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6 魔術士クレメンスが現れた

仕事を頑張るカイの前に、魔術士の登場です。

 ベルから他のも見てと言われたパントリーの棚には、魔石だけでなくジャムや乾燥した豆類、干しエビや昆布なんかの海系の乾物もあった。


 彼女によると海に近いところから来る商人から買っているそうで、代わりにうちの魔鉱石の欠片を使った雑貨を譲っているという。


「これって、量はどれくらい?」


「うちで食べる分くらいだし、一ヶ月に一回くらいは来てもらうことにしたからそんなに多くないわねぇ、この棚で1段分、これ3箱くらいよ」


と籐籠の中を見せてくれた。


 本当だ、豆はいろいろな種類がある。でもそこまで多くはなく、食べ切った頃に次が来るのだろう。


「あ、これ小豆?」


「そうよ、食べたい?」


「食べたい!」


 籠の中の袋に小豆を見つけた俺は内心飛び上がった。俺ぜんざい好きなんだよね。前世でもよく塔子が小豆を煮て作ってくれて、食べすぎて家族に太るから食べすぎないようにと叱られた。ぜんざい、というか餅が好き。お雑煮とか毎日でも食べたかった。でもお米が必要だからそれはあきらめる。


 そのうち海産物みたいにどこかから買えるかもしれないけど、そのためにはお金が必要だし、やっぱり俺が頑張らなくちゃいけないのは領地の経営だ。決して餅が食べたいからじゃないぞ。


「じゃあ、小豆煮ましょうかね」


「やった!じゃあ俺、仕事頑張るわ」


 実家ではそれなりに子爵令嬢と男爵令息らしい話し方や身のこなしを身につけていた俺達も、思えばここ3ヶ月で随分とくだけて前世のような口調になってしまう。転生後8年過ごしても60年には敵わないということか。まあ人前では気をつけるとしよう。


 というわけで魔石のことは気になったけれど、とりあえず仕事はしないといけないし、小豆を煮てくれると言われたので片付けをベルに任せて執務室に戻った。


 14〜5畳…畳で考えてしまうのは前世が長らく古い家だったから仕方がない…の執務室は使用人のジェイダンが掃除をしてくれているのできれいに片付いている。


 領地の経営が父と兄のせいで厳しくなってから、それなりの人数がいた屋敷の使用人は極力減らし、自分のことは自分でやってきた。


 ルナと一緒にベルの実家で努力したことで領地はかなり潤い、経営も正常化したが、使用人をたくさん置くことにはそもそも抵抗があったし、2人分なら食事は自分が作るとベルが言ってくれたので、家で働く使用人は少ない。


 ジェイダンはその数少ない使用人の1人で、ベルがあれこれ頼んでいるフィルと同様信頼できる人物だ。フィルは随分とベルからあれこれ頼まれて物を作ったりしているようだが、ジェイダンはどうなのだろうか。その他にも一応メイドや執事もいるのだから、今度聞いてみなくては、と思った。


 昨日アンドリューのせいで中断された各地の報告書を読む。


 タヴァナー領は山がちで土地は痩せている。主産業というかほとんどそれに頼っている魔鉱石の採掘は真っ先に改革に取り組み利益を出せるようにしたが、その他にも一応細々とではあるが産業もあるのだ。


 ベルの実家のトウワ領には遠く及ばないが…あそこはほぼ北海道だからな、と思う。広く肥沃な土地で農業、酪農、観光と多くの産業が可能で、しかもベルの前世の知識でちょっとしたブームも起きてその都度領地は潤った。


 ベルのアイディアのいい点は、既に王都にあるものや、特産品を使って誰でも作れる物をちょっと工夫したり目新しいものにしたりするところだ。大きすぎて世界観に影響を及ぼすほどではない、前世でも生まれては消えていったグルメブームのようなもの、それをベルは生み出した。


 思い返せば前世で塔子は、なんでも流行り物を一通り作ったり試したりしていた。子ども向けの体験にできそうというのも理由だったが、何かを食べに行ったりすると同じものを家でも作ってみたいようで台所でゴソゴソしていた。


 驚いたのは流行りのタピオカティーをタピオカから作った時だ。塔子は


「片栗粉とお砂糖でできるの。今回は黒糖を使ってみたんだけど、丸めるのがすっごく面倒だったからもうやらない!」


と笑っていたが、味は良く、娘のマリエは呆れながらもすごいねぇと感心していたものだ。


 そういう時、塔子は『もっとほめて〜』と小さな身体をクネクネしてマリエにすり寄り、脇腹をくすぐられて悲鳴をあげていた。ああいうところが本当にいつまでも可愛い妻で、俺も側に行って脇腹をつまんだら真っ赤になって『ふ、太ってるからヤメテ』と抗議された。なんだろうか、あのいつまで経っても動物みたいな慣れなさ…ああ、可愛い…。いや、仕事するんだった。


