3 変わらない俺と君
アンドリュー回が終了します。
ベルと共にアンドリューを連れて厨房へと移動する。
産業に乏しい領地の屋敷なので、そう大きくも充実もしていないが、ベルが前世の知識を生かして料理を頑張ってくれていることもあって、整理整頓されて清潔だ。
そう言えば前世の塔子は児童保護に関する仕事の経験があって、こども食堂の運営なんかもしていたから、衛生管理にも厳しいんだった。
「ええと、これが冷蔵庫です」
「開けたまえ」
「はい。ヨッコイショ」
…ヨッコイショはないだろう、と思ったがアンドリューが黙っているので口を挟まないよう気をつける。ベルはいつの間に作ったのか、厨房の奥に設置されている学校で掃除用具を入れるロッカーのような背の高い幅広の木箱の扉を開けた。
「!!」
俺とアンドリューは驚きのあまり言葉を失った。
ひんやりとしたロッカーの中は何段かに仕切られ、中央にはツヤツヤに塗装された小さな木箱がいくつも整然と積まれていた。その数は10もあろうか。この光景は前世の冷蔵庫でも見た…
「つ…作りおき?」
「うん。えへ、ラタトゥイユとか、あなた好きでしょ?いつも出せるようにと思って」
「うん、ありがとう…って、いやそうじゃなくて!」
「これは…なぜこの箱の中はこんなに冷たいのだ」
そうだった、ホッコリしている場合ではない。アンドリューに説明は必要だ。俺だって冷蔵庫の概念があるからしてそこは理解できるけど、いつの間にどうやって作ったのかの説明がほしい。
「あ、これです」
ベルが脇にあった木箱を冷蔵庫の前に持って来てヨイショと置くと上に乗り、上部の小さな扉を開けた。中にはコロコロと魔石がいくつも入っていて、それは冷たさを放っていた。
「それ…」
「はい、私が作って入れています。魔力が切れたら別なものと取り替えます。魔力を操作する練習にもなるし一石二鳥です。あ、ちょうどこれが切れそう。ちょっと待ってくださいね。」
ベルは彼女の握りこぶしより少し小さいくらいの丸い魔石を取り出すと、掌に乗せた。そして厨房の常温のパントリーからもう一回り大きい魔石を持って来ると、そちらから魔力を引き出し、冷やす力に変換しながら冷蔵庫から出した魔石に流し込み始めた。
「そ、それは…」
「うう~ん……はいっ、っと。できました」
ベルは魔力を取り出した魔石を調理台の上に置くと、掌に乗せた魔石をじっと見ながら手でキュッキュッとつまんでいる。
『何をしているんだ?』
何度かつまんだ後、どうぞと俺に手渡された丸い魔石は冷たさを放っている。
石に手をかざしたアンドリューは信じられないという顔で魔石を見つめている。いや、俺もだ。
「ベル、なぜこの魔石は冷たい?そして誰も魔力を引き出していないのに自然に冷えるのはなぜだ?」
「ああ、勝手になくなるまで出るようにしたの」
「勝手にって」
「あれよあれ、ほら、灯油ポンプ」
「灯油ポンプ……あっ!」
さっき手で何やらつまんでいたのはそれか!
