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第1話: 伯爵の館の見知らぬ客

痛み。


深く、脈打つような痛みが体中を駆け巡った。


動こうとしたが、体のあちこちが悲鳴を上げた。肋骨は激しく痛み、頭はまるでハンマーで殴られたかのように重かった。


目を開けると、最初に見えたのは……


金色だった。


一瞬、幻覚かと思った。


頭上には金色の装飾が施された天井が広がり、優雅な模様が渦を巻いていた。


身下のベッドは柔らかすぎるほどで、これまで寝たことのないほどの贅沢さだった。重厚なベルベットのカーテンが窓を縁取り、蝋燭の温かな光が差し込んでいる。


ここは俺の家じゃないな。


俺の家はナイジェリアにある。ラゴスの小さくて質素なアパートだ。

強盗しにきた侵入者たちが押し入り、俺を襲ったんだ。

奴らの拳の痛み、肋骨が折れる鈍い音、冷たい床で血を流していた感覚を覚えている。


自分は死んでいたはずだ。


しかし、なぜかここにいる?

普通、天国とかに行くんじゃないの?


どうして?


体を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが走った。息を呑み、顔をしかめた。その動きで音を立てたのか、重厚な木のドアがきしむ音を立てて開いた。


そして、『彼女』が見えた。


若い女性、...見るからには10代後半に見える年齢の少女が部屋に入ってきた。

20代前半の俺と比べても遥かに若く見えるほどだ。


息が止まりそうになった。


少女はまばゆいほど美しかった。


挿絵(By みてみん)


金色の髪の毛が繊細な顔を縁取り、サファイアのような青い瞳は心配そうに大きく見開かれていた。


まるでおとぎ話から飛び出てきたような——お姫様か、あるいは天使のようだった。


薄い緑色と白が混合された色合いの高価そうなドレスを身にまとい、薄暗い炎の光の中で輝いているように見えた。


一瞬、俺たちはただ互いを見つめ合った。


そして、彼女の唇に温かな微笑みが広がった。


「目が覚めたのね」

彼女の声は柔らかく、優しく、まるで心地よいメロディーのようだった。


俺は喉の渇きを感じながら、飲み込んだ。

「ここは……どこだ?」


「あなたは安全よ」

彼女は安心させるように言った。


「ここは私の家——父、クレールモン・デュ・リサンダーの館よ」


その名前は俺には聞き覚えがないし、ぴんと来なかった。

この部屋の家具とデザインから察するに、ヨーロッパのそれに似ていることは明らかなんだが。


尚も彼女の言った名前について考えようとしたが、頭の中がさらに混乱するばかりだった。

ここは館?豪華な作りから見ると貴族の?一体全体ここはどこなんだ?


そして、もっと重要なのは……


どうやってここに来たのか?


「......」


タタ―。


彼女は一歩近づき、俺のそばに腰を下ろした。


「私はエレノアよ」

と彼女は絹のような声で言った。


「エレノア・デュ・リサンダー。昨夜、メイドのリリーと森であなたを見つけたの。酷いけがをしていたから、ここの私達の家に連れてきたのよ」


俺は瞬きをして、理解しようとした。


森?


ほんの少し前まで、俺はラゴスにいたはずだ——そうじゃなかったのか?


最後に覚えているのは、アパートの床に倒れ、血が広がっていく感覚だった。

そして……


あの光だ。


どこからともなく現れた、まばゆい金色の光。


そして今、俺はここにいる。


どこかの貴族の娘の家に。


俺はかすれた声で話そうとした。

「なぜ?」


エレノアは首を傾げた。

「なぜって?」


「なぜ見知らぬ、...赤の他人である俺を助けてくれたんだ?」


彼女はその質問に本当に驚いたようだった。

「だって、あなたは助けが必要だったからよ」


俺は彼女を見つめた。


それだけ?