 タヴァナー領はトウワよりも更に標高が高く、森林地帯が多いため林業として木材の産出はそこそこ収入を得ることができる。広さは前世で言えば東北や長野あたりの本当に小さい町や村ほどなので、魔鉱石の産出と林業を堅実にしていけば長期に渡って領民が暮らしていくことはできるだろう。


 現在の人口は700人弱、ここから6、70、いや100人くらい増えるともうちょい活気が出てくるか…ああ、何年かかるかなぁ。


 そもそも最近は近隣職国と揉めることも少なくなり平和な世の中になっているから、魔石の盾としての需要は本当は減っている。それでもまあ『お守り』的な意味で魔石は必要とされているのだ。


 王都をはじめとする都市では人口の増加とともに教会の数も増え、そこに設置するための魔石も必要となる。教会は信仰の対象だし、設置したら守りの石も管理する人もセットでいるってこと。


 だからうちもなんとかやっていけてる訳で、これが『平和だし、もう魔石そんなにいらないんじゃない?』と偉い人が考えたらうちはおしまいだ。それこそ林業でなんとかしていかなくてはならない。


 これまでの領主、つまり俺の父親はその辺全く考えていなくて、その経営は酷かったが、今は領民は搾取されることもなく適正な収入を得ている。


 と言っても、現状は領地内でギリギリ自給自足…が難しいくらいなのだが、主食となる小麦や芋類は作れるし、足りない分の食料は領地でまとめて購入して配当できるようになってきた。労働の基本は鉱山での採掘だけど、農業に従事している人もいるから、主食以外の野菜ももう少し作れるようになればいいと思っている。


 トウワ領が北海道のようであっても柑橘類やお茶の栽培ができるように、タヴァナーもそこまで気候としては厳しくない。それを生かして育つ作物を見つけることができればと期待しているのだ。これまで、『無理だ』と思っていたのはゲーム補正だったのかもしれないし。


 それ以外の嗜好品に近いものは、交換したり、前世の農協やよろずやみたいなところが仕入れてそこで売ったり買ったりしているので、お金を使うのはそれくらいだ。でもこれからは変わっていくだろう、と思いたい。


 これまでは馬鹿親父がむしり取って外部に売って金は自分で使ってしまっていたが、今は道路や鉱山の整備、医療、福祉など公共事業に必要な分と予備費用、そして中央からの借入金の返済用に徴収している分以外は品物は領地内で流通されているので物に困ることはだいぶ少なくなった。無いなら無いなりに有る物で暮らしていけるし。


 そう考えると今の状況が続くことは領民にとっては良い環境だろう。それでも外部からの物や流行に関する情報を入れてくれる商人がいることから、もう少し時間が経てば、生活必需品以外にそういったことにお金を使おうという意欲が湧くかもしれない。


 また生活がラクになれば、出生率も上がるだろう。そうなれば領地内の寺子屋みたいな学校だけでなく、その先の中央の学校に行かせたいという家庭も出てくると予想される。その時になってから何かを始めるのでは遅い。


「うーん…お金使うのが消費行動からっていうのはちょっと危険な感じがするし、まずは領地内での生活の質の向上かな。うちは労働人口がほとんどで子どもが少ないからなぁ…」


 各地からの採掘や木材の産出量を見ながらそんなことを考えていると、いつもは落ち着いているベテラン執事のジャクソンが慌てた様子でやってきた。


「どうした、ジャクソン、そんなに急いで」


「旦那様、お客様でございます。その…」


 口ごもるジャクソンの後ろからヒョイと顔を出したのは、長身の、水色の長髪を一本の三つ編みにして左肩に乗せている、白いローブの男だった。


「こんにちは〜、アンドリューの紹介で来ました〜」


「はぁっ?おまっ、いや、あ、あなたは…」


「おやぁ?その顔、もしや私をご存知で?なぜなのか気になりますねぇ、でも自己紹介はさせていただきますよ、王都で魔術士をしております、マイケル・クレメンスと申します〜。できればクレメンスとお呼びいただきたく」


「あ…ああ…それは、その…あっ、私は領主のカイ・タヴァナーです!ク、クレメンス様、申し訳ない、どうぞこちらへ!」


「ありがとうございます〜」


 俺が促すのに素直に従い、向かい側のソファに腰掛けたこの男は魔術士のマイケル・クレメンスだった。この男もルナが魔法学園に行ってから出会うはずなのに、どうしてここに…。忙しいというのに突然現れた男の姿に俺は明確に頭痛を覚えた。

お読みいただきどうもありがとうございます!

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