第一話 星の迷い人
初投稿です。気軽に読んで下さい。
コックピット内は狭くて暖かい。
電子機器の微熱がじわじわと密閉された空間を満たしている。
金属の匂いとわずかなオゾン臭が鼻に残り、シートの背もたれが汗ばむ背中に貼りついていた。
外を見渡すと、そこはどこを見ても暗闇が広がる宇宙で、対抗し合うように光る星たちを微かに認識することができた。
「パチンッ、パチンッ」
外の様子を確認した男は、機内の光源を少なくするため消していたレーダーや通信機器などの電源をつけた。
「ふう〜、、」
クラウ・ロゼスは、大きく息を吐くと凝った体をほぐすため背伸びをした。
アガン戦争から生き延びたあと、クラウは持ち逃げしたヴァルチャーの中でその日暮らしの生活をしていた。
(この間仕留めた宙族の機体を売っぱらって50万フィル、けど燃料やらリペアやらでいろいろ使って気づけば10万フィルかぁ)
ポケットから固形食料を取り出すと、口の中で溶かしながら飲み込む。
「ピピピッ」
「あぁ〜はいはい、」
突然、コックピット内に電子広告がいくつも広がり目の前を覆い尽くした。
マザールートの航行路に入ったことで、広告が流れ込んできたのだ。
「やれやれ、毎回毎回、どこの広告屋が仕組んだんだか……鬱陶しいにも程があるぜ」
SECT5から長く伸びるマザールートと呼ばれる航路がある。
マザールートは商売から外交まで様々な船が行き交う大きな航路で、その重要性から監視や警備など安全確保がなされており、多くの人々がその航路を利用していた。
クラウは、人気が多いところが好きではなかったため、マザールートを毛嫌いしていた。
船が発する眩しい光が常に行き交い、無線は無作為に雑多な音を拾ってしまう。
電子操作系には様々な通知が流れ込み、取捨選択をする前に電子広告がコックピット内に広がる。
こちらの都合を考えず、ひたすら受動的であることを強いられるあの場所は、クラウにとって苦痛だった。
「少しだけ、ここを通らせてもらいますよっと」
クラウは元々、ここを堂々と通ることができない人間である。
アガン戦争からなんとか逃げ延びたクラウだが、彼は本来戦死となっており、世界に存在していないとされている人間である。
そのため、先の戦争で自身の操縦する機体「ヴァルチャー」を使って逃げ延びたクラウには、敵前逃亡だけでなく重い罪が課せられている可能性がある。
いや、おそらく課されているだろう。
しかし、クラウは焦っている様子などひとつもなかった。
クラウは何回か共和データベースで民主国家オッドの軍人クラウ・ロゼスについて調べたことがあった。
そして逃亡と表示されるであろうそこには、いつもこう書かれていた。
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民主国家オッド
宇宙軍 第2飛行団 第1中隊隊長
クラウ・ロゼス 大佐
アガン戦争にて第2飛行団の第1中隊、隊長として作戦を指揮。当該の戦争に於いて戦死。特別試験機V-Λ 大破。遺体無。クラウ・ロゼスは殉職のため特別昇任とする。
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なぜか彼はアガン戦争において、戦死したとみなされて殉職処理をされていたのだ。
そのため、形式上の特別昇任として二階級特進が行われ、当時少佐だった階級も大佐へと変更されている。
(特別昇任で大佐になっても、遺族がいなきゃなんの意味もねぇじゃねぇか)
二階級特進は、殉職した者の栄誉を讃えるとともに、遺族の生活を安定させるために古くからある制度である。
しかし、この世に血の繋がっている者が一人もいないクラウにとっては必要のないものだった。
(まぁ、俺が死んでないからどうでもいいんだけどな)
さらにおかしなことに、彼の搭乗しているヴァルチャーも大破という処理を受けている。
(普通は破片や機体の一部が確認されてから、処理されるはずなんだけど。なぜか大破になってるんだよなぁ)
大破処理となっているヴァルチャーの情報処理システムや搭載されている諸機能は軍用のもので、一般的に購入できる宙機とは比べ物にならないほど高性能である。
その分、全てが軍仕様であるため、通信システムに使う電子言語や機体などを詳しく検閲されると、一発で軍仕様の宙戦機だとわかってしまう。
オッドのみならず、どの国においても宙戦機の情報は極秘であり、検閲システムには登録されていないため、その場でヴァルチャーだと特定されることはないだろう。
しかし、検閲システムは不明機を発見した場合、即座に機体情報をデータベースに登録し、そのデータベースへはどの国からもアクセスできるようになっている。
オッド政府が、そのデータを発見すれば即座にヴァルチャーを探しに来ることは間違いない。
それを避けるため、もちろんクラウ自身も搭載されている軍用システムや塗装、デカール等がバレないようユーヌスの内部に細工をしてはいる。
だがそれは主に検閲時において、機体の分析に時間がかかるようなそんな細工だ。
そのため、なるべく検閲などを受けるような大きいルートは避けたいのが心情であった。
(逃げた直後に機体を見てもらったのは正解だったなぁ。代わりに相場の5倍くらいの値段で、酷い目にあったけど)
ふいに、小気味良いリズムでスネアドラムの音が流れだす。
