第9話:エレノア嬢さんの決意
オーギュストが去った後、屋敷は不気味なほど静かだった。
エレノアは俺の横に立ち、拳を固く握り、肩は強張っていた。
ドアの側で心配そうに見守っていたリリーが、ついに前に出てきた。
「お嬢様……」彼女は囁き、声は心配でいっぱいだった。
「どうすればいいの?もしオーギュスト様が本当に旦那様に話したら……」
エレノアは目を閉じ、鋭く息を吐いた。
「私はクロードを連れ去らせない」
毅然とした態度と真っ直ぐな凛々しい表情で、彼女はきっぱりと宣言した。
俺は瞬きをした。彼女は本気の中のマジだ。
エレノアが大胆なのは知っていたが、彼女の声の熱意は、彼女がただの衝動で行動しているのではないことを物語っていた——彼女はすでに決意を固めていた。
「エレノア」
と俺は慎重に言った。
「お嬢さんの父は貴族だ。もし彼がさっきの令息との会話を通して、自分が問題だと説得されたら、エレノア嬢さんに何ができる?」
彼女は俺に向き直り、反抗の炎を宿した目で言った。
「お父様を説得し直すわ」
俺は眉をひそめた。
「もしそれがうまくいかなかったら?」
初めて、彼女の自信が揺らいだ——しかし、それはほんの一瞬だけだった。
そして、彼女は顎を上げた。
「それなら、別の方法を見つけてみせるだけだわ」
彼女は諦めるという考えすら拒否していた。
俺の胸に温かい何かが湧き上がった。
この子は……異世界からやってきた、...完全に部外者であり、外国人の俺のために戦おうとしているのか?
俺はこれに慣れていなかった。
元いた世界では、自分自身に頼るしかなかった。
しかし、ここではエレノアさんが、力ある貴族の息子に立ち向かっている——ただ、俺が捨てられるのを見たくないからだ。
唾を強く飲み込んだ。誰も俺なんかのためにこんなことをしてくれたことはない。
..............
「時間はあまりない」
とエレノアは続けた。
「もしオーギュストが私たちより先に父に話したら、彼は一方的な話しか聞かないでしょう。私たちが先に動かなければならないの」
俺は腕を組んで、聞く、
「なら、お嬢さんはどんなことをすればいいというんだ?」
彼女は一瞬ためらい、それからリリーに向き直った。
「書斎にいるだろうお父様に伝えて。大事なお話があるからといって私が直接会いに行くと」
リリーの目が大きく見開かれた。
「でも、お嬢様——!」
「言い訳はなしよ、リリー。もし今これをしなければ、私たちは会話をコントロールする機会を失うわ」
リリーは唇を噛んだが、うなずいた。
「わかりました」
彼女は急いで去り、エレノアさんと俺は廊下に二人きりになった。
彼女は息を吐き、手が少し震えていた。
俺は彼女をじっと見つめた。彼女は緊張している様子だ。
それは無理もない。俺も緊張しているから。
「エレノア嬢さん」
と俺は静かに言った。
「エレノア嬢さんは俺のために父に逆らう必要はないよ。...君と父との間に問題を起こして欲しくないんだ。...ただの外国人の俺なんかの所為で...」
彼女は俺をしっかりと見つめた。
「これはあなただけのことじゃないのよ、クロード」
その言葉に対して、ちょっとだけ眉をつり上げた。
「そうじゃないのか?」
彼女は首を振って、続ける、
「私のことでもあるの」
眉をひそめて、問う、
「どういうことだ?」
エレノアはためらい、それから小さな悲しげな微笑みを浮かべた。
「父はいつも私の人生のすべてをコントロールしてきた。誰と会うか、誰と話すか、何をするか……私が何になるべきかまで決めるのよ?」
とありったけの抗議のこもった自白と燃えている視線を俺に見せながら、すぐさま俯いて視線を下げた。
「でも、初めて、私は自分で選択をしたの。だから、たとえ公爵の令息さんだろうと、それを奪わせないつもりだわ!」
自分自身のための選択……?
俺がその選択だったのか?
......何と言えばいいのかわからなかった。
代わりに、俺は彼女が肩を引き締め、淡い青い目に決意が輝くのを見つめた。
「私は絶対にあなたを連れ去らせないわ、クロード!たとえ何があっても...」
と、またも彼女が俺に向かって力強く宣言してきた。
喉に塊がでてきた感じ。
上手く返事の言葉を見つける前に、廊下に声が響いた。
「旦那様、...いいえ、『リサンダー伯爵様』がお会いになります、エレノアお嬢様」
エレノアは身を固くした。
俺はそれを見て、彼女の肩に手を置いた。
「こんなことのために、もう備えていたのか?」
彼女はゆっくりと息を吐いた。
「いいえ」
そして、俺の方を見て微笑んだ。
「でも、やるわ」
俺はそんな彼女の勇姿と大胆さに影響され、ふふふと笑ってしまった。
「そうか...なら、頑張ってくれ!」
「はい!」
それが俺の良く知っている、エレノアという貴族令嬢の生き方だ。
誰にも縛られない、誰に対しても意見を良く述べる、自分の意志を明白にし、信念を貫き通す勇気のある素晴らしい方だと。
そうして、俺たちは伯爵の書斎に向かって歩き出した——、
一緒に。
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