつき頭を下げた。
「お許しください‼︎生きる為だったのです‼︎」
「……デイジーさん、鑑定眼でこれを見てくれる?」
「分かったわ。……やだっ!このジュース睡眠薬が入ってるわ!」
「なんでそんな事を……しかも、子供に……!」
声を荒げるフォティニアをカクタスが止めると、彼は老夫婦に視線を合わせるようにしゃがみ、頭を上げてくださいと優しく声をかけた。
「どうしてこんな事を……」
「……お連れのエルフを連れてくれば、魔族に保護してもらえるよう話をしてくれると……“攫い人”に……」
「!」
男性は震えながらそう言うと、子供を抱きしめてオリビアを見た。
オリビアは狙いが自分である事に驚き、思わずフードを掴んだ。
「攫い人か……確か貴族相手に人身売買をやっている組織、と聞いた事があるが……」
「セコイアでもかなり有名だったわね。でも、どっちかって言えば情報屋としての顔の方が有名よ。金さえ払えばどんな情報も提供してくれる。所有する情報の多さに、3人集まれば1人は攫い人、なんて言われてたわね〜……魔王側に向けて商売してるって噂を聞いたけど、ホントに繋がってたのねぇ……」
「よく知ってるな」
「商売やってたからね、そういう話はよく入ってくるのよ」
まさか、マナエルフである事に気付かれた?
オリビアの心臓が早く脈打ち始めると、手に汗が滲んだ。
「…………過去の勇者が4人、力を合わせても倒せなかった魔王を……3人しかいない勇者が倒せるわけがないじゃないですか……!だから……」
「なんですって⁉︎」
「オリビア落ち着いて。……魔族が本当にあなた達を保護するとは――」
「わかっています……でももしかしたら本当かもしれない……攫い人だってヴァイスの人間ですが、魔族に良くしてもらっている……我々には戦う力がない……死にたくない……生きたいんです……」
男性が泣き出すと老夫婦と妻、そして子供達が抱きしめ合い、同じように涙を流し始めた。
妻の抱いていた布の中には、首輪や手枷、ナイフのような物が見えた。
そう、最初から赤ん坊などいなかったのだ。
フォティニアは、肩を震わせて唇を噛んだ。
オリビアは彼らを見下ろすと、動物避けの香が入った袋を手渡した。
「……悪いけどもう一緒にはいられないわ。香を分けるから行って」
「オリビア……」
「勇者様、ダメよ。攫い人と落ち合う予定だった場所を教えてもらえる?」
「……はい……この先の別れ道を左に行った先の岩場で落ち合う予定でした……すみません……」
デイジーがヘリーに目配せすると、ヘリーは溜め息を吐いてその場所へと飛んで行った。
家族は頭を下げた後、背中を丸めて走り去って行った。
カクタスたちは再び焚き火の周りに腰を下ろすと、大きく息を吐いた。
「なんでオリビアを……」
「オリビアがエルフだからじゃない?エルフを薬の材料として欲しがる闇薬師や、魔法の腕や容姿を目的に奴隷として欲しがる貴族も……やだ!オリビアごめんなさい!気を悪くしないで!」
「いいのよ、私もその話は聞いた事あるから」
とはいえ、わざわざ勇者の従者であるオリビアを狙うだろうか?
オリビアは嫌な予感に表情を曇らせると、神の石を隠すように手を後ろに回した。
「オリビア大丈夫?」
「あ……私は大丈夫よ」
「さて……問題の攫い人はどうする?」
「ボコボコにしてやりましょう‼︎」
「しかし人数も分からんし、この暗闇ではな……」
「勇者様ー‼︎」
ヘリーが戻ってくると、カクタスの肩に降りて状況を説明した。
男性が言っていた岩場へ行くと、そこには黒い装束を身に纏った男達が見えたらしいが、ヘリーの気配に気付き逃げてしまったという。
「追跡は難しいかと……」
「分かった、ありがとう」
カクタスは眉間に皺を寄せ槍を握ると、デイジーが手を叩いてテントを指差した。
「とりあえず今日はもう休みましょう!」
「そうだな、ならば俺が最初に見張りに立とう」
「俺も一緒に見張りに立ちます」
「では最初は俺と勇者様で見張りを」
「わかったわ。次は私とデイジーさんで」
「ヘリーは心配なのでフォティニアさんとスライムと一緒に見張りに立ちましょう‼︎」
気になるが、今はどうしようもない。
カクタスとラークに見張りを頼むと、オリビア達はテントの中で休む事にした。
――――
「オリビアフォティニア起きて‼︎」
「うぅ……」
オリビアとフォティニアは、デイジーに体を揺すられ瞼を擦りながら体を起こした。
遠くから金属音が聞こえると、オリビアは顔を強張らせる。
「ふぁ〜……何の音です……?」
