8 クレメンスとの攻防2
クレメンスとの攻防も2回目になりました。カイは相変わらずベルに振り回されています。
まずベルは魔鉱石の成形について説明した。俺にしたのと同じで、採掘場で出る欠片をもらって来て、水と糊と紙の粉と混ぜて丸めた、というあれだ。
しかし、クレメンスに質問されるままに答えるベルの説明に俺は驚いた。まずは選鉱、見た目で分けられる分はそのままピックアップするが、土や砂などと混ざっている細かいものは水溶液を使って分けたという。
「え、水溶液って?」
「ほら…あの…」
ベルがクレメンスをちらっと見る。自分の失言で俺がヤキモキすることにようやく気付いてくれたのだろうか。うんうん、エライぞ、と思いながらベルの口元に耳を寄せる。
『ほら、プラスチックを分ける時にそんな感じのがあったでしょ?』
『ああ、あれか』
前世でリサイクルの実験でいろいろなプラスチックを切って、食塩水や何かを使って分けるっていうのを子どもたちに体験させていた、あれだろう。屑魔鉱石を見た目で選別しただけだと思っていたので少し驚いた。しかも水溶液ってことは何かを溶かしたんだろう。
「ええと、クレメンスさん…でいいかな?殿って言い慣れなくて」
「もちろんです、あなたは領主ですし、私は学生ですから」
「ああ、ありがとう。で、水溶液っていうのは、水に何かを混ぜてっていうのは魔術士の君には当然だろうけど、ベルはそれに魔鉱石を入れて、浮き沈みで選別したようだ」
「ほぅ!それはすごい!べ…いや、令嬢、それは見せていただくことはできますか?」
俺を見上げるベルに頷く。どうせ隠しても無駄だ。
3人でパントリーへ向かい、同じ場所にある2つの水場のうちの片方で水を汲む、と、ここで俺は気がつく。蛇口、だよな、コレ…おかしい。前はここは排水はできるけど水は外の井戸から汲んできてたはずなんだけど。しかもなんで2本?
ベルは平気な顔で片方の蛇口から水を出し、縦長の桶に汲む。重そうなので俺が調理台まで運ぶとニコニコして「ありがと」と言う。可愛い。いや、今は蛇口だ。クレメンスを横目で見るとやっぱり蛇口を見つめている。う〜ん、後で聞かれるよな…なんで朝気付かなかったんだ、俺の馬鹿。
俺の後悔をよそに、ベルは石を持って来る。
「それは、魔石?魔鉱石?」
「魔鉱石です。ええとこれに魔力を込めます」
「普通の魔力?冷やす力とかじゃなく?」
「普通の魔力です。さっきの冷やし魔力のせいで溜まってるからちょうどいいです」
クレメンスとベルの話を聞きながら俺は不安になる。溜まってるって、おそらくさっきちょっと具合が悪そうにしていたあれだ、二日酔い…もとい魔力酔い成分。でも何だろう、嫌な予感がする。ちょうどいいって何だ?
ベルは魔鉱石を両手で持つとまたプッシュプッシュ言いながら中の要らないものを押し出すようにムニムニと石を揉む。
その掛け声、言わないとできないのかな…できないんだろうな。だって前世でも、パン生地こねるにしても窓拭くにしてもヨイショヨイショ言ってたもんな…などという俺の甘い思い出には当然ベルは気付かず、続けてそのまま水の張った桶に入れた。
俺とクレメンスは上から覗き込む。ベルがさっきのように力を込めた後、ハアァ〜と言いながらゆっくりと手を緩め、放した。すると、魔石になっただろう石は沈むことなく水中に止まった。
「え、何これ?どういうこと?」
俺がびっくりして聞くと、ベルはものすごいスッキリしたドヤ顔で
「お風呂に入ると疲れが取れるから、魔力酔いにも効くのではないかと考えたのよね。それで実験していたら、後からお風呂に入るよりも、魔力を込めながらそのまま水に魔力酔い成分を溶かし出す方がいいってわかったの。今やったのがそれ。この水にさっきの分まで魔力酔いになる成分を出したからスッキリしたわ〜。しかも!この水に魔鉱石の欠片を入れると、土や砂は底に沈むのに、魔鉱石は途中に浮かぶのよ!」
エッヘン!と言わんばかりのベルの可愛さと聞いた内容のすごさに気が遠くなりそうになったが、持ち直す。
「じゃ、じゃあ、さっき言ってた水溶液って…」
「そう、この水です!」
クレメンスを見ると、彼もこちらを見つめていた。さすがの彼も驚いた顔をしている。
「ええと、クレメンスさん…?」
「ああ…いや、ちょっと驚いて。あー、ええと、魔力酔いの症状はこれまでもいろいろ軽減させようと試されてきた経緯があるから、こんな水に溶かすっていうのでできるとは信じられないと言うか…」
そうだよね、俺もそう思う。でもこれまで電池扱いだった魔石に温冷の魔力そのものを込めることもベル以外は考えつかなかった。なぜなら「そういうもの」だったから。前世の記憶があるベルだから、その常識にとらわれずにチャレンジして成功させた。
「…ベル、プッシュはフレンチトーストのバゲットだよね、じゃあ、これは何をイメージしたの?」
クレメンスはいるけど、聞かずにはいられなかった。ベルの魔力操作はイマジネーションの賜物だ。ではこれは?
「干しエビよ!」
「干しエビ…あっ、あれか!」
俺は朝見せてもらった乾物を思い出した。
「そう、干しエビやしいたけの水戻しを思い出したの。私の指先からダシが出るイメージよ!」
「ベルのダシ…」
俺は何となく恥ずかしくなってしまったが「スルメとか切りイカも同じよね」とベルは嬉しそうだ。自分とイカを一緒にするなよ…。
お読みいただきありがとうございます。頑張ります。