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ep.21 焦り

 

『待ってよー!』


『おせぇぞカクタス!…ったく!さっさと畑の仕事終わらせるぞ!』


『うん…!』


 …


『お前剣の才能ねぇな〜…大丈夫かよ』


『うぅ…痛い…』


『ほら立てるか?おぶってやるよ』


 …


『お前すげぇな!この村じゃ大人だってお前には敵わねぇよ!』


『まあな!あれ、カクタスは?』


『確か畑の方見に行ってるぜ!…あいつ、タッパはあるのに弱っちいよなぁ』


『あいつはあれでも頑張ってんだよ』


『お前ら仲良いよな〜…』


『あいつってなーんかほっとけねぇんだよな…』


 …


『勇者の鐘が鳴ったって‼︎お前勇者の刻印出たか⁉︎』


『いや……』


『そうか…落ち込むなって!お前強いから勇者の従者に立候補してみたら……なんだ?なんか騒がしいな…』


『おーい!お前たち!』


『おじさん何があったんだ?』


『カクタスに…!カクタスに勇者の刻印が現れたんだ!』


『カクタスに…?』



『………なんだよ…それ…』




 なんでよりによって、あいつなんだ




「おーい、どうした?」


 青髪の勇者は珍しく準備の遅れている男に声をかけた。

 男はハッと意識を現在に戻した。ぼんやりとする頭を振り払い、慌てて荷物を詰め込んだ。


「…いや…なんでもないっす…」















 ――――


 各自ルートを確認し、一度解散して準備を整えていると、カクタスに手紙が渡された。

 それは、パルマエの時と同じ、転移の魔法陣に関してのモノだった。

 兵と物資を移動させる為、今回は忘れないようにとカクタスは念を押されていた。


 カクタスとオリビアは準備を整えた後、ラークたちと合流し魔法陣が設置された部屋へと移動した。


 そこには青髪の勇者と黒髪の勇者、そして勇者二人の仲間たちが動かなくなった人形(ヘリー)で遊んでいた。

 カクタスの元にヘリーが飛んでくると、泣きながら不満をぶつけてきた。



「赤髪の勇者様‼︎あいつら早速私の意識を切り離しやがりましたよ‼︎ひどいです‼︎あんまりです‼︎」

「(こいつカクタスの事馬鹿にしてた癖に急に懐いたな…)」



 カクタスがヘリーを宥めていると、他の者達がカクタスに気付き声をかけてきた。



「早くスイッチ切りなよーホントうるさいからー」

「そうですわ!」

「セコイアの王は基本はつけておけと言っていましたが…」

「これだからお姫様はー…」

「しゃべられなくする事はできないのか?」

「できませんよ‼︎」

「ほら皆落ち着いて」


 黒髪の勇者が彼女たちを宥めると、カクタスと青髪の勇者の方を向いた。

 そして、ニッと口端を上げて笑うと魔法陣の上に立った。


「カクタスさん、パキラさん、今度はもう少しゆっくりお話しましょう!武運を祈ります、お先です!」



 側にいた城の魔法使いが魔法陣にマナを流し込むと魔法陣は淡い光を放ち始めた。

 そして黒髪の勇者が"アールダ"と言うと、眩い光と共に彼らは姿を消した。



「ほら、早くしろ」

「……」



 転移の魔法陣に夢中になるオリビアの後ろに、青髪の勇者がカクタスの元仲間の男を肘で突き、こそこそと話す姿があった。

 男は顔をむすっとさせると、カクタスの前に行きボソボソと話し始めた。


「…俺はまだお前を認めてねぇ」

「……うん」

「槍なんて使った事なかったやつが急に使えるようになって、小さい時から剣を振ってた俺が負けたのだって納得できねぇ…ずるいじゃねぇかそんなの…」

「……」


「お前なぁー…ったく…悪い、謝らせるつもりだったんだがな……お前のとこの仲間は中々…個性派揃いだが、強さは申し分ねぇみたいだし頑張れよ!」


「はい」

「それじゃ、俺様達も行くぜ」


「カクタス」

「!」



 青髪の勇者と仲間達が魔法陣の上に立ち、それがまた光を放ち始めると、男は背を向けたままカクタスに声をかけた。

 カクタスは久しぶりに男から名前を呼ばれた事に驚きの表情を浮かべた。



「……また手合わせしろ」

「…ああ!」



 男のぶっきらぼうな言葉に青髪の勇者はやれやれと肩を竦めた。



「よし、行くぞビンカ!」

「はい!」



 青髪の勇者がバーチと言うと、魔法陣が光り彼らはすぐに姿を消した。

 オリビアがそっとカクタスの方を見ると、彼は穏やかな笑みを浮かべていた。

 それはどこか吹っ切れたように、晴れやかなものだった。


 オリビアは初めて会った時から今まで、彼の顔付きの変化を何度も見てきた。

 その変化にいつも、眩しさを感じていた。

 彼女はこれからも、彼のその変化を隣で見ていたいと、ふと思った。




「最後はアタシ達の番ね!パルマエに行くのよね?海と陸の都…素敵ね〜」

「パルマエに寄ることになるがすぐに出発だからな!」

「んもう!わかってるわよ!」



 はしゃぐデイジーを注意するラークの声に、オリビアはハッとする。

 今自分は何を考えていたのか、慌てて頭を振って気持ちを落ち着かせると、カクタスが心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。