「攫い人よ!たぶん、あの家族が言ってた奴ら!今はラークと勇者様が相手してくれてる!」
オリビアがテントの隙間から外を覗くと、黒い装束の男達3人と戦うカクタスとラークの姿が見えた。
「チッ……やはり勇者相手はきついな……」
「出直すか?」
「お前が暇つぶしとか言って変な作戦立てるからだぞ‼︎頭領にバレたら殺されるぞ‼︎」
「さっきの見ただろ⁉︎気配消しててもバレんだよ‼︎ならあの作戦の方がまだ可能性高かったろ⁉︎」
「失敗してんじゃねーかよ……ッ危ね‼︎」
黒の装束――攫い人の3人は攻撃を避けながら口喧嘩をしていた。
ラークは斧を構えながら3人を睨むと、大声でその目的を問いただした。
「何故勇者様の仲間であるエルフ殿を狙う!」
「なんだ?話したらエルフをこっちに渡してくれんのか?……ぐぅっ……‼︎」
カクタスが素早く攫い人の1人に接近すると、槍の石突で腹を突いた。
地面に転がり動かなくなった男を見てまずいと判断したのか他2人は逃走を試みたが、オリビアの伸ばした木の枝が彼らを素早く絡めとった。
「オリビア危ないです‼︎」
「ここで逃したら後が面倒でしょ!」
抜け出せないよう細かく枝分かれさせて攫い人たちに巻きつけると、オリビアはテントから出て攫い人の前に向かった。
「オリビア、戻れ」
カクタスから怒っているような雰囲気を感じ取ったが、オリビアは構わず攫い人達を睨み付けた。
「さて……話を聞こうじゃない」
「こいつがマナエルフか⁉︎」
「‼︎」
「マナエルフですって⁉︎……お伽話に出てくるあの……?でもオリビアって……」
オリビアは攫い人の言葉に背筋が凍るような感覚に襲われた。
フードを深く被っていたことで、動揺した顔は隠せていたはずだ。オリビアはすぐに心を落ち着かせると、静かに口を開いた。
「……残念だったわね。私はただのエルフよ」
オリビアがフードを脱ぎ茶色の髪を見せると、攫い人は顔を見合わせた後、大きな溜息を吐いた。
「なんだよ話がちげぇじゃん……」
「依頼主の魔族について聞かせてくれる?」
「言うわけねぇだろ」
オリビアはへらへらと笑う攫い人を締め上げると、彼らは苦しそうに呻き声を上げた。
怒りと焦り、そして恐怖心に、彼女の背中を汗が伝う。
「いいから言いなさい……さもないとこのまま絞め殺すわ」
「ぐぇっ……ぅ……」
「オリビア!」
攫い人の骨がギシギシと鳴っているのが、彼女の手に伝わる。
デイジーが慌ててオリビアに声をかけるが、オリビアは決して力を緩めなかった。
「言いなさい‼︎」
「オリビア、このままじゃこいつら話せない」
「!」
オリビアはカクタスの言葉にハッとすると、拘束を緩めた。
1人は泡を吹いて白目を剥き、気絶してしまっていた。
残った1人を睨み付けると、彼は顔を青くして顔を背けた。
「い、言えない……!」
「…………じゃあまた締めちゃうけどいいのね?」
「っ……」
「いいのね⁉︎」
「わ、分かった‼︎話す‼︎」
オリビアが手に力を込めると、攫い人は泣きそうな顔をしながら慌てて声を上げた。
「その魔族は、魔王復活前からのお得意様で……奴隷を使って強力な軍隊を作り、強者として魔王直属の配下になった人だ……よく俺達から情報や奴隷を買ってたんだけど……その人があんたを連れて来いって……その時、あんたがマナエルフだって言ってたんだ……」
「……」
オリビアは情報元が魔族だという事に驚きを隠せなかった。
その魔族はどうやってオリビアのことを知ったのか……彼女はフードを再び被り直すと、眉間に深く皺を寄せた。
「情報はそれだけ?」
オリビアが手を翳すと、攫い人は顔を青くして口を開いたが――背筋に冷たいものを感じる取ると恐怖に顔を歪ませて「それだけだ」と小さく頷いた。
――それを感じ取ったのは攫い人だけではなかった。
殺気にも似たその感覚に、カクタスは辺りを見回すと、その気配は静かに闇に溶けて消えた。
気のせいではない、だがそれはもうここにはいない――カクタスは静かに眉を寄せた。
オリビアはヘリーに、こいつらを引き取るようにセコイアへの連絡を頼むと、攫い人の武器を取り上げ拘束を強めた。
「オリビア……なんでテントから出てきたんだ」
カクタスの声には怒りが込められていた。
それはもちろん、彼女を心配しての事だった。
「……ごめん」
オリビアが小さな声で謝ると、カクタスは困ったように頭を掻いた。
注意するよう言葉をかけようとした所で、カランコエの声が響いた。
「あっ、たぶんその魔族って俺の元主だ」
少し改稿しました。




