第14話:光の大聖堂
数日後の朝、エレノアお嬢さんと俺は王都の街を散歩した。
ベルナール卿の過酷な訓練から解放された珍しい自由な日で、筋肉痛に苛む俺としては持ってこいの展開だ。
俺はエレノア嬢さんに、オフィーリアさんがイセリア大聖堂を訪れるよう誘ってくれたことを話した。
すると、意外にも彼女はその考えに完全に賛同しているようだった。
「それは素敵な場所よ」
と彼女は石畳の道を歩きながら言った。
「父も教会を尊重しているわ。頻繁には行かないけどね。彼は貴族が神の奇跡に頼るのではなく、自分の足で立つべきだと考えているの」
「それは……君の父らしい意見だな」
と俺はつぶやいた。
俺の呟きに対して、くすくす笑ったお嬢さん、
「ふふふ...でも、個人的には大聖堂を訪れるのが大好きなの。ステンドグラスを通して差し込む太陽の光、献身的に歌われる賛美歌、空気に漂う香の香り——それは本当に見事な光景だわ~」
俺は深く宗教的な人間ではなかったが、ナイジェリアでは敬虔なキリスト教徒に囲まれて育った。
教会はどこにでもあった——大きなもの、小さなもの、賑やかなペンテコステの集まり、厳かなカトリックのミサ。信仰は多くのナイジェリア人の日常生活に織り込まれていた。
だから、エレノア嬢さんが大聖堂について説明するのを聞いて、俺は自然とその話に興味をそそられた。
それは故郷の教会に似ているだろうか?
それとも、まったく違うものに見えるのだろうか?
(...今からワクワクする気分だね)
お嬢さんに聞こえないように小声で呟いている俺は真っすぐに街を進んで大聖堂のある方向へと歩く速度を速めたのだった。
............
イセリア大聖堂の前にて:
街の広場に着くと、イセリア大聖堂が俺たちの前にそびえ立っていた。
それは息をのむほど、圧巻とした光景で、とっても美しかった。
高くそびえる白い石造りの建物は、金色の装飾、天使の彫像、そして朝日にきらめく巨大なステンドグラスの窓で飾られていた。
二つの尖塔は空高く伸び、まるで天に届こうとしているかのようだった。
中央には巨大な鐘楼が立ち、遠くからは合唱の歌声が漂ってきた。
俺は以前、写真でヨーロッパにある壮大な大聖堂を見たことがあったが、実際に目の前に立つ——それも別の世界で——のとはまったく違う感覚だった。
エレノア嬢さんは唖然とした俺の驚きの表情を見て微笑んだ。
「..ふふふ、美しいでしょう?」
それに関しては完全に同意した。
「ああ……本当に美しい……まるでファンタジーRPGやアニメとかに良く見ていたものだ...」
「あるーぴ..じ?アニメ?...それは何のことを意味するの?故郷での建物のことなのかしら?」
あ、しまった!...コホン!余計なことを口走ってしまったので、
「まあ、そんなところだ。...故郷では色んな国々があって、色んな建築物があるので、ここの大聖堂は俺の元いた世界のどれもの『キリスト教の教会』と並べても引けを取らないどころか、むしろ軽く凌駕する創りと豪華さで圧倒してるぐらいだ」
「まあ、まあ~。神様のこととなると、いきなり饒舌になってるのね。故郷のことについて」
そればかりは反論しようがない。なにせ、ナイジェリアでは貧しい人々も多いので、それで宗教や神に関してはそれらに縋る気持ちが一杯だった。
俺はまだ住む家もあって食事も困らなかったので、昔の俺は宗教というよりアニメを見たりゲームもやったりすることに夢中なので、成人になってからは殆ど教会に行かなくなったが子供の頃は頻繁に両親に連れていかれたこともあった。
だから、こうして『キリスト教』に連なる建物の中に入ろうとするのは久しぶりだって感じだ。
入り口に近づくと、俺たちは見覚えのある人物に迎えられた。
オフィーリアさんが大きな両開きの扉の側に立ち、白と青のローブを身にまとい、手を前に組んで大聖堂に入る礼拝者たちを迎えていた。彼女の銀髪は日光の下で輝き、彼女の優しい微笑みは静かな輝きを放っていた。
「クロードさん」
と女神官は温かく挨拶した。
「そしてエレノア様も。イセリア様の家へようこそ」
エレノア嬢さんは丁寧にうなずき、俺は小さく手を振った。
「招待してくれてありがとう」
オフィーリアさんはにっこりと笑った。
「さあ、中をご案内しましょうー」
大きな扉をくぐると、俺達はすぐに内部の壮大さに圧倒された。
高い大理石の柱が天井に向かって伸び、そこには金色の翼を持つ天使たちと白いローブをまとった神聖な女性——おそらくイセリアという女神——の天井画が描かれていた。
ステンドグラスの窓から差し込む日光が磨かれた床にカラフルな模様を映し出していた。
木製の長椅子が並び、その先には大きな祭壇があり、司祭と修道女たちが祈りを捧げていた。
空気には香と生花の香りが漂い、広い空間に合唱の柔らかな響きがこだましていた。
俺は奇妙な親しみと違和感を感じた。伊達にキリスト教徒の多いナイジェリアからやってきたという訳ではないようだ。
その構造、崇拝、厳粛さはどれも故郷であるナイジェリアのキリスト教の教会を思い起こさせた。
やっぱり、何と言ったって、キリスト教は何も白人ばかりのための宗教ではなく、万国共通な信仰だ。
黒人も白人もアジア人も関係ない。神を信じる者なら、全てが等しく迎え入れられる。
しかし、ここにあるすべての教会はイエスのためではなく、イセリアという女神を信奉するために建てられた。
オフィーリアは俺たちを通路に案内し、祭壇に向かった。
