22 ランドルフの反省とカイの驚き
お付き合いくださり感謝します。今回もお仕事モードのカイです。よろしくお願いいたします。
「君が持って来た提案を受け入れて開発や採掘を進めれば、魔鉱石の供給も増え、それと共に要望は更に増え、当然値も上げられる。そうなればうちは潤うだろう。
でもな、少量でも高く売れるとなれば採掘に携わる領民たちはどう考えるだろう。
そもそも僻地で環境も財政も厳しいタヴァナーで採掘の仕事をしてくれている領民にはそれぞれ事情があるんだ。
それが自分たちが掘っている目の前の魔鉱石に、これまで考えもしなかったような高値がつくとなれば?まあ、これまでも決して安価とは言えない値ではあるけど、あのガメついうちの父親がソレを許さなかったからね。
とにかく…うちの領民はみんな懸命に生きている。いい人たちばかりだと思っている。
でも、そんな彼らにだって『魔が差す』という場合もあるだろう。横流しや横領をそそのかす連中が王都から現れるだろうからね…そのことで後々自分が苦しい思いをすると分かっていてもだ。
だからそんなことをする必要はないし、してはいけないんだという思いを強くもってほしい。
そのためには、自分たちの仕事に、タヴァナーという土地に誇りをもってもらう必要がある。様々な土地の人々の豊かな生活に欠かせないものを自分たちが産出しているのだと胸を張ってほしい。
だから不正はしない、する必要がないと思えるような、精神的に豊かな生活をここタヴァナーで送ること、まずはそこだと俺は思うんだ。そして事情が有る者が、家族をここに呼ぼうと思えたら…。
俺は、領民たちのここでの生活を大切にしたい…それは領主として間違っているか?
まあ…臣下としては、褒められないかもしれないが」
俺のやや芝居がかった長台詞をランドルフは神妙な顔で聞いている。
「領地が潤うのは有り難いし嬉しい。
でも領地はこれから先もずっと領民が暮らしていく土地だ。今ここで目先のことに惑わされて最終的に彼らの中に不幸な出来事が起きるかもしれないことは受け入れられない。
それは領主としての俺の務めだと思っている」
俺がそう言い終わった時、ランドルフは俯いた。そして。
「…そうですか。そういう…。ならば、ここで無理を通すのは…」
肩を落とし、そう言い始めた。
俺はびっくりした。
え?泣き落とし?そういう作戦?…いや違うな、これは本気みたいだ。何やらゴニョゴニョ言っているランドルフを見て、その様子に若干引いた。
『えっ、いやいや、ここでもう引くの?ダメじゃん!』
と心のなかで苦笑する。だって、仕事で来たんでしょ?
確かに恋愛では簡単に次々と攻略できるゲームではあったけれど、俺とランドルフは恋愛関係ないからね。簡単に絆されるなよと思う。
仮にも交渉相手として選ばれて来たのに、こんな説明だけで説得されて自分に任された仕事を諦めるなんて、国の今後に響くでしょ?
若造だけど目端が利くと自信がアリそうだったくせに…いや、若造ねぇ…。
しょうがないな、と思う。それにここで諦めてもらっちゃ困る、という事情もうちには有るのだ。…というかランドルフ、大きくは君がその事情を持って来たんだよ?説明するしかあるまい。
「いや、あのね、まだ話は終わっていないよ?それにここで君を帰してしまったら、それはそれで俺は領主としてあまりにエモーショナルでセンチメンタルじゃない?
君の持って来た話はうちにとって良い話でもあるんだから。もうちょっと粘ってほしいところだったな」
ランドルフは『えっ?』と顔を上げた。
「まあ驚くかもしれないけど、聞いてくれ」
俺は努めてさっきよりも砕けた雰囲気を出しながら続ける。
「領主としては、危険性はあるけど、国の申し出を全部断るほど馬鹿じゃない。
さっき言ったように俺の経営は、領民第一だよ。でも、魔石が人々の役に立つことは望ましいと思っているのも本当。それは早ければ早いほどいい」
ランドルフはコクコクと小さく頷いている。
「でも、うちみたいな魔鉱石に頼っているバランスの悪い弱小領地には君の急激な開発の提案は重すぎる。
だから俺はその条件を呑む代わりに国にがっちりタヴァナーを守ってほしいと思うんだが、どうだろう」
ランドルフはまだ今ひとつ理解していない。そうだろう。
「つまりね、国に対してある一定の契約に基づいて魔鉱石を納めることにするのはどうかと考えている。そうすればそこから先は、教会を主な供給先として、国がどこに売ったか管理できる。
そのための経費や必要な人材、警備も含めてだけど、そういうのをもってもらうことが条件だけど」
「えっ?」
ランドルフは驚いたようだ。
「そ、それじゃあタヴァナーは魔鉱石を国に納入するっていうのか?予め値を決めて?今なら君が自由に値をつけられる状況だっていうのに?それじゃあ君のところは…」
損をする、と言いたいのだろうランドルフに俺は言う。
「専売制度、だよ。そうすれば、うちはある一定の収入は確約される。大儲けはできないかもしれないが、領民たちの暮らしは守られ、開発の費用をもってもらうのもその条件であれば大手を振って受けられる。
後から『あの時、国は支援したのだから…』なんてことも言われないだろうし」
ランドルフは呆気に取られている。
「そんな…そんな制度、いつかは崩れる」
「分かってるさ。
技術の進歩で水道事業もそのうち魔石じゃない資源で運用できるようになるだろうし、冷蔵庫も冷房もそうだ。
ただし、田舎まで広くあまねくっていうのは、4、50年かかるだろう。そうやって別な代替システムで専売制度の必要がなくなる…その頃にはタヴァナーも領地として成熟してるだろうさ。
それまでには、俺だって採掘だけに頼らない領地運営を考えるし、何なら別な領地に統合されることも視野に入れる」
ランドルフは、コンロに手をついて、頭を振った。
「いや…ちょっと待ってくれ…それは国としては願ったり叶ったりだが…」
「じゃあ、やめとくか?
いいよ、俺は。今回の増産は無理だって突っぱねるだけだし、ゆっくり領地の開発を進めることに代わりはない。
でもランドルフ、君は?採掘量を増やせと言う議会やらの要望に対応しながら、俺に開発を迫って断られる。
上からはどうにかならないのかと言われて、とりあえず何度もここまで来て俺に要請しましたって形を取る。
同僚からは『何、あいつデキるって話だったのにダメだったんだ。ふーん』って感じで見られる。それでイイの?」
ランドルフは顔を強張らせた。
デキると自分で思っていたのに手ぶらで帰るとか、耐えられないだろう。少しでも『増産』の結果は持ち帰りたいはずだ。
「でも…本当に、タヴァナーはそれでいいのか?」
ランドルフの顔はまだ半信半疑だ。
お読みくださりありがとうございました。




