第2話: 貴族令嬢の気遣い
翌朝:
「チュンチュン~!チュンチュン~!」
鳥のさえずりで目が覚めた。
柔らかな金色の光がカーテンを通して差し込み、部屋に優しい明かりを注いでいた。
ベッドは相変わらず快適すぎて、一瞬、自分がどこにいるのかを忘れそうになった。
そして、体の痛みがそれを思い出させた。
鈍い痛みが肋骨や手足に脈打っていた。
動くのは間違いだった——ほんの少し体を動かしただけで、鋭い痛みが走り、息を呑んだ。
ドアがきしむ音がした。
エレノアが入ってきた。彼女は湯気の立つ何かが入った小さなトレイを運んでいた。
彼女の姿を見ると、やはり息をのむほどだった。
今朝は淡いブルーのドレスを身にまとい、金色の髪は完璧に整えられ、その表情は温かかった。
繰り返しになるが、まるでおとぎ話からそのまま飛び出てきたお姫様のようだ。
彼女は俺がもう起きているのを見て微笑んだ。
「おはよう、クロード」
クロード。
まだその名前を聞くのは違和感があった。だが、それに従った。
「おはよう」
と俺はぼそりと言った。
「朝ごはんを持ってきたわ」
彼女は明るく言い、ベッドサイドのテーブルにトレイを置いた。
「リリーが作ってくれたの。おかゆよ」
お腹がぐうっと鳴り、最後に食べてからどれだけ時間が経ったかを思い出させた。
疑り深いメイドのリリーが俺のために何かを作ってくれたと思うと、一瞬ためらったが、空腹に負けた。
スプーンを取り、口に運んだ。
味は……いつもと違った。
悪くはないが、ナイジェリアで慣れ親しんだ食べ物に比べると薄味だった。
強いスパイスも、胡椒も、深みのある味わいもない。
俺が怪我人だから、多くを食べられないと思われてシンプルな味にしたお粥を作ってきてくれたのだろう。
それでも、感謝の意を込めてうなずいた。
「ありがとう」
エレノアは満足そうだった。
「少しは良くなった?」
彼女は少し首を傾げながら尋ねた。
俺はもう一口飲み込んでから答えた。
「少しは。まだ痛いけどね」
「それは当然よ」
彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
「あなたの傷はかなり重かったから」
どれだけひどかったのか、どれくらい意識を失っていたのか聞きたかった。
しかし、その前にエレノアの表情がより真剣になった。
「これからのことを話さないと」
彼女は優しく言った。
なので、俺もスプーンを置いた。
「これから?」
彼女はためらった。
「父が今日戻ってくるの」
それを聞いてから俺は身を引き締めた。
「それは問題になるのか?」
彼女は唇を噛み、サファイアのような青い瞳に悩みが浮かんだ。
「父は……とても厳しい人なの。もしあなたがここにいるのを見つけたら、質問攻めにするわ」
俺は眉をひそめた。
「もし真実を知ったら、彼はどうする?」
エレノアはすぐには答えなかった。
その沈黙がすべてを物語っていた。
これはただの負傷者を隠すこと以上のものだった。
この世界のルール、その社会についての何かが深く関わっている。
「……あなたの身に何かが振りかかろうと、私は絶対に黙って見過ごすことはしないよ」
エレノアは最後に、強い口調で言った。
彼女の目には何か真摯なものが宿っていて、ここに来て初めて、胸の小さな重荷が軽くなるのを感じた。
しかし、状況は依然として危険だった。
エレノアは手を組み、考え込んだ。
「とりあえず、私たちの考えた予定を実行しましょう。あなたは私の新しい使用人として振る舞ってもらうの」
俺はゆっくりと息を吐いた。
「わかった。でも、使用人のことなんて何も知らないよ?」
彼女はくすくす笑った。
「そうだろうと思ったわ。でも心配しないで、私が教えてあげるから」
館のルールも:
.........
朝食の後、エレノアは俺に少し動いてみるよう勧めた。
彼女は俺を支え、痛みで倒れそうになる自分をしっかりと支えてくれた。
こんなに弱々しい自分が嫌だったが、エレノアは辛抱強く、その白くて優しい手で俺を導いてくれた。
「リリーが私があなたを立たせているのを知ったら、きっと怒るわね」
と彼女は笑いながら囁いた。
俺は乾いた笑いを漏らした。
「彼女は俺のことを全然信用してくれないんだな?」
「そうね、でもリリーはそういう子なの」
とエレノアは認めた。
「彼女は子供の頃から私のメイドをしてくれているの。だからとても保護者然とした態度を取るのよ」
メイドの子が俺に冷たいのはわかっていたが、それは仕方のないことだったようだ。
エレノアはその後、館のルールを説明してくれた。
使用人は貴族の前では常に礼儀正しく振る舞わなければならない。
彼女の父の前では頭を下げること。
目立たないようにすること。つまり、一人で屋敷を歩き回らないこと。
誰かに聞かれたら、俺はエレノアの個人的な使用人として連れてこられた外国人だということ。
「リリーには、あなたが海の向こうの遠い国から来たと話したわ」
エレノアはいたずらっぽい目を輝かせながら付け加えた。
「それって本当の事でしょ?くすっ」
俺も苦笑した。
「あんた、...いや、君が思っている以上にね」
一応言葉遣いに気を付けておこう。
これから彼女の父の前で会話するとなると、今度こそエレノアのことを『お嬢様』か、もしくは『ご主人様』のどっちかで呼ばないといけなくなるだろうから。
文化の違いも:
................