そこには女神イセリアの巨大な金色の像が立ち、彼女の白い手は祝福を求める者たちに向かって広げられていた。
「イセリア様は人類に光、温もり、癒しの贈り物を与えたと言われていますわ」
とオフィーリアさんは敬虔に説明した。
「女神様の祝福を求めるすべての者は、女神様の聖なる抱擁に安らぎを見出すことができるでしょうー」
像を見つめたまま、思いついたことを聞く、
「つまり、女神イセリアが魔法の源なのか?」
オフィーリアはうなずいた。
「少なくとも、神聖な魔法はそうですわね。この世界には多くの種類の魔法がありますが、癒しと神聖な保護は彼女の恩寵から生まれますの」
顎に手を当てた。
「それは興味深いな……故郷では、人々は一つの神を信じているだけなんだ」
オフィーリアの青い目が俺に向けられた。
「前にそれを話してくれましたわね。貴方が話した『キリスト教徒』というものです。それについて、もっと教えていただけませんの?」
「....」
少しためらってから話し始めた。
「キリスト教は俺の世界...えっと、つまり海の向こうにある遥か遠い大陸にある祖国では最も大きな宗教の一つだ。人々は一つの神——全能で全知の存在で、すべてを創造した方——を信じている。彼はイエス・キリストという男を送り、人々を導き、罪から救うために来たと信じられている」
オフィーリアは熱心に耳を傾け、その表情は好奇心に満ちていたが、同時に困惑していた。
「一つの神……そして救世主?」
「ああ。イエスは奇跡を行ったと言われている——病人を癒し、水の上を歩き、死者を蘇らせたことさえある」
彼女の目が少し見開かれた。
「彼も癒すことができるんですの?」
「ああ。でも君とは違って、イエスは魔法を使わなかった。彼の力は神の意志から来ると言われているんだ」
一応、俺には信仰心があまりないので、イエスを様づけで尊ぶことはしないが、ここで命でも脅かされない限り、出来ればここのイセリアに対しても気軽く呼びたい。
でも、いつか、......本当にイセリアの力が必要と判断したら、その時は...
俺が考え事に耽っている間に、オフィーリアは胸に手を当てた。
「それは……驚くべきことですわね。でも、貴方は彼が神そのものではなく、人間だったと言いましたね?」
「まあ……その部分は複雑だ」と認めた。
「彼を神の子と信じる人もいれば、預言者だったと信じる人もいる。いずれにせよ、彼の教えは世界中に広まったんだ」
「ほ、本当に面白い国からやってきたのね、クロード!偶然に気絶していたあなたを運よく見つけて保護できたのは何かの天からの思し召しだと改めて思うわ~!」
と、軽く興奮したエレノア嬢さんのようだが、
「その、...イエスについてはわたくしが今まで聞いたことのない話ですわね。この国には、一つの神や、神の奇跡を行った人間の救世主についての物語はありませんから」
銀髪の女神官の説明を聞いてゆっくりと息を吐いた。
「ああ。そうだろうと思った。」
イエス・キリストという名前さえ聞いたことがない人に、キリスト教をどう説明すればいいのかわからなかった。
それは、この世界がどれほど違うかを実感させた。
しかし、同時に……
「……でも、いくつか似ているところもあるな」
と、しばらくしてから言った。
オフィーリアは首を傾げた。
「え?」
周りを指さした。
「この大聖堂、人々が集まって祈る様子、神聖な癒しの考え、歌や香の香りさえ——それは故郷の教会とそれほど変わらないんだね」
オフィーリアの優しい微笑みが戻った。
「おそらく、信仰はそのすべての形において、普遍的な真実なのかもしれませんわね」
俺は軽く微笑んでから同意した。
「そうかもな」
............
案内が終わると、オフィーリアは俺たちを大聖堂の静かな一角に案内した。
そこには小さなティーセットが用意されていた。神官は俺たちに温かいカモミールティーを注ぎ、それで俺たちは一緒に座り、平和な雰囲気を楽しんだ。
「正直に言うと、クロードさん、貴方はとても興味深い人ですわね」
とオフィーリアは柔らかく言った。
「貴方の世界の話を聞くのは……とても啓発的ですわよ」
女神官の感想に、エレノア嬢さんは笑みを浮かべて、言った、
「クロードがきっと面白い話を持ってくるって言ったでしょう?~ふふふ...」
お茶を一口飲んだ。
「俺自身もまだ理解しようとしているところだ。でも、君が質問に答えてくれるなら、俺も君の質問に対して出来る限り答えてみてもいいよ」
オフィーリアの笑みが広がった。
「それはありがたいですわね、ふふふ...」
今度、エレノア嬢さんは身を乗り出して、挑戦的にいう、
「それはつまり、オフィーリア様はクロードに興味を持っているってこと?彼は私の護衛だからそう簡単に連れ回すことはできないと思うけどね~」
銀髪の女神官はまばたきし、それからくすくす笑った。
「そんなことはしませんわ。暇の時だけ訪れてきて良いと言いましたし」
エレノア嬢さんはまたも、ふんっと息を吐いた。
「彼を私から取らないでよね」
俺は思わず変なことを聞いてしまいお茶を零しそうになった。
「何だって?!」
オフィーリアは意にも介さないよう再びくすくす笑い、エレノア嬢さんはただ得意げな表情でお茶を飲みつづけるだけだった。
俺はため息をついた。この女性たちは……
しかし、彼女たちの揶揄い合うと闘争心を通しても、俺は温かい帰属感を感じずにはいられなかった。
もしかしたら、俺は本当にここにいるべくして、この世界に招かれただけなのかもしれない。