7 クレメンスとの攻防1
鬱陶しい魔術士クレメンスです。よろしくお願いします。
ソファに腰掛けてニコニコしている男を見ながら、先程の『アンドリューの紹介で』という一言を思い返す。魔法騎士のアンドリューは昨日の魔石の件で魔術士を寄越すと言っていた、それがこいつか。
ソファに腰掛けて俺をジッと見つめる男を見ながら内心悪態を吐く。
『うう、アイツが来たのは昨日のことなのに、早えだろっ!!王都まで一体どうやって帰って算段をつけたんだ。しかも魔術士の中でもこいつとか…』
ゲームに登場した攻略対象者のうち魔術士は何人もいたが、このクレメンスはダントツで鬱陶しい。
まず語尾がやたらと伸びがち。そして人にベタベタ触る。それは触ることであいてについていろいろわかる力があるという設定だからなのだが、そんな理由は本人の問題であって相手には関係ないので、俺は気持ち悪いと感じるのだ…って、おい、まさか、ベルに会わせたらベタベタするんじゃああるまいな。
嫌な予感を払拭すべく、俺はさっきの慌てっぷりをなかったことにして、領主としての威厳をもってクレメンスに問いかける。優秀な魔術士かもしれないが、こいつはまだ魔法学園に通う学生だ。
俺も外見18歳だけど中身は前世で60歳、こっちに転生して8年だから68歳だぜ?って俺、実はめっちゃ年寄り?やだなぁ…なんてことを考えている場合ではない。
「それで、クレメンス殿はどのようなご用件でこちらへ?」
「昨日アンドリューに見せた『レイゾウコ』という物を見せていただきたいと思いまして。あ、それからそれを作ったご令嬢にもお目通り願います〜」
思った通りニコニコしながらベルに会わせろというクレメンスを笑顔で拒否する。
「冷蔵庫はお見せできますが、私の『婚約者』のベルは、今は忙しくしておりますので無理ですね〜。冷蔵庫の仕組みなら、ベルから聞いておりますから私から説明しますよ」
俺の返事を聞いて、一瞬真顔になったクレメンスだったが、すぐに笑顔を貼り付けて
「そうおっしゃらず、お願いしますぅ。アンドリューからは『こちらの言い分は、必ずや聞いてもらえるはずだ』と聞いてますよ〜。第一、考えついた人から聞くほうが手っ取り早いでしょう?私としては、ここで早く教えてもらえたほうがお互いラクだと思うんですよねぇ。長々と私が居座るのもご迷惑でしょうし、後からやはりもう少し聞きたいことがあるからと王都に来ていただくことになっても申し訳ないですし、どう思われますかぁ?」
と返してきた。
くそぅ、足元見やがって。これ、逆らったらなんやかや理由をつけてベルを王都に連れて行くぞと牽制されていることを感じる。むかつくな、若造のくせに。いや、年齢は本当は関係ないけど、でもこの軽薄そうな感じの若者とベルを会わせたくはない。
こいつは接触によって相手の魔力やなんかを感じ取るキャラ設定だったから、ベルに会ったときに握手をと言って手を握るだろう、そんなの許さん。
ゲームでもルナとぶつかって抱きとめた時に魔力を感じて『君の魔力は、何と言うか…虹色に輝いている、宝石のようだ』とか何とか言っちゃって、鬱陶しいことこの上ないヤツだった。短時間の握手くらいなら大したことは起きないだろうが、それでもベルが男に触られるのは嫌なんだよ、俺は。どうしてやろうか…とギリギリしていたら。
「カイ〜お客様がいらしたの?どなたかしら?」
「うわ!何しにきた?」
執務室にベルが駆けつけてきた。なんだって今…と視線を移すと、開け放たれたドアの向こうでジェイダンが顔色を悪くしていた。ああ、全くもう。
「おやぁ?あなたがイザベル・トウワ嬢ですね?」
立ち上がってベルに近付くクレメンスの前に立ちはだかる俺。握手なんてさせんよ。
「ええ、私の婚約者のイザベルです。イザベル、こちらは…」
「ク…クレ…」
思わず振り向いてベルの口を手で塞ぎ、慌てて紹介する。
「こちらは、魔術士のクレメンス殿だ。クレメンス…」
「クレメンス・ガーネットです。初めまして…ですが私のことをご存知のようでしたね?」
「「…」」
俺はベルに首を振って何も言うなと合図した。大方ゲームのクレメンスの登場に興奮したのだろうが、余計なことを言ってもらっては困る。なるべくベルに興味を持たずにお帰り願いたいのだ。ベルがかすかに頷いたので手を離す。
「は、初めまして、イザベル・トウワです。田舎者なので失礼はご容赦を」
丁寧にお辞儀をしたベルにホッとして、クレメンスに向き合う。
「では、ご質問にお答えしましょう。ここで、それとも厨房で?」
「そうですね、まずは『レイゾウコ』とやらを見せていただきましょう〜」
俺達は厨房へ向かった。もちろんベルとクレメンスの距離を取らせるように陣取ってだ。厨房で冷蔵庫を開けるとクレメンスが驚く。そう、あの作り置きの箱が整然と積まれ並んでいるからだ。そして流れ出る冷気。