俺がいた世界では、誰も何の見返りもなく何かをすることはなかった。


通りでは毎日、物乞いを無視する人々がいた。交通事故で道に倒れ、血を流している男を見ても、誰も助けようとしなかった。


しかし、この少女——この貴族家の娘——は俺を助け、命を救ってくれた。


何と言えばいいのかわからなかった。


何か考える間もなく、ドアが再びきしむ音がした。


二人目の少女が部屋に入ってきた。


彼女は小柄で、きれいに編んだ茶色の髪と鋭い緑色の瞳をしていた。疑い深い瞳だ。

エレノアの温かい視線とは違い、この少女は私を「解決すべき問題」のように見ていた。


「お嬢様」彼女は堅く言った。

「彼と二人きりでいるべきではありません」


エレノアはため息をついた。

「リリー、彼は怪我をしているだけで、危険な人じゃないわ」


リリーは納得していないようだった。彼女は腕を組みながら目を細めた。

「それでも、彼が誰なのかまだ教えてもらっていません。どこから来たのですか?」


俺は緊張した。


何と答えればいいんだ?


ナイジェリアという、彼女たちが知らない国から来たと言うのか?

家で襲われ、なぜか見知らぬここに飛ばされたと言うのか?


彼女、...確か、名はエレノアって言っていたな、..は俺を狂人だと思うだろう。


「......」


エレノアは俺のためらいに気づいたようで、優しく俺の腕に手を置いた。


「大丈夫よ」

彼女は優しく言った。

「話したくないなら、今は何も言わなくていいの。...時間はたっぷりあるからよ」


彼女の手の温もりは、年上だろう俺を安心させてくれた。


その時まで、自分が恐怖か感動によるものか分からぬが震えていたことに気づかなかった。


家に帰ってきて襲われ、そして死ぬかと思うほど激しく暴行を受けたら、普通は天国あるいは地獄行きだって思ってたのに、結局はこんな本当な天使みたいな子と出会うことになったんだから。


しかし、リリーはまだ納得していないようだった。

「それでも、彼を信じていいかどうかはまだわかりませんよ」


エレノアは彼女に向き直り、微笑んだ。

「リリー、もし彼が私たちに危害を加えるつもりなら、こんなに瀕死の状態でここに横たわっていないでしょう?」


リリーはふんっと息を吐いたが、何も言わなかった。


.........

「はあぁ...」

しばらくして、リリーと呼ばれたメイド服の子はため息をついた。


「わかりました。でも、お嬢様、旦那様は明日、旅から戻られます。もしも部屋に見知らぬ男が隠されているのを見つけたら……」


エレノアは手を振ってそれを遮った。

「私が何とかするわ」


俺は眉をひそめた。

「あんたのお父さんは……認めてくれないのか?」


エレノアの表情は少し暗くなった。

「父は……あまり理解のある人ではないの」


彼女の言い方に、俺は不安を感じた。


リリーはまたため息をついた。

「とりあえず、彼はここにいてもいいでしょう。でも、誰かに聞かれたら、ただの新しい使用人だと言うことですよ」


エレノアは俺に向き直った。

「それでいいかしら?あなたが私の新しい使用人だということにして」


俺は躊躇した。


この状況はすべてが現実離れしていた。


しかし、他に選択肢はなかった。

お金もなく、ここがどこなのかもわからず、一人で生きていく術もない。


「……わかった」

俺はようやく答えた。


エレノアはにっこり笑った。

「よかった~!それなら、新しい名前もつけましょう。誰かに聞かれた時のために」


俺は眉を上げた。「新しい名前?」


彼女は考え込むように顎に手を当てた。「そうね……クロードはどうかしら?」


俺は彼女を見つめた。「……クロード?」


「『傷ついた貴族の息子』っていう意味よ。これならあなたにぴったりな名前でしょ!ふふふ...」

彼女は誇らしげに言った。


俺は笑いそうになった。


ナイジェリア人の俺がこの奇妙な世界に迷い込み、彼女は俺の名前を貴族風にしようとしている。

正直、嬉しいと言ったら嬉しいが、出来ればもっと自分の本当の名前、チジオケを知ってほしかった。

でも、まだ自分の本当の名前を言うべきかどうか迷っている中なので、エレノアの提案に同意することにした。


「……わかった。クロードでいいよ」


エレノアは嬉しそうに手を叩いた。


こうして、俺の人生は予想もできない方向に転がり始めた。


これから何が待ち受けているのか、俺は何もわからなかった。

どんな世界に落ちたのかすらわからない始末だ。


しかし、エレノアの明るく微笑む美しい顔を見つめていたら、一つだけ確信した。


この少女——いや、『美少女』であるエレノア令嬢は心優しい貴族の娘で、これから俺の人生を永遠に変えてくれる眩しい星となるだろう。

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