第1話「月が隠れる世界について」
第零話
重くのしかかるような雲
見渡す限りの大地
転がっているのは獣と花と悪魔
一人立つ彼は笑っている
近くにいた友はもういない
重くのしかかるような雲。
冷たく降る雨。
どうやら空は俺の心情を察してくれているようだ。
どうせなら数年に一度の大嵐になってくれてもいいのだが、流石にその願いは叶いそうにも無い。
別に雨が好きだというわけではない。
ただこの後の入学式をつぶしてほしいだけだ。
そう、入学式。人生で数回しかないイベントを俺、御神隼人《はやと|》は今日迎える。
なぜ入学、卒業そしてまた入学と一々区切りをつけ、リセットするのだろうか。小・中学と9年間かけてやっと「知り合い」程度までにはなったメンバーと離れてしまった虚しさを考えたら多少態度に出てしまっても仕方ないのではないだろうか。
さらに自身で望んだ学校であればまだしも、俺たちには進路を選択する自由など無い。
住処から歩いて約40分。第四日本召喚士訓練学校という物騒な名称に負けない武骨な建物が今日から通う学び舎だ。
今から70年前、陣歴元年と呼ばれるある時期から特徴を持つ新生児たちが世界中で生まれ始めた。その子供たちは体のどこかに不思議な魔方陣のようなあざを持っていたのだ。そのあざを持つ新生児たちは、筋肉や骨密度などが通常と大きく異なり優れた身体能力を持っていた。成長し、5歳児になるころには筋力、体力、跳躍力等は大の大人にまさるほどであった。新人類だ、などと当時は大騒ぎだったらしい。
しかしその後、有頂天にあった人類は一転、地獄を見る事となった。
陣歴8年、あざを持つ新生児を追うように世界中で赤い魔法陣が発生した。
地面に、山に、空に、海に、至るところに発生した魔法陣から出てきたのは獣のような何かであった。ようなというのは、それらは犬や猫、狐、熊等の特徴を持っているものの、異常に発達している爪や牙、そして何より凶暴性が従来の獣とは大きく異なっていたからだ。のちに陣獣と呼ばれる獣たちは日常を過ごしていた人々を襲い、世界各所をパニックに陥れた。各国は早急に警察や軍等を総動員し、事態に当たった。銃等の火器も惜しまず使用されたが体躯が大きなものや皮膚が分厚く硬い陣獣も多く効果は薄かった。最終的にはいくらかの住民を巻き込んだ核兵器での制圧を行った国もあったと記録にある。
地獄の始まりとなったこの陣獣対戦を皮切りにしてこの後、さらなる被害を出した人花対戦、そして人と人が居場所と資材を奪いあう人魔対戦が発生する。
三つの大きな争いを乗り越え陣歴70年現在、日本の人口は約5,000万人。
人が住める場所は日本全体の約2割の面積となった。
今も陣獣に怯え過ごす人類の切り札は、陣獣に劣らない身体能力と備えたとある能力から「召喚士」と呼ばれる、かつて新人類と騒がれていた者たちだ。
召喚士訓練学校はそんな切り札達を育てる「希望の学び舎」なのだと人は言う。
切り札と言われれば聞こえはいいが実態は進路を勝手に決められ、争いを強要される奴隷である。中学までは友達と普段通りの生活を送っていた子供が突然命のやり取りを学べと言われるのだから普通は恐ろしくなり逃げ出してしまう者がいても仕方ないのではないだろうか。だが、今俺を挟む二人は悩み等なさそうな笑顔を見せている。
左を歩く、高校生とは思えない身長と肩幅の広さをしているのは黒鉄 玲。赤茶色の髪を適当にセットしたその顔は威圧感を与えつつも笑顔はなんとなく優しさを感じさせるのだから不思議だ。
そして右を歩くのは玲とは対照的に小動物を思わせる雰囲気の少年、晦 花楓。サイズの合っていない制服と目立つ透明感のある金髪はまるで小学生が古の不良を背伸びしてまねているかのようだ。
無邪気な小学生のような笑顔の二人を見ていると幾分か気持ちも楽になる気がしてくる。
「おれはこの学校で彼女を作る!」
「レイは彼女の前に進級できるか不安だよ、、、」
「召喚士の訓練学校なんだから勉強なんかやんなくていーんだよ!」
「いや、一般授業もあるからね!?」
中学の時と変わらない二人とともにできるだけ、平穏な日常が過ごせることを祈りながら校門をくぐる。
身構えていた割に訓練学校生活初日はあっさり終わった。
初日ということもあり簡単な入学式と1学年に1組しかないクラスでの自己紹介。
そして今後の授業と訓練の内容に関する簡単な説明だけであった。
訓練という言葉がちょこちょこ出てくること以外はおそらく普通の学校と大差ないだろう。軍隊のような場所を想像していた身としては安堵したというか肩透かしだったというべきか。
レイと別れた後の花楓との帰り道、花楓は終始楽しそうにしていた。
「思ったよりボクの髪、目立たなかったね!」
「ああ、青髪のやつとかもいたしな」
小学校で途中から編入してきた花楓は最初のころその目立つ髪の毛でからかわれていた。今の時代、生まれつき特徴的な髪の色を持つ召喚士も多いが俺たちのいた小学校では三人以外の召喚士はいなかったため一番髪の色が派手でさらに編入生というその肩書だけで小学生がからかいの対象にする理由には十分だった。直接殴り合うと普通の小学生が100人かかっても当時の花楓には勝てないためいじめといわれるほどではなかったが花楓は当時かなり気にしていた。しかし今日のクラスを見る限りまさに十人十色、むしろ地味な髪色の俺と玲の方が浮いているくらいであった。花楓と何気ない話をしながら我が家へと向かう。我が家といっても俺と花楓は訳あってとある人物の家に居候している。
「ただいま!」
「ただいま」
家に住む住人は俺たちを含めて五人だが後の三人はこの時間家にはいないはずなので返事は帰ってこない、、、はずだった。
「おかえり!」
にこやかにそこに立っているのは紛れもない不審者だった。室内だというのにサングラスと目深にかぶったフードのせいでほとんど顔が見えないにも関わらず、口元の胡散臭い笑顔のせいで怪しさが倍増している。見慣れていなければ即座に通報していただろう。
晦 影月。家主でも無いくせに俺と花楓を拾い、どんな裏ルートを使ったのか当時記憶の無かった花楓に名前と戸籍を与えた男だ。彼は普段この時間は訓練校の特別教師として働いているため、この時間に家にいるということは副業の方で急ぎの用事があったのだろう。そして恐らくその用事は俺らにも関係がある。
「なんでいるの!?」
まだピンと来ていなさそうな花楓に俺の予想通り
「こっちのお仕事だよん」
といって見せてきたそれはそれぞれ青と黒の狐のお面であった。