「オリビア、あんまり顔色良くないけど大丈夫?」

「あ…ちょっと考える事が多くて…」

「無理しないでね」

「大丈夫!足は引っ張らないわ!」

「……」

「そろそろ行きましょ〜!」



 全員が魔法陣の上に立つと、カクタスは一度深呼吸をして"パルマエ"と口にすると、視界が光に包まれる。

 そして、気付けば彼らはチモシーの王城の一室に移動していた。

 カクタス達の前にはチモシーの王と兵士達が立っていた。



「お待ちしておりました。話は聞いております、エボニーに魔法陣を設置していただければパルマエとセコイアから兵を送ります。力を合わせ乗り越えましょう。ラーク、お前も頼んだぞ」

「任せてください」



 ラークが胸を力強く叩くと、チモシーの王は笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。



「ジャイアントケルプの王からこれを預かりました」

「これは…」

「人魚の歌と呼ばれる秘薬です。これがあればどのような病も、手足が千切れようとも、すぐに完治します。お使いになってください」

「こんな貴重な物…」

「勇者様、どうか…」

「……分かりました、有り難く頂戴します」


 カクタスたちが頭を深く下げると、チモシーの王は笑みを浮かべて彼らを見送った。













 ―――――


「人魚の歌ってホントに存在してたのね〜」

「なんだかはちみつみたいでしたね!」

「ねぇねぇ勇者様もう一回見せて♡」

「ホントに治るのか実験させてよ」

「貴様らぁ!寄るんじゃない!本当に貴重な物なんだぞ!それにスライム!お前には必要ないだろ!」


「フォティニアちょっと腕切断してみて」

「えっ⁈」

「コラー‼︎フォティニア殿を実験台にするんじゃない‼︎」

「まったく!うるさい人ですね!静かにさせてください勇者様!」

「お前にだけは言われたくない‼︎」


「賑やかになったわね…」

「そうだね」



 ギャーギャーと騒ぐ新たな仲間達に、

 オリビアは心配と呆れを顔に滲ませ、その隣でカクタスは楽しそうに笑った。



「(……仲間がたくさんできて嬉しいのね)」



 オリビアは彼の様子に少しだけ笑みを浮かべた後、未だ騒ぐ彼らをいい加減にしなさいと叱った。

 ヘリーはパルマエでオリビアから乱暴に扱われた事を思い出したのか、その声にぶるぶると震えていた。



「何よ」

「な、何を睨んでいるんです⁈あぁ恐ろしい‼︎勇者様早く移動しましょう‼︎」

「勇者様の頭に乗るなー‼︎」



 静かになるにはまだ時間がかかりそうだ。

 オリビアは歩きながらヴァイスの地図を広げ、パルマエからエボニーまでの道を確認すると、途中いくつか村や町を通るようだった。



「(とりあえず最初の町には夜になる前には着きそう…野宿は避けられそうね…)…ちょっと待って」


 森に続く道を歩いていると草が不自然に揺れ、オリビアは慌てて皆の足を止めさせた。

 茂みから姿を現したのは額に4つの角と大きな2本の牙を生やしたイノシシに似た大きな魔物だった。




 ブラッドボア

 猪が魔王の影響で変化したモノ

 仕留めた獲物の血を体に擦り付ける習性があり、赤黒い体は多くの命を刈り取った証である。



 すかさずオリビアが神の目を使って魔物のステータスを覗き見ると、情報を共有した。


 そして喉を鳴らして敵意を向ける魔物に、カクタスが槍を構えるとデイジーがそれを止め、ちっちっと舌を鳴らして前に出た。



「この子はアタシに任せてもらえる?」

「えっ、でも…」

「大丈夫よ、この前も狩ったし」

「狩った?」



 デイジーはポーチから何かを取り出した。

 オリビアが確認すると、それはナックルダスターと呼ばれる拳に嵌めて使用する武器だった。



「魔物の素材で武器を作ろうとしてちょっとね〜!勇者様は鍛冶屋のアタシしか知らないじゃない?いい機会だしアタシの力を見てもらおうかと思うんだけど」

「それなら私もいいですか?私が戦えるか勇者様も疑問に思っていると思うので!」

「あら、じゃあ2人で頑張りましょ♡」

「はい!」



 カクタスが頬を掻いて心配そうにすると、ラークは危なかったら助ければいいと言って、二人と魔物から少し離れ、様子を見ることにした。



「行くわよ〜」

「はーい!」



 二人の呑気な掛け声に、オリビアとカクタスは思わず心配そうに顔を見合わせると、デイジーが魔物に向かって走り出した。

 魔物がそれを見て、同じようにデイジーに向かって突進すると、フォティニアが魔物の足元にナイフを投げ足を引っ掛けさせた。

 魔物が地面に転がるとデイジーは「ナイスアシスト♡」と言って手に嵌めていたナックルダスターで魔物の牙を勢いよく殴り付けた。

 牙は勢いよく砕け散り、魔物は悲鳴を上げた。

 しかし、それでもまだ立ち向かおうとする魔物の足元にフォティニアが再びナイフを投げると、魔物は大きく体勢を崩し、それを見たデイジーは魔法で腕に炎を纏うとそのまま何度も魔物の鼻を殴り付けた。