「これは…本当に冷たいですね。なるほど、王都でも食べ物を冷やすための箱に魔石を組み込むことはありますが…ええと、この上の部分を開けても?」
「はい、どうぞ」
クレメンスが上部の扉を開け、中から魔石を取り出す。おそらく魔石そのものが冷たいことに驚いているのだろうが、その表情は真面目だ。
「この魔石は、魔力を取り出して冷やす力に変換するのではなく、そのものが冷気を放っているのですね」
「そうです」
「どのように作ったのか見せていただいても?」
「ええ、では…うーん、今はどれも満タンだから、あっちのを」
中の魔石を触っていたベルは、止める間もなくパントリーへと走って行ってしまった。先程見せてくれた魔石が入った箱から持って来るつもりなのだろう。ああ…
「…あちらも後で見せていただきますよ」
「…承知した」
こんなに早く次が現れるとは思っていなかったのでベルとの確認ができていなかった。ああ…冷蔵庫だけじゃなくてコンロもバレるな、これは。
「じゃあ、これに魔力を入れますね。プッシュプッシュ」
「プっ?」
「あ、この中にある余計なものをまずは絞り出すんです。それから私の冷やし魔力を入れます」
ベルは二つの丸い石を持ってきていた。一つを左手に乗せると、もう一つを右手で掴み、軽く指先で握っては放すことを数回繰り返すと、最後にクッと力を込めた後、うう〜んと言いながらゆっくりと指先を開いた。魔力を扱ったせいか、ちょっと顔色が悪い。可哀想に。
「え?今ので終わり?何をしたの?」
クレメンスはベルの様子には気付かず質問する。
「冷やし魔力を入れたのです。こっちの魔石から魔力を冷やし魔力として引き出して」
と左手に乗せた魔石を指差し、次に右手で握っていた魔石をさして、
「こっちの魔鉱石にそのまま流し込みました」
「あ、こっちのは魔石じゃなかったということですか?」
「魔鉱石です。見た目は同じだからわかりにくかったですね?何か印をつければいいのかな」
「そうだねぇ、何か色をつけるとか、文字を書くとかはどうかな?」
「それいいかも」
いや、そういうことじゃないと思うんだが、二人の会話は成立している。俺は昨日も魔力を込めるところを見たし、説明も聞いたからそれほど驚きはしないが、クレメンスはなぜ平気なんだ。アンドリューから聞いてきたとか、だろうか。
「それにしてもぉ、この同じような形の石はどうやって準備したのかな?わざわざ削ったわけではないよね?」
「ああ、それは、」
「ベルっっ!!」
くそっ、クレメンス、こいつは本当に厄介だ。見ているものに驚いていないわけではないし、その異様さに気付いてもいる。でも俺を経由せず油断させてベルが自ら話すように仕向けている。
「タヴァナー男爵、彼女の説明の邪魔をしないでもらえますか?私は仕事できているのですよ」
「…わかっている」
そうだ、わかっている。でも、もしこのことでベルが王都へ行くことになったら?俺の側から離れてしまうことになったら?俺は多分生きていけない。でも、一緒に王都に行くなんてことはできない。領主としての務めを果たさなくてはならないのだから。
「わかっている…しかし、その…」
「…ベル嬢をどうこうしようとは考えておりませんよ?」
「ベルって呼ぶな」
「え、そこですか?」
「やだ、カイったら、クレメンス様にそんな言い方」
「うるさい、可愛い声でそいつの名前を呼ぶな」
クレメンスは一瞬驚いた顔をしたが、吹き出して言った。
「なるほど〜、これは聞いた通りの溺愛っぷりですねぇ。ご心配なく、私がベル嬢に何かをしたりここから連れ出したりすることはありませんから〜」
「だから、ベルって呼ぶなって言ってんだろ」
「カイ!!もうやめて頂戴」
ちょっと顔を赤くしたベルに腕を取られて仕方なく黙る。
「アンドリューに聞きました。男爵は婚約者を非常に大切にしているようだと。そして婚約者様も男爵を大切にしていると。そんなお二人の邪魔をするつもりはありません、私は純粋にここでイザベル嬢がしていることを知りたいのです。誓って、それ以上のことを望むことはありません」
右手を軽く挙げてそう言ったクレメンスは大層真面目な顔をしていた。そう言えばこいつは魔術馬鹿だった。だからルナの魔力量や操作のこと、何より魔力の美しさが気になって仕方がなく、攻略も簡単だった。
ベルの魔力量も多いが、それはクレメンスや他の攻略対象の魔術士よりは少ないのだから、そこまで興味をもたれることもないだろう。
「…では、ベルから説明を」
渋々そう告げると、クレメンスはニッコリした。
お読みくださり、どうもありがとうございます。クレメンス回まだまだ続きます。