「冷たいのが出やすいところを見つけて、そこからジャーっと」
「いや、でも汲み上げてないよね?」
「うーん…そう言われれば。でも中は満タンだから、出る穴を作ればこうして」
確かにできているからそう言われればそれまでだが。と、アンドリューを見ると呆然としている。そうだね、驚くよね。
「外側の箱も中の小箱も庭師のフィルに作ってもらったの。小箱は水が染みないように漆を塗ってもらって。あ、一番下の箱にははお野菜が入れられるのよ!見る?」
…そういうの、もういいから、ヤメテ。
「…タヴァナー男爵…」
「…はい…」
俺達は魔石をいくつか持って、リビングへ向かった。
*****
「それでベル嬢、先程のことだが、いつ気がついたのか教えてくれ」
「ええと…こちらに来て、お料理をするようになってからです。作ったものがすぐに悪くなってしまうのが困るので、冷やしておけないかと思ったのがきっかけです」
「そうか…男爵は気付いていなかったようだが?」
「はい…恥ずかしながら、気付きませんでした…彼女が婚約者としてここへ来たのは3ヶ月前です」
「3ヶ月か…」
俺は本当に気付いていなかった。ルナが毎日楽しそうに何やらしていることには気付いていたし、いろいろ懐かしい料理を作ってくれるのには感謝していたけれど、こんなことになっているとは。
料理については、そんなに使用人もいないし、二人分だからそう大変じゃないと言ってもらって、甘えていた。考えてみれば毎日あんなに前世と同じようにおかずが出てきていたの、この世界ではシェフでもいなければ無理だった。…言い訳になるけど、傾きかけたこの領地を立て直し、領民を守ることに必死で、家事について考える余裕なんてなかったんだ。
「うーん…」
アンドリューはソファに座って腕を組み、考えている。何のことについてか、選択肢が多すぎて怖い。でも一番怖いのは、ベルがその魔力を理由に教会に連れて行かれることだ。それだけは…祈る気持ちでアンドリューの言葉を待つ。
「タヴァナー男爵、いろいろ聞きたいことはあるが、私にとって今一番重要なのは用途が限定される魔石ができることだ。その作り方を詳しくベル嬢に聞きたい」
「…はいっ」
「信頼出来る魔術師をここに呼ぶから、それに伝えてほしい、いいか?」
「…はい」
「…ベル嬢は…」
きた…頼む、ベルだけは…。
「ベル嬢は…興味深い人物だな、大事にするがいい」
「…っ」
「なんだ、不満か」
「いえっ…」
俺の様子にアンドリューはフッと笑い、
「最初はこんな田舎に随分と可憐な令嬢がいるなと思ったが、驚きでそんなことはどうでもよくなった。魔石の件が落ち着いたら、あのレイゾウコとやら、そしてツクリオキとスフレパンケーキ、トウユポンプについても聞きに来ようと思う」
「っ…っは、はい」
こわっ、しっかり引っかかるべきところは引っかかってるし。しかし、正直、ベルの見た目をどうのこうの言うこいつのことはいろんな意味で締め上げたかった。が、今は我慢だ…。やったら負けるし…くっ悔しい。
「急な来訪失礼した、だが次回もあろう。では、また」
アンドリューはそう言って、お付きの魔法騎士たちを引き連れて帰って行った。あいつらを家に入れなかったのは正解だった。そしてアイツが到着してから引き上げるまで、時間にしておよそ4時間といったところか…寿命が縮んだ…。
「カイ、ごめんなさい、私」
「ああ…ベル、いいんだ。君が連れて行かれなくて良かった。本当に、それだけで…」
魔法騎士たちを見送った後の玄関ホールで、ベルと一緒にここにいる状況に安堵し、俺はベルの手を引いて抱き寄せた。
「君が連れて行かれたらどうしようって、本当に怖かった。次からは気をつけて。魔力の話は特に。君は元々は主人公の設定だったから、思っているより魔力量多いんだからね?」
「はい、ごめんなさい」
「いや、いいんだ、謝るな…ベル…そもそも俺が君を放っておいたのが悪いんだ。すまなかった。頼むから、ずっとここにいてくれ」
心の底からそう願う。今になって手が震えていることに気付いた。
「うん、ずっとここにいる。あなたといるから」
「愛してる」
「私もよ」
ああ、もうこの一言で全てがどうでも良くなる。この時間が続くようにこれからはもっと慎重にならなくては。そしてもっともっとベルを大切にしなくては。一緒にいるからと油断してはいけなかったのだ。
「…さあ、お茶でも淹れよう。飲むだろう?」
「うん…ありがと」
こうして攻略対象の魔法騎士アンドリューとの遭遇は終了した。
が、この時の俺はこの後も攻略対象者たちが現れるとは想像もしなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。