 魔物は反撃する間もなく、倒されてしまった。



 思っていた以上にデイジーは戦闘センスや魔法の腕がよく、フォティニアのサポートは的確であり、オリビアとカクタスは驚きと感動に思わず声を上げた。


 デイジーは髪を軽く掻き上げると腰に手を当てて満足げに笑った。



拳で語る(ラブフィスト)、決まったわ…フォティニアだっけ?なかなかやるじゃない!アンタのお陰で簡単に倒せたわ、ありがと♡」

「えへへ、ありがとうございます!」

「まぐれじゃなくて?」

「狙ってやったんです‼︎」


 カランコエはフォティニアの実力をまだ信じられないようで「本当に?」と繰り返しフォティニアを怒らせていた。

 デイジーが落ち着いてとフォティニアの肩を叩くと、カクタスの方を振り向きニッコリと笑った。


「勇者様、アタシ達どうかしら?」

「すごいです!」

「えへへ」

「そうでしょそうでしょ♡あらやだヘリーみたいになっちゃったわ!気を付けなきゃ!」

「どういう意味ですか‼︎」




 彼らが盛り上がる中、オリビアはそっと自身の右目を手で覆った。

 彼女は未だ、この目の活用に関して未熟さを感じていた。


 ステータスの確認できる項目を、もっと早く、もっと多く表示できるようになれば…ならなければ…



「頑張らなきゃ…」


「早く町に急ぎましょう‼︎このままでは日が暮れますよ‼︎」



 ヘリーに急かされ、途中現れる魔物を倒しつつオリビアたちは町へと向かった。











 ――――


「つ、着いた…」

「あの魔物は俺一人でやれた‼︎」

「嘘おっしゃい‼︎」

「カランコエはなんでずっと本読んでるんですかぁ!」

「ついて行くとは言ったけど一緒に戦うとは言ってない」



 町に着いたのは日が暮れてからだった。


 魔物の数は多くはなかったがラークとデイジーがカクタスに力を見せようと競い合い、フォティニアは自由に行動するカランコエに忙しく、町に着くまで騒がしい雰囲気が続いていた。


 予定より到着が遅くなったことで、オリビアは早足で町の中を歩き宿を探した。


「あ、あった…!」

 しばらくすると、宿屋の看板を見つけた。

 オリビアはどうか部屋が空いていますようにと祈りながら大慌てでその扉を開けて中に入った。


「部屋空いてますか⁈」

「えーっと…五名様ですかね?一つ空いているお部屋はありますが…ベッドが四つしかなくて…。

毛布はお貸しできますが…」

「五名…?」



 振り向くといつの間にかカランコエの姿がなくなっていた。

 オリビアがフォティニアの方を見ると彼女は背負っている大きな鞄をぽんぽんと叩いた。



「とりあえずその部屋を借りましょ」

「せっかく来ていただいたのにすみませんね…」

「いえ、無理を言ってすみません…」

「こちらが鍵になります」

「ありがとうございます。えーっとベッドは四つか…じゃあ俺が床で…」

「「「「それはだめ‼︎」」」」

「えっ⁈」



 カクタスの言葉は早々に却下された。

 勇者が床で寝る、そんなことはここにいる誰も許さなかった。



「……ベッドは皆に譲るわ」



 オリビアは頭を掻きながら彼らにそう告げた。

 彼らは顔には出さないが、ステータスの見えるオリビアには、はしゃぎ過ぎた彼らが疲労しているのが分かっていた。


 率先して魔物と戦っていたのは彼らだ、ベッドを譲るならあまり貢献しなかった自分だ。

 オリビアはそう考えて店主から毛布を借ると、彼らに鍵を渡した。



「ダメですよオリビア!だったら私とベッドを使いましょう!私たちだったら詰めれば…」

「平気よ。従者の先輩として最初ぐらいいい顔させてよね。ちょっとやる事があるから出掛けてくるわ、ご飯も先に済ませていいから」

「あっ…」


 オリビアは有無を言わさず宿屋から出ていくと、フォティニアは困った顔をしてカクタスを見上げた。

 カクタスは何かを察したようで、後を追いかけようとするが、それをデイジーが止めた。


「とりあえず部屋に行って体を休めましょ。戻ってきたらラークのベッドを譲ればいいわ」

「ぬっ⁉︎」












 ―――――


 宿屋のある通りには、酒屋が何軒か並んでいる。

 その為、陽が落ちてからも人が多く行き交っていた。



「やる事って人間観察?」

「……なんか用?」



 オリビアは宿屋の屋根の上にいた。

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