合わせて、コックピット内の無骨な雰囲気に不釣り合いな管楽器とピアノの音が流れ始めた。
彼の好きなクラシックジャズだ。
「もうそんな時間ね、ちよっと急ぎますか」
この航路は、時間経過でさまざまな検閲処理が行われていく。
偽装や改造によってなんとか誤魔化しているものの、共和データベースをシステムによって監視している一つの国家の反応の速さは、想像を超える。
不明機が登録されれば、その情報からありとあらゆる分析が行われる。
万が一この機体が軍のものだとバレた場合には、即刻オッドの政府へ通報が入るし、奴らは燃費なんて度外視の穴越宙で飛んでくるだろう。
検閲処理が終わる前にこの航路を出れば検閲のデータも即削除されるため、クラウはこの航路に滞在できる最大の時間まで、アラームをセットしていた。
「よし、この辺りから行けるな」
クラウは操縦桿を手前に引くと、航路の真上を目指しエンジンを全開にする。
途端に体がシートへ押し付けられ、内臓のあたりがぐぐっとへこんだ。
クラウは口角を少しあげ、頬の皮膚を後ろへなびかせながら、マザールートの航路外へと抜け出した。
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標準時間で丸一日がたった頃、クラウはマザールートから外れた人気のない宙域で、レーダー装置を作動させながら、腕を組み深い眠りについていた。
この宙域はデブリ等の障害物が多く、一般的な宙機では常に操作が必要となるため人が寄りつかない。
そもそも周囲に大きな惑星もないため、ヴァルチャーのように信頼性の高い自動操縦システムと効率の良い推進機構がなければここに来ることすら叶わないだろう。
周囲は暗く、自動操縦でヴァルチャーがデブリを避けてくれる。
寝るにはもってこいの場所だ。
コックピットで眠っていたクラウは夢を見ていた。
暗闇の中を、ただ、漂っている。
上下左右、自分がどこを向いているのかもわからず、力強く体を動かしたり、もがいたりしてみる。
だめだ、移動することもできない。
いや、そもそも移動しているのか?
なにをしても無意味だということを悟り、ただひたすらに脱力し空間に身を委ねてみた。
”星の意向は時の審判を招き入れ闇の影を写している”
不意に声がした
声のする方向を見ても、やはり闇があった。
手を見てみる。
腕や手などがない。
なるほど、これじゃあ動けない。
”暗闇に身を任せ境界線をなくすのだ”
いや、腕や手がないのではなく、この空間自体が俺なのか?
” ──空間が、自己へと昇華する。”
声が次第に大きくなり、鮮明に聞こえる。
”事象は思いのままである”
声のする方向を見ると暗闇の奥からさらに黒い、何か靄のようなものがこちらへとゆっくり迫ってきていた。
”我々を閉じ込める生命の殻から抜け出すのだ”
クラウは靄から必死に逃げようとする。
しかし、その方向を見つめ漂うことしかできない。
”ああ!夜に身を委ねるな!"
黒い靄の速度が上がり、この空間を満たし始める。
”今こそ彼らを支配し従えるのだ!”
クラウは暗い靄に飲み込まれた。
「ッッハァ!」
気が付くと、着ていたパイロットスーツはびっしょりと濡れており、体中がべたべたして気持ち悪くなっていた。
呼吸が乱れている。
「ピピッ、ブゥゥゥン」
心拍数の上昇を察知したシステムが空気循環装置を起動させ、コックピット内にピピっという音が響く。
濡れた服の上から、涼しい風が流れ込んでくるのを感じた。
どうやら夢を見ていたらしい。
「なんだってんだよ、、、一体、、、、、」
手元を見るとコックピットディスプレイの中でレーダーや通信機など、周囲の電子機器がかすかな音を発しながら電源ランプを光らせている。
時計盤の中央にある機内時間を見ると、眠ってから大分時間が経っている事に気づいた。
レーダーを確認し、システムの内部も外部から干渉がなかったか履歴をチェックする。
何も起きていないみたいだ。
(ふぅ、それにしてもすごい夢だったな。あの空間はなんだ?それにあの黒い靄は一体、、、)
今までも何度か宙機で寝ていたが、ここまで印象的な夢を見たことは一度もなかった。
そもそも、クラウはあまり睡眠中に夢を見る体質ではなかったため、内容も相まって気持ち悪く感じていた。
(あの声はなんだ?何か歌っていたな。そういえば、どこか聞き覚えがあるような?)
クラウは思考の海に沈み、考えこんでいた。
だが言い方を変えれば、彼は油断していた。
寝起きだったこと。
最近はヴァルチャーのおかげで命の危険を感じるような戦闘をしていなかった事。
そもそも、機体はなんの反応も示していないこと。
そしてさっきの夢。
それらが重なり広大な宇宙の中でクラウは油断していた。
この静寂と暗闇が包む、広大な宇宙において。
彼は量子警戒レーダーも起動していなかった。
いや、していない事を忘れていた。
彼はまさかこの宙域を、自分の他にも訪ねるモノがいるとは思っていなかった。
不意に悪寒がした。
クラウの身体が、警鐘を鳴らす。
背筋がぞくりと反応し、彼の皮膚が粟だつ。
暗闇を滑り巨大な岩間を縫うようにして、一つの流星がヴァルチャーに迫っていた。
ちなみに、クラウが聞いているお気に入りのクラシックジャズの曲ですが、今回聞いていたのはジョンコルトレーンのmoment 's noticeです。