エレノアの助けを借りて歩く練習をしているうちに、俺たちは窓際に座り、息をついた。
エレノアは興味深そうに俺を見た。
「クロード……あなたの本当の故郷は、どんなところなの?」
それについて、俺は話すことをためらった。
だって、ナイジェリアのことを本当にエレノアに説明できるものなのだろうか?
「……こことは違う国なんだ」
と俺はようやく答えた。
「...とてもね」
なにせ、ここと違って、故郷の国では国民の殆どが『黒人』ばかりで、肌色がもっと濃い人々で構成されてる国だから。
エレノアの目は興味で輝いた。
「教えて!」
俺は息を吐きながら考えた。
「そうだな……暖かい。ここよりも暑い。通りはいつも活気にあふれている。市場は混雑していて、人々が食べ物や服、電子機器なんかを売っている。遠くから音楽が聞こえたり、人々が叫んだり、車のクラクションが鳴ったり……」
エレノアは一心に耳を傾け、俺の言葉に夢中だった。
「音楽?」
彼女は首を傾げた。
「ああ」
と俺はうなずいた。
「故郷では、音楽はどこにでもある。人々はドラムを叩き、歌い、踊る……祭りやお祝い、結婚式では、人々はカラフルな服を着て朝まで踊るんだ」
エレノアは驚きで唇を開いた。
「それは……素敵ね。ここも楽器はあるけれど、父が気安く弾くなっていつも厳しく言いつけられているの」
俺は少し慎重に答えた。
「そうか...」
そして、俺は自分の手を見つめて語る。
「でも、危険なこともある」
エレノアの表情が引き締まるようになった。
「あなたに起こったようなこと?」
俺はうなずいた。
彼女はしばらく黙っていたが、やがて手を伸ばし、俺の手を握った。
その触れ合いは温かく、優しかった。
「ごめんなさい」
と、彼女は囁いた。
俺は彼女を見て驚いた。
なぜ彼女が謝るんだ?
エレノアは優しく微笑んだ。
「あなたはたくさんのことを経験して、今はまったく知らない場所にいる。それはきっと怖いことでしょう」
俺は息を呑んだ。
今まで誰もそんなことを優しく言ってくれたことはなかった。
誰もここまで気にかけてくれたことはなかった。
「……ありがとう」
と、感動的になる前に、気分を引き締めてそうつぶやいた。
やっぱりここは知らない場所だ。
情が移る前に、早くここがどこなのか、どうやったら元の国である俺のナイジェリアに帰れるのか、そろそろ情報がほしいところだ。
ぎゅ~っ!
そんなことを真剣に考えている俺をよそに、今度、彼女は俺の手をぎゅっと握ってから離した。
「今すぐ全部話さなくてもいいの。でも……もし話したくなったら、もっと聞かせてほしい」
俺は息を吐き、うなずいた。
もしかしたら、ここにいることはそんなに悪くないかもしれない。
................
ドン!ドン!、ドン!ドン!、ドン!ドン!
俺たちの平和な時間は、ドアの激しいノック音で打ち破られた。
「お嬢様!」
リリーの鋭い声が響いた。
「お父様が到着されましたよ!」
エレノアの表情はすぐに変わった。
彼女の肩に力が入り、いつも明るい彼女の瞳に初めて不安が見えた。
彼女は俺に向き直り、自分の手を握った。
「何があっても、静かにして私の指示に従って」
俺はエレノアの指示に従うよと言って、うなずいた。
外では、重い靴音が廊下に響き渡った。
そして、ドアが勢いよく開かれた。
背の高い男がドアの前に立っていた。
その存在感は圧倒的だった。
彼の髪はエレノアと同じ金色だが、鋭い青い瞳には彼女の温かさはなかった。
彼の視線はすぐに俺に向けられた。
「……これは誰だ?」
彼は厳しく尋ねた。
エレノアは前に出て、俺のことをかばった。
「父上」
彼女は落ち着いた口調で言った。
「これは私の新しい使用人です。私が自らの意志で、個人的に連れてきたのよ」
伯爵の目が細くなった。
こうして、この世界での俺の真の試練が始まった。