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2 カイの心、ベル知らず

カイが大人になってきました。

 結局3人でお茶の時間になってしまった。


 中が60歳のベルは変に愛想がいいというか、年配女性特有の気安さがある。そして長年きちんと働いてきただけあってコミュニケーションスキルは高いし、そもそもが優しく、行動力もあるのだ。


 それは俺も同じで、お節介を焼きたくなる性分でもあるから理解できなくはないが、アンドリューのベルへの熱を感じられなくもない目を見ると苛立つ。俺の可愛いベルを見るなともう一度言いたい。まだ口に出してないけど。


 前世で早くに結婚した俺達は子どもにも恵まれ、仲良く暮らしていた。それでも年を取るにつれて愛情は穏やかになってきていたし、情熱的な触れ合いも少なくなってきていた。だからと言って俺の愛情が減っていたかと言われれば、そんなことは全くなかった。


 いつだって一生懸命な妻が可愛かったし、俺や家族のためにいろいろしてくれることに感謝していたし、時々ものすごい失敗するところも含めて愛していた。お互いが楽しくすごせるように当然俺自身も家事をしたし、塔子が疲れているようなら話を聞き、気晴らしになるようなことを提案した。ダメージが大きくてそっとしておいてほしそうなら、近くで黙って本を読みながら回復を待った。


「ごめんね、もう大丈夫」


「いいから、無理しないで。コーヒー飲む?」


「うん。ありがと」


 これは塔子と俺の大切な儀式のようなものだった。元気になってきた塔子にコーヒーを淹れて飲んでもらうこと、毎晩夜眠る時に布団をかけてやること、この2つは何年経っても他の誰にも譲れない俺の愛情表現で、年は取っていたけれど、妻への思いは変わらなかった。


 それで、この世界に転生したんだよ?しかも成長してこんなかっこいい若者に!もうさ、早く結婚したいわけ。婚約はしたけど、この世界では結婚まではそういう関係になるのはあまり褒められたことじゃないから我慢してるの。せめて俺だけを見ててほしいから、この田舎から出ないようにして社交も最低限、で、周囲の男は俺だけ。使用人もなるべく側に寄せない!なのに。


「これは、なんという柔らかさだ。うまいな」


「あら、褒めたって何も出ませんよ〜お茶のおかわりはいかがですか?」


「いただこう」


 どうして招かれざる客である魔法騎士をお客様扱いでパーラーでおもてなししてるんだ。グヌヌ…。こいつ嬉しそうにしやがって。


 俺以外の男と談笑するベルを見ることになるなんて、この状況を作った自分が情けなく許しがたい。しかもこの二人、初対面の割には楽しそうだし、会話もはずんでいて、さっきからパンケーキのことだけじゃなく、魔法のことでも盛り上がっている。


「最初から守り専用の魔石ならば司祭達だけでなく他の者達も使うことができる。教会に集められている守りの魔法の使い手は、教会に閉じ込められている必要はなくなる」


「なるほど、司祭や見習い達は教会で外に出られないような不自由な生活をしているということですね?」


「そうだ…魔力を込めるのは貴族であればある程度誰でもできるが、それを引き出して守りに使うためには司祭たちが必要で、いざという時に盾となるよう教会に詰めていなければならない。制御の修練も必要だしな。


 私はそれをどうにかしたいのだ。彼らにだって生活を楽しむ権利があるだろう。我々魔法騎士は彼らと共に国を守る。我々も規則や規律は少なくないが、彼らほどではない。彼らは私は彼らにも我々と同じくらいの自由を享受してほしいのだ」


 …えーと、記憶違いでなければアンドリューのイベントって、怪我を負った魔法騎士のために守り魔法や治癒魔法を使ってほしいっていう依頼だったんだけど?そんで結局アンドリューも怪我をして、それをルナが治してって。なのになんで司祭たちの労働条件改善みたいになっているのかな?


 確かに、そうやって教会に閉じ込められてるから彼らもどんどん偏狭に頑迷になってるところはあるだろうから、同情はするし改善には賛成する。でもさ、どうしてうちに来てベルに説明しているの?魔鉱石出荷しているのはうちだから、見当外れでもないけど、やっぱりこれはルナがうちの子だったから、『ここ』に来るのが強制力というものなのかねぇ。


 …などとアンドリューとベルの距離感に青筋立てながらも考えていると、


「アンドリュー様、あの、司祭様たちは魔鉱石に魔力を込めることはできますか?」


「え?ああ、中にはできるものもいる。多くは外部の貴族に頼んでいるがな」


「聞いていて思ったのですが、引き出した魔力を守りに変換できる司祭様なら、空になった魔石にその守りの力を流し込めるのではないかと」


「「え?」」


 俺とアンドリューは驚いた。魔鉱石に流し込む魔力を選ぶなんて、これまで考えたこともなかったからだ。魔力は魔力で、その効果は引き出す術者の資質能力、それが理だ、と思っていた。アンドリューだって無理だと思いながらも俺に頼んでいたふしがある。


「ベル、どういうこと?」


俺がベルに尋ねると、ベルは可愛らしく小首をかしげて


「えーとね、ほら、私が魔石を作れるようになった時に」


「えっ?」


「あっ!」


 まずい、と思ったが遅かった。まだ16歳のベルが石に魔力を込められることはできれば大っぴらにしたくなかったのに。


「こう、魔鉱石から一度いらないものを抜いてからだとうまくいったのですよね。フレンチトーストを作る時にバゲットをプッシュする感じ?といいますか」


「いらないものを抜く…?フレンチトースト…?」


「あー…ベル?その話は…」


「えっ、カイに話したことあったわよね?だってほら、あの時…」


「ベルっ!」


「えっ、あっ!」


 さすがのベルも言わないほうが良いことだったとわかったようで、黙り込んだ、が遅かった。


「…タヴァナー男爵、今の話の詳しい説明を求める」


「「……」」


俺もベルもどう説明すれば逃れられるか必死で考えたが


「…私も権力は使いたくないのだが?」


というアンドリューの一言で諦めた。


 俺からは、ルナの力のことはここでは言えなかったので、多少の脚色を加え、ベルが小さな頃から魔法士に憧れて、魔法の循環の練習を1人で頑張っていたこと、俺と出会ってからは魔力を引き出す練習もしたこと、そのうちに魔鉱石から不要なものを抜くと自分の魔力が入っていくことがわかったことなどを本人から聞いていたものとして話した。


 俺と結婚したくて、うちで産出する魔鉱石の活用に積極的になり、ここのところは魔石作りにも力を入れているのだと言えばアンドリューもなるほどという顔をした。うんうん、特に俺と結婚するってところが重要だからね。


「そうか。それでここのところタヴァナー領の魔鉱石の評判が上がっていたのか」


「…それは、そういう話が出ているのであれば光栄です」


 本当はベルだけでなくルナにも多少頑張ってもらっているのだが、それを言うとまた面倒事がおきそうなので黙っている。


「で、先程の守りの力を込めるというのは?」


「あ、ええと…その」


 ベルが俺をチラチラと見るので、頷いて見せる。ここまでの説明で余計なことは言わないようにという考えは彼女に伝わっているだろう。ベルはちょっと緊張を緩めて


「あの…魔鉱石から不要なものを抜くことですが、そうすると魔石の中が薄くなるのか、代わりに周りにある魔力が吸い込まれるのです。もちろん魔力がものすごく多い人はそんなことをしなくても周りからギュウギュウ圧をかけて、石の中のものを追い出して魔力をねじ込めるのかもしれませんが、私はそんなに魔力が多くないので」


「ほう…なるほど。ふむ、あれか…そう言われれば…」


 アンドリューは時々何かを思い出すような表情をしながら興味深そうに聞いている。魔法騎士なので魔石は当然作れるだろうし、今の説明で自分が感覚的にしていることが言語化されているのかもしれない。ベルの説明もなかなかわかりやすい。


 魔力がそんなに多くないというのは嘘だけど、なかなかいいフェイクだ。…いや、ベルのことだからルナと比べて自分の魔力は本当に少ないと思ってるかも?君の魔力量、小さい頃から訓練しているし最初は主人公の設定だったから他の人たちよりだいぶ多いんだけど…とちょっと不安を感じていた時だった。


「その時に石の周りに温度変化に関わる魔力があれば、例えば冷やす力とかですけれど、石にはそれが入ります」


「え、入りますって?」


なんだか、やったことがあるみたいな言い方じゃないか?


「ええ、入ります。うちの冷蔵庫、それで動かしていますから」


「ちょっ!!えっ?」


「なんだと…どういう…なんだそのレイゾウコとは」


「いや、待って、ベル!」


 あああっっ、言っちゃいけないこと全然わかってないじゃないか!なのに俺の焦りには気付いていないようで


「え?知らなかったの?だっていつも」


とキョトンとした顔で聞いてくる。可愛い、でも今はそれどころじゃない。


「…男爵、そのレイゾウコとやらを見せてもらおうか」


ほら〜!!こうなるじゃないか!!もう断れない。


「…はい…」


「ええと…ごめんなさい、あなた」


しおらしくしても遅いから…。はあ…。

お読みくださりありがとうございました。